2021年09月19日 09:31 弁護士ドットコム
直木賞受賞作の『小さいおうち』、昭和の一軒家に4世代8人が同居する『平成大家族』、そして映画化もされた『長いお別れ』など、これまでさまざまな家族を描いてきた小説家の中島京子さん。
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新刊『やさしい猫』は、職場の事情で就労ビザを延長できず、入管に収容されてしまったスリランカ人のクマさんことクマラさんと再び一緒に暮らすため、裁判を起こして奮闘する妻のミユキさんを、彼女の娘マヤの視点で描いた長編小説だ。
ここ数年、社会の関心が向けられている入管問題というハードなテーマについて、ルポルタージュやジャーナリズムとは異なるフィクションの力で描写し、これまで入管問題を知らなかった人たちにも、外国人が置かれた状況を伝える――。
そんな今回の作品について、中島さんは「これは女の子の成長小説であり、家族小説であり、そして自分にとって初めての法廷ドラマでもあると、私の中ではそういう位置づけになっているんです」と話す。
21世紀の家族や、その在り方についても考えたという中島さんに、このテーマと向き合うきっかけや、今後、入管行政に望むことなどを尋ねた。(取材・文/塚田恭子)
――中島さんは入管法改正案反対や、ウィシュマさん(名古屋入管で亡くなったスリランカ人女性)の死の真相究明を求める記者会見にも参加されましたが、どんな経緯で入管問題に関心を持ったのでしょうか。
外国人の人権問題に関心があり、牛久(東日本入国管理センター)に収容されている方の依頼を受けている弁護士の友人が、フェイスブックにときどき話をアップしていたんです。
2017年には、牛久の収容施設でベトナムの方が亡くなる事件があったのですが、ウィシュマさん同様、体調不良でつらさを訴えているのに、詐病扱いで病院につないでもらうことができなかったそうで。
こうした話を知ったのが関心を持つきっかけで、それから小説のテーマとして、向き合い始めました。
――今回は、これまでの作品以上に取材もされたのではないでしょうか。
最初は、弁護士の友人に話を聞いていたのですが、彼女が「私よりももっと詳しい先輩がいるから話を聞いてみない?」と、別の弁護士さん、行政書士さん、入管の元職員の方に声をかけてくださったんです。
最初に5人のみなさんに集まっていただいたのが、2019年の夏で、いろいろな話をうかがいました。悲惨な話もたくさんありましたが、そのときにはもう書くことは決めていましたね。
みなさんそれぞれ魅力的な方で、連載開始後も、ずっとチームのようにサポートしてくださったんです。模擬裁判じゃないですけど、やりとりを実演してくださったり、口頭審理ではどういう攻め方をするかといった具体的な話も聞かせてもらいました。
それ以外にも、私自身、収容施設に面会に行ったり、収容経験のある方に話をうかがったり、裁判に傍聴に行ったりしました。
――2019年の夏といえば、長崎県にある大村入国管理センターの収容施設でナイジェリア出身の男性が餓死された直後ですね。
この年は、入管問題に取り組んでいる方々にとって、トラウマになるくらい大変な年だったようです。ナイジェリアの方はハンストの末に亡くなりましたが、その前からなかなか仮放免(一時的に身柄を解放する措置)が出なくなっていて、みなさん外に出るために命がけでハンストして。
ようやく仮放免が認められても、期間は2週間だけ。延長を求めて出頭すると、その場で拘束され、再び収容が続くという、心を折るような残酷な対応で・・・。
とても小説には書けないような悲惨な話を聞いて、これはちゃんと知らせなくちゃ、できる限りのことは書かなくちゃと、覚悟が決まりました。
――当事者が直面する問題が、とてもリアルに描かれていました。
現場の話があまりにも悲惨なので、一体それをどうやって書くか。新聞小説で、夕刊の連載だったのですが、夕刊といえば、仕事を終えて寛いでいる時間帯なので、いろいろ聞いた話をどう組み立てればいいのか。逡巡する時間はだいぶありましたね。
自分の中で、マヤちゃんとお母さん(ミユキさん)と家族の話として進めようと決めることができて、そこからプロットをつくりました。
