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『頭文字D』のハチロクは、ドライバーを育ててくれる車だった 元ディーラーが解説

2021年09月15日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『頭文字D』ハチロクはどんな車?

 『頭文字D』という作品をご存じだろうか。1995~2013年にかけて「週刊ヤングマガジン」で連載され累計発行部数4800万部を超える本作は、完結した今もなお自動車漫画の金字塔として国内外で高い人気を誇る。


 プロレーサーの土屋圭市氏や谷口信輝氏が制作に携わったこともあり、迫力のあるドリフトシーンやリアリティのある描写は読者の心を鷲掴みにした同作。舞台は1990年代、日本各地の峠道で公道レースが行われ、ひょんなことから主人公・藤原拓海がAE86・通称ハチロクと呼ばれる車と共に数々の走り屋と熱いレースを繰り広げる物語だ。


 今回は、自動車業界で働いていた筆者が、主人公・藤原拓海と数々の名勝負を駆け抜けた愛車、「トヨタ スプリンタートレノAE86」の魅力を紹介する。


(参考:【画像】『頭文字D』仕様のハチロクを本気で作り込んだ猛者の車


 1983年にトヨタから発売された「4代目カローラレビン/スプリンタートレノ(AE86型)」が主人公・藤原拓海の愛車である。カラーリングが白黒だったことから、後にパンダトレノと呼ばれる白と黒のツートンカラーが漫画やアニメを視聴した若者から人気を集めた。これまでは、もう一方のモデルであるレビンが人気であったが、『頭文字D』をきっかけに1990年代以降はハチロク=白黒のカラーリングが定番となった。


 また、ドリドリことドリフトキング・土屋圭市氏も、ハチロクを魅力を語る上で外せなキーパーソンである。ハチロクのエンジンのスペックは、1.6L水冷直列4気筒・最高出力130ps・最大トルク15.2kgmである。このスペックはお世辞にもレース向きとは言えない。同時期に他社から発売されていた国産スポーツカーと比較してもかなり見劣りするほどだ。


 しかし、土屋氏はこのスプリンタートレノでレースに挑み、1984年の富士フレッシュマンレースから開幕6連勝という離れ業をやってのけた。土屋氏本人も「ドリフトテクニックは、ハチロクのおかげ」と話している。電子制御などが全く装備されていないため、一つのミスが命取りになる。ハチロクという車は、「ドライバーを育ててくれる車」なのだ。


 『頭文字D』の舞台である1990年代は、国産スポーツカー黄金期と呼ばれている。作品内でハチロクと激闘を繰り広げたマツダ RX-7・日産 R32 GT-R・三菱 ランサーエボリューションなどは、チューニングをせずとも最高出力300psを超えている。通常であれば、絶対に敵う相手ではない。


 ただし、曲がりくねった峠道の下りであれば話は変わってくる。車重が軽く非常に高いボディ剛性とNAエンジンの特性を活かしてコーナーでもアクセル全開で駆け抜ける。これがハチロクの走り方なのだ。


 車好きにとってロマンしかないハチロクだが、現在購入するのは非常に困難である。1980年代当時の新車価格は、130万円から160万円だった。しかし、『頭文字D』の大ヒットや土屋氏のメディア出演などでAE86の価格は驚くほど高騰している。最低でも250万円以上の車両でなければ、まともに走行できない可能性がある。極上車であれば500万円を優に超えるだろう。


 30年以上も前に登場した車が300万円を超える。なんとも現実的ではない話だ。メンテナンスや維持に莫大な金額がかかるだろう。そのため、もうハチロクを諦めるしかないと考える方もいるだろう。


 しかし、2012年にハチロクのコンセプトを受け継ぎ、スバルと共同開発の86・BRZが登場した。現在はモデルチェンジを経てスタイリングと走りがより洗練されている。前期モデルであれば、十分手が届く価格帯だろう。


 ハチロクの遺伝子である、軽量・コンパクト・低重心を受け継いでいる86・BRZは、大いに我々を楽しませてくれる車だ。当時ハチロクに乗っていた方にこそ、是非ともステアリングを握ってもらいたい。


 ちなみにWebメディア「Motorz」の公式YouTubeチャンネルには、15年かけて『頭文字D』仕様のハチロクを本気で作り込んだ猛者も登場しており、車の楽しみ方はひとつではないことを教えてくれる。(「15年かけてここまで作りました!!頭文字D仕様のAE86を本気で作ってガンガン走ってます!【InitialD AE86 Replica】」/https://youtu.be/ku7Qgc0neUU)


 車があればどこにでも行ける。行動範囲は、道が続く限りである。『頭文字D』を読んでいく中で、車に対する考え方が変わる方もいるだろう。この機会に車を運転することの楽しさ見つけてほしい。


(文=杉本健太)