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ワタミの「ワクチン接種済み名札」をどう考えるか スタッフへの対応に飲食店は苦悩

2021年09月12日 10:11  弁護士ドットコム

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首都圏などに出ていた緊急事態宣言の延長が決まり、記者のもとには馴染みの飲食店から次のようなメッセージが届いた。


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「休業を延長します。再開時にはアルバイトも含めて全員がワクチン2回接種済みの予定なので安心してお越しください」



宣言明けはまだ先になるが、感染拡大の原因のように扱われてきた飲食店にとって、スタッフの接種済みは強みといえる。たとえば、居酒屋大手のワタミもこのほど、接客スタッフに「ワクチン接種済み」の名札をつける構想を発表した。



一方でワクチンの接種要請や、接種済みであることの明示などは、一歩間違うと違法になりかねないデリケートな問題でもある。飲食店の顧問を多く持つ弁護士は、「どの店も頭を悩ませている」と打ち明ける。



●飲食店「うちたくないスタッフがいたらどうしよう」

東京都は、物流や清掃、葬祭など特定業務を対象にワクチンの優先接種を進めている。「コロナ対策リーダー」がいる飲食業も対象で、6月25日から接種が始まっている。



この仕組みを利用したある居酒屋店主は次のように打ち明ける。



「当初はもう少し様子を見ようかなと迷っていたスタッフも、デルタ株の流行で打つ気になってくれた。うちたくないというスタッフがいたらどうしようかと思っていたのでホッとした」



●接種拒否で解雇はムリ

基本的には多くの人がワクチン接種を希望しているが、中には体質的に接種が難しかったり、影響や効果を見極めたいと様子を見ていたりする人なども一定数いる。ワクチン接種に積極的でないスタッフにどう接するべきか。



自身も飲食店を経営する石崎冬貴弁護士は「悩ましい問題だ」と話す。



「ワクチンを受けるかどうかは任意とされています。一般論として、不利益を与えることは許されない。たとえば、接種を受けないスタッフを解雇することは、少なくとも飲食店ではムリだと思います」



一方で法律や裁判例などの明確な基準があるわけでもない。だからこそ対応が難しい。



「飲食店からすれば、ワクチンは打つべきというのが大前提。『十分な換気をしています』みたいな売り文句の中に、『スタッフは全員ワクチンを接種しています』も入れたい。



ただ、ワクチン接種を勧めるお店側と、色々な意見を持つスタッフとの間で、いつか限界事例みたいなものは出て来ざるを得ない。



実際に、私の顧問先の中でも、ワクチン接種を求める会社の方針に従いたくないため従業員が退社したというケースが出てきました」





●「政府は基準を示して」

接種をお願いすることはできるが、雇用主と労働者の力差を考えると、強制との境目はあいまいだ。



また、接種済みのスタッフがすでにいるのに、敢えて未接種のスタッフに接客させる合理性はない。だが、配置転換(配転)で収入が下がったら、ワクチン絡みの不利益とされてしまう恐れもある。会社や店舗の規模が小さければ、そもそもの配転が困難なこともあるだろう。



ワクチンを打ったスタッフを優遇することで接種を促すという方法も考えられるが、これも相対的に見れば、打たなかった人に対する不利益ともいえる。本当に大丈夫なのだろうか。



「政府はワクチンを受けるべきとしながら、受けない場合に不利益を与えるなと言っている。これは『自粛してください、でも営業は禁止していません』と同じで、判断を委ねられた事業者は対応が本当に難しい。



接種したら手当を渡すというようなアイデアも、相対的にはワクチンの未接種者に対する不利益ですから、判断に困った飲食店もあるのではないでしょうか。



ただ、『ワクチンパスポート』の草案が出てきて、ワクチン接種者に対する経済的メリットを与えたり、行動の制限を緩和するとされている。だとすれば、政府としては、ワクチン接種者に対する『優遇』は認めると考えられます。いずれにしても、政治はこの辺りの情報の交通整理を早くしてほしいです」



●リスクや批判恐れず、オーナー企業の強み

ワタミが公表したように、スタッフの名札にワクチン接種済みなどの目印をつける対応もデリケートな問題だ。事実上のワクチン強制やプライバシーにかかわる恐れもある。



「本人がやる分には問題ありませんが、企業が強制するとややこしくなる。特にワクチンを接種したかどうかという情報は、かなりセンシティブで慎重な扱いが必要になります。



まだ手探りの段階ですから、他の企業ならリスクや批判を恐れて、先陣を切ってここまでのことは打ち出せなかったと思います。オーナー企業だからこそできるし、居酒屋業界をリードしているという自負があるのだろうと感じました」



同じように名札に接種済みのシールを貼って接客している企業に家電量販店のノジマがあるが、こちらも筆頭株主は野島廣司社長だ。



●ワクチンでは感染を防げない社会で



政府はワクチンを2回接種している人の行動制限を緩和していく方針だ。一方で、ワクチンには重症化などを防ぐ効果はあるものの、時間がたつと効果が薄れることや、2回打っていても感染する「ブレークスルー感染」なども報告されている。政府対策分科会もワクチンだけで集団免疫の獲得は困難との見方を示している。



「これまでは『ウィズコロナ』と『アフターコロナ』がごっちゃになっていましたが、ワクチンだけでは決定的な解決にならないことがわかってきた。経営する側としては、いよいよ、コロナと共存する社会、『ウィズコロナ』を真剣に考えないといけないかもしれません。



一人で入るような店は残るでしょうが、誰かと外食するのがより特別になっていくとしたら、極端な話、外食は年1回という人に選ばれないと残れなくなっていくかもしれない。その店でしか味わえない食事や体験が必要ということですから、難しい時代になりますね」



もしそうなれば、駅前にあるチェーンの大箱などは苦しいかもしれない。実際に前述のワタミは、既存店の3割に当たる100店舗以上を焼肉店に業態転換すると発表したり、テイクアウトを中心にした唐揚げ専門店など新ブランドの開発も急スピードで進めている。飲食業界の苦悩はまだまだ続きそうだ。




【取材協力弁護士】
石崎 冬貴(いしざき・ふゆき)弁護士
神奈川県弁護士会所属。一般社団法人フードビジネスロイヤーズ協会代表理事。自身でも焼肉店(新丸子「ホルモンマニア」)を経営しながら、飲食業界の法律問題を専門的に取り扱い、食品業界や飲食店を中心に顧問業務を行っている。著書に「なぜ、一年で飲食店はつぶれるのか」「飲食店の危機管理【対策マニュアル】BOOK」(いずれも旭屋出版)などがある。
事務所名:弁護士法人横浜パートナー法律事務所
事務所URL:http://www.ypartner.com/