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「無免許当て逃げ」木下都議、失職の可能性は? 書類送検の警察意見が意味すること

2021年09月22日 09:51  弁護士ドットコム

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無免許運転で人身事故を起こして逃走したなどとして、警視庁は9月17日、木下富美子都議を自動車運転処罰法違反(無免許過失致傷)と道路交通法違反(事故不申告など)の疑いで書類送検した。


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毎日新聞などの報道によると、警視庁は無免許運転を繰り返していたとみて、起訴を求める「厳重処分」の意見を付けたという。



木下都議は、2021年7月の都議選の期間中、無免許(免停中)運転で人身事故を起こしたが、その事実を公表せずに再選。その後、所属していた「都民ファーストの会」を除名されたが、一向に公の場に現れず都議の地位にとどまっていることから、批判が集まっていた。



木下都議は容疑を大筋で認めているということだが、実刑の可能性はあるのだろうか。元警察官僚で警視庁刑事の経験もある澤井康生弁護士に聞いた。



●警察意見の「厳重処分」の意味

警察が検察官に事件を送致する場合、犯罪事実及び情状に関する意見を付した送致書を作成することとされています(犯罪捜査規範195条)。



最終的な刑事処分の決定権限は警察にはなく検察官の裁量に任されていることから(刑事訴訟法247条、248条)、警察の処分意見には拘束力はありません。しかしながら、実際に現場で捜査を担当した警察は当該事件の個別具体的な事情をよく理解・把握していますので、検察官はその警察が付した処分意見を尊重してくれるのが通常です。



今回、警察は厳重処分を付しましたが、これは意見の中でも最も厳しいものです。厳重処分を付すのは罪質が重く社会的影響が大きい場合、犯行が計画的・組織的である場合、改悛の情がない場合等であり、警察としては悪質なので起訴して欲しいとの意見です。



●起訴されたときの法定刑の幅は?

書類送検された被疑事実は自動車運転過失致傷罪及び無免許運転(自動車運転死傷行為処罰法5条、6条)、当て逃げ(道路交通法117条2項)です。



自動車の運転で他人にけがをさせた場合には自動車運転死傷行為処罰法5条により7年以下の懲役若しくは禁固または100万円以下の罰金とされていますが、この行為が無免許運転によるものだった場合には同法6条により10年以下の懲役に刑が加重されます。



つぎに当該都議は当て逃げもしたとされているので、道路交通法により10年以下の懲役または100万円以下の罰金刑も科されます。



結局、当該都議には懲役10年以下の犯罪が2つ成立することとなります。



前者の自動車運転死傷行為処罰法違反の罪と後者の道路交通法違反の罪は別々に犯されていることから併合罪の関係となり(刑法45条、47条)、法定刑は懲役10年を1.5倍した懲役15年が上限となります。



したがいまして、当該都議に対する法定刑の幅としては1月以上15年以下の懲役ということになります。



●失職の可能性は?

当該都議に対する法定刑の幅(1月以上15年以下)の範囲内で裁判所が裁量に基づき判決を下しますが、法務省犯罪白書の統計データ等の量刑相場に基づいて推測すると懲役1年6月~2年くらいのレンジになると思われます。



あとは執行猶予が付くかどうかが問題となりますが、執行猶予が付くためには(1)言い渡された刑が3年以下であり、(2)情状に酌むべき事情(有利な情状)があることが必要です(刑法25条)。



本件では(1)の要件は満たしていますが、現時点では(2)の要件は微妙だと思います。



当該都議には前科前歴があるか不明ですが、仮にこれがないとした場合は有利な情状の1つにはなります。しかしながら、他の情状、特に犯罪事実に関する情状は極めて悪質と言わざるを得ません。



当該都議は日常的に無免許運転を繰り返していたことが明らかとなっています。けがをさせた2人の被害者は軽傷とされていますが、頚椎を痛めた場合には治療が長期化したり場合によっては後遺障害が残る可能性もあり、刑事裁判の判決までに示談できない可能性も多々あります。



また当て逃げでその場から逃走したということであれば、被害者側の処罰感情も相当強いと思われます。さらに当該都議は逃走したことを否認しているようであり、到底反省しているとは思えません。



つぎに犯情以外の一般情状も極めて悪質と言わざるを得ません。無免許で事故を起こしたことを隠して当選し、議会を欠席し続けていることに加えて都民の処罰感情も極めて高いことも考慮されてしかるべきです。さらに当該都議は逮捕・勾留もされておらず、議員辞職もしていないため、何らの社会的制裁も受けていません。



以上より現状では有利な情状がほとんどなく、不利な情状ばかりなので執行猶予が付かない場合も大いにありえると思います。実刑になれば、公職選挙法の規定により被選挙権がなくなるので失職することになります(同法11条、99条)。




【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官の資格も有する。現在、朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:秋法律事務所
事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13104/l_127519/