――小説の語り手を高校生のマヤちゃんにしたのは、大きなポイントだったと思うのですが。
ミユキさんやクマさんがダイレクトに語るとなると、ちょっとハードだし、書くのが難しいと思ったんです。マヤちゃんも当事者ですが、子どもが語り手だと柔らかくなるし、間口も広がるかなあと。
『小さいおうち』でも、女中さんが語り手だと、家庭のことを話しやすいということがありました。マヤちゃんも、ほぼほぼ当事者だけれど、少し距離があるので、語り手としてちょうどよかったですね。
あと、この小説はほかではありえないくらい、ものすごく説明が多いんです。入管や裁判の話など、説明をしないと絶対にわかってもらえないけれど、これを説明的に書いたら、とても読めないし、書いている私自身、つまらなくなってしまう。
そういうときに高校生の彼女が理解できるように、誰かに説明してもらう。あるいは彼女自身が考えて理解したことを誰かに伝えるという書き方をしてみたら、私自身、楽になったんです。読者の方にもわかりやすくなったのではないかなと。
――入管問題はシリアスになりがちで、知らない人にはとっつきにくい面がありますが、今回の小説は、裁判や法律の話なども、とてもわかりやすかったです。
ありがとうございます。私自身も理解するのに時間がかかりましたが、それを何とかわかりやすく伝えたかったので。おそらくこの問題は、外国人の知り合いがいないと、遠い話に思えるかもしれないけれど、読んで、登場人物を身近な存在として、感情的に理解できるのが、小説のよいところだと思うんです。
――冒頭のミルクティやスリランカの食事の話なども、読者には入りやすかったかもしれません。
当たり前なんですけど、誰でもご飯を食べるし、笑い話もする。生活ってそういうものですよね。ノンフィクション作家の高野秀行さんと、作品にはユーモアや笑いが必要だし、それは欠かせないものだと話したことがあるのですが、日本では深刻なもののほうが評価されやすくて。
でも、高野さんは「紛争地のことを書くとき、そりゃ悲惨なことはたくさんあるけど、それだけ書いていたら、あー、もういいと本を閉じられてしまう。実際、紛争地でもどこでも笑いはあるし、生活はあるので、自分はそういうことを書くことにしている」と、そうおっしゃるんです。私もまさにそういうタイプですね。
――ところでクマさんを、スリランカ出身にしたのは何か理由があったのですか。
今回、入管を扱うだけでもハードルが高かったのですが、21世紀の家族の話で、国際結婚を描くなら、ちょっと遠くから来る人がいいのでは、と思っていました。ただ、遠いところから来る人は、宗教や文化、生活習慣なども当然違うので、そういったことを要素に入れる必要があります。
スリランカの場合、人口の7割強を占めるシンハラ人は仏教徒です。島国なので日本同様、お魚もよく食べている。あと、地震や津波の被害を受けていることなど、共通項がある気がしたんです。
スリランカはちょっと遠い国であると同時に意外に近さも感じられる。その遠さと近さのバランスが小説にとってよかったのだと思います。
――小説では、マヤちゃんが小学生から高校生になるまで、紆余曲折を経て、3人が家族になってゆくプロセスが描かれています。
この作品は入管問題をテーマにした小説と思われていて、もちろんそうでもあるんですけれど、自分としては、これは私の書いた家族小説の一つであり、少女の成長小説であり、恋愛小説でもあり、そして私にとって初めての法廷ドラマでもあると、そういう位置づけですね。
――法廷や入管の場面で、対立する両者のリアルなやりとりに、圧倒されました。
法廷シーンは弁護士の先生方にずいぶんアドバイスをいただいたし、傍聴にも行きました。実は民事の裁判って、数分で終わってしまうこともあるんですけど。
ただ、法廷は、クマさんとミユキさんのように、結婚の真実性を訴えなければならない場合、ふたりがどれほど愛し合っているか、愛を証明する場になるんです。
「え、法廷で?」と思ったけれど、判決次第で家族が離ればなれになるかもしれない裁判では、本当に切ない尋問があります。原告の方は涙を流しているので、これは本当にドラマだなあと書いていて思いました。
――東京入管に出頭申告に行く人を捕まえようと、わざわざ品川で職務質問をする警察官とか、細部のリアリティも目を引きました。
