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『かげきしょうじょ!!』なぜ読者は奈良田愛に魅了される? 変わろうと努力を続ける姿を追う

2021年09月17日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『「かげきしょうじょ!!」公式ガイドブック オンステージ!』

※本稿は『かげきしょうじょ!!』の内容に触れている部分がございます。未読の方はあらかじめご注意ください。


 大正時代に創設され、未婚の女性のみで構成される紅華歌劇団。斉木久美子による漫画『かげきしょうじょ!!』(白泉社)は、紅華歌劇音楽学校に100期生として入学した渡辺さらさや奈良田愛、そしてその仲間たちの青春群像劇だ。


 魅力的なキャラクターが多数登場する本作では、それぞれのキャラの背景を掘り下げながら、挫折や成長を描写していく。そんな『かげきしょうじょ!!』の中でも、奈良田愛はとりわけ大きな成長を遂げ、ドラマティックな変化を見せる人物だ。今回の記事では奈良田愛を取り上げ、成長を見せ続けるその姿を紹介していきたい。


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■男のいる世界からなるべく隔離されていたい


 高い倍率を勝ち抜き、紅華歌劇音楽学校の門をくぐるのは、明日のスターを夢見る原石たち。だが国民的人気アイドルグループJPX48の元メンバーという経歴をもつ愛は、入学の時点ですでに有名人だった。


 アイドルなのに決して笑わず、グループ内でのあだ名は「ロボ」。JPX48の「奈良っち」は、特異な存在感でファンのハートを鷲掴みにし、“総選挙”でも13位に入るほどの人気を集めていた。ところが、握手会でファンに「はなしてキモチワルイ…」と言ったことが、ネットで拡散されて炎上。グループから強制卒業させられる。


 愛は子どもの頃、同居する母の恋人に無理やりキスをされ、極度の男嫌いになった過去がある。以後、唯一の理解者である叔父の太一だけに心を開き、何に対しても情熱をもつことがなく、無関心に生きていた。JPX48に入ったのも、女の子のみというコンセプトに心を惹かれたからだった。この時の彼女は、女性アイドルファンの大半が男性であることに気づいておらず、男嫌いが結果的に炎上事件を招いてしまう。


 アイドルに未練はない愛は引退を選び、次の選択肢として、紅華歌劇団を受験した。といっても、他の少女のような紅華への憧れも、トップスターへの思い入れもない。彼女が紅華に入った理由はただ一つ。団員もファンの客層もほとんどが女性という世界で、平穏に暮らしたいからだった。


“「友達なんていなくていい 男のいる世界からなるべく隔離されていたい ただそれだけ」”


 すべてに対して無関心で、楽な居場所を求めて紅華に進んだ愛。だが彼女はここで、渡辺さらさと運命の出会いを果たす。


 178cmの長身で、天然かつ天真爛漫なさらさは、「オスカル様」に憧れて入学早々トップスターになると公言する、空気の読めない規格外な少女だった。さらさは愛が元JPX48だということも知らず、ぐいぐいと距離を詰めてくる。


 2人は寮でも同室になり、愛はさらさを鬱陶しく思い、彼女に苛立ちながら日々を過ごしていた。現在連載中の物語の前日譚にあたる『かげきしょうじょ!! シーズンゼロ』は、愛とさらさが様々な出来事を通じてぶつかり合いながら、最終的には友達となるまでの物語である。その過程も興味深く、紹介したいエピソードが沢山あるが、2人の気持ちが通じ合うきっかけとなった場面をみていきたい。


■初めてできた友達とのささやかな出来事


 紅華冬組の舞台「ロミオとジュリエット」を観劇した帰り道、さらさは夕暮れの道端でロミオの独白を演じ、その姿に愛は一瞬で魅了される。


“「あの星 あの一番高く 大きく輝く星 あれは渡辺さらさ あの人はあそこへ行くべき人だ 私もそこへ――… その場所へ 同じ高さであの世界を―― 見てみたい」”


 愛は勇気を振りしぼってさらさに友達になりたいと伝え、彼女と並び立つために娘役トップになることを決意する。


  さらさと友達になった愛は、以後出会った頃の塩対応が嘘のように、急激にデレていく。さらさの誕生日にはプレゼントを渡し、彼女の実家にも泊まり行くなどと、初めてできた友達とのささやかな出来事を通じて、喜びを噛み締めている愛の姿はなんともキュートだ。


 そして愛は、人とは関わらない態度を改め、他のクラスメイトとの関係性も深めていこうとする。体型に悩んで嘔吐を繰り返す山田彩子の健康状態を見抜いて声をかけ、また真面目な星野薫に対しては、台本の漢字が読めないという自身の弱みを打ち明けつつ、彼女にもっと引っぱってほしいとお願いする。


  他人との関わりを通じて、変わろうと努力を続けていく愛。そして少しずつ成長を遂げるなかで、JPX48時代の自らを振り返り、当時の己の未熟さにも気がついていく。


 『かげきしょうじょ!!』8巻には、音楽学校の文化祭で100期生が「ロミオとジュリエット」の一場面を演じるエピソードが登場する。とあるハプニングが生じたため、愛は急遽ティボルトの代役を演じることになった。普段の愛は娘役を演じており、男役を務めるのは異例の出来事だが、彼女はこれが舞台のリスクを最小限に抑えると判断し、自ら代役を名乗り出た。


  舞台に立った愛は、「ごめんね JPXの時にこの気持を知っていたら どうなっていただろう ここは私が初めて自ら望み 思い焦がれた場所 そして私は もう 一人では無い…!」と独白する。モノローグにあわせて、100期生の仲間の笑顔が描かれるこの場面は、愛の成長を雄弁に伝えている。


  ティボルトの代役は、結果的に愛の運命を変える出来事となった。娘役志望だった愛は、舞台を見た先生の勧めにより、男役も将来の選択肢に入れながら自身の方向性を探っていくことになる。


  最新刊の11巻では、演目「オルフェウスとエウリュディケ」で男役演技を作り上げる愛の姿が描かれ、今までとは違う彼女の一面も楽しめる。元JPX48の経験をふまえた舞台プランや、己の持ち味を投影した異彩を放つオルフェウス像からも、愛の成長ぶりがうかがえる。


  愛が娘役と男役のどちらを選ぶのか、結論はまだ見えない。だがいずれの道を選ぶにせよ、彼女は紅華にふさわしい舞台人として輝きを放つだろう。奈良田愛はこれからも自らの過去と向き合いながら、前へ前へと進んでいく。