そういうことも取材でうかがった話を生かしていますね。普通に読んでいても気づかないかもしれないけれど、たとえば入管の何階に何があるのか、ドアはどちら側にあるのか、窓の有無とか、そういう細かいところを確認しながら書いています。
――収容者や元収容者の方に聞いた話で、中島さんの中で特に強く残っているのはどんな話でしょうか。
アフリカの国から来た女性からは、衝動的に洗剤を飲んでしまったという話を聞きました。突発的に自殺願望に取りつかれてしまうのだそうです。仮放免が却下されてしまったことを伝えるため、面会に行く弁護士の方に同行したとき、その収容者の方は本当に表情が固まって、手も震えていて・・・なんとも言えなかったです。
仮放免で出ている方に、中での生活を聞こうと思って「具合が悪いときはお医者さんに診てもらうんですか?」と尋ねたら、どこの世界の話をしているんだという感じで諦めたような表情をしながら「いえ、風邪を引いたので医者に診てほしいといっても、まずは申請書をださないといけなくて。よくて2週間後に、じゃあ診ましょうかという感じ。風邪程度のことなら、なんとかなりますが」って。それはもう愕然としました。
――小説執筆のために、いろいろ見聞されたと思いますが、中島さんは今後、入管はどうなっていけばいいと思いますか。
多くの人が、この問題に気づいて、関心を持ち続ければ、状況は変わっていくのではないかと、期待しています。
入管法違反と言っても幅が広くて、たとえばオーバーステイなども、いろいろな事情があります。結婚していたけど、離婚して配偶者ビザがなくなってしまう、病気になって学校に通えなくなって留学ビザを失う。こうした理由の如何を問わず、彼らを収容する「全件収容主義」や「無期限収容」はすぐにでもやめてほしいです。処分するときは司法が介入すべきだし、国際スタンダードに即して、しっかり人権に配慮してもらいたい。
入管の元職員の方も、裁量権が大きければ嬉しいかと言えば、そんなに大きなものを持たされても、現場の人間には負担が大きいとおっしゃっていました。
本当はバブル期に、外国から労働者を受け入れ始めたとき、もっと議論をして入管も変わるべきだったのでしょうけれど、それがなされないまま、誰もブラックボックス状態を気にしていない間に気づいたらこんなことになってしまっていました。
ウィシュマさん以前にも、日本は本当に申し訳ないことをしています。だからこそ、今後、第2、第3のウィシュマさんを絶対に出してはいけないと、それだけは強く思います。
今、弁護士や国会議員の方々も、入管が生まれ変わるための新たな制度をずいぶん考えているようなので、しっかり議論して変えていってもらいたいですね。
――タイトルになっている「やさしい猫」の話は、中島さんの創作ではなく、スリランカにある民話なんですよね。
スリランカのことを調べている中で、この民話を知りました。最初は、私も変な話だなと思ったんです。ご飯を探しに行ったお父さん(ねずみ)が(猫に)捕まって帰ってこない。でも、捕まったお父さん(クマさん)が戻って来られないというところで、あ、これがタイトルになるかなと。
書きながらいろいろ考えているうちに、小説の最後に、マヤちゃんの友だちのナオキくんが解説したような「マジョリティとマイノリティの話」としても受け取れるかなと思いました。
――外国人が日本でどんな経験をしているか、物語の力で伝える『やさしい猫』は、入管のことを知らない読者に、この問題に気づいてもらうきっかけになると思いました。
連載中もそうでしたが、読んだ方から「全然知らなかったのでびっくりした。自分にも何かできることはないか」と、ポジティブな意見をいただけたのはうれしかったですね。
まあ何年か後には、「ああ、ひどい時代があったんだなあ」と過去形で語られ、入管事情を知らせる役割を終えて、小説としてのみ味わってもらえればいいなと、そう思っています。
【プロフィール】中島京子(なかじま・きょうこ) 1964年東京都生まれ。2003年に『FUTON』でデビュー。2010年『小さいおうちで』直木賞、2015年『かたづの!』で河合隼雄物語賞と柴田錬三郎賞、『長いお別れ』で中央公論文芸賞、2020年『夢見る帝国図書館』で紫式部文学賞を受賞。著書多数。