スマホ向けのライブ放送、口紅を塗った男性が「オーマイガッ」とつぶやけば、3億円分のコスメがまたたく間に売れていく。そんな世界が到来した。
YouTubeやTikTok、Instagram人気はとどまるところを知らず、YouTuberが「なりたい職業」のナンバー1にまでなった。そんなSNSドリームに新しい波がやって来るかもしれない。そう、それが「ライブコマース」だ。
一見すると「テレビショッピングのネット版」だが、ネットならではの双方向性が受けて、中国で大ブレイク。日本でも少しずつ広がりつつある。どんな可能性があるのか、どんな人がいくら稼いでいるのか? そのリアルな姿をレポートする。(文:沢井メグ)
ライブコマースとは?
ライブコマースとは、ネットの生配信によるショッピングのことだ。「画面越しに紹介された商品を買う」といえばテレビショッピングがあるが、ライブコマースが単なる「ネット版テレビショッピング」ではないのには理由がある。
両者の最大の違いはコミュニケーションの方向性。テレビショッピングのコミュニケーションが基本的に「番組→視聴者」なのに対し、ライブコマースでは「ライバー←→視聴者」と双方向に行われ、そのやり取りもコンテンツとして楽しまれているのだ。
そんなライブコマースが、めちゃくちゃ盛り上がっているのが、お隣・中国である。中国ライブコマースでは日用品だけでなくマンション、車さえも販売され、そして売れていく。変わったところではロケット打ち上げサービス(4000万元=約6億8000万円)まで、ライブコマースで販売された。
ちょっと聞いただけでも頭がクラクラする話だが、「トップライバー」たちの売上は、どれぐらいの額になるのだろうか?
1日で187億円を売上
まず中国のライブコマースが語られる時、必ず名前が上がるのが、ウェイヤーさんだ。
ウェイヤーさんは「中国ライブコマース元年」と言われる2016年からライブ配信を始め、抜群のセールストーク、秒で答える的確なアドバイス、そして視聴者との軽妙なやり取りでファンの心をつかみ、開始4カ月で総取引額・1億元(約17億円)を記録した。
無名のアパレルブランド商品を7000万元(約12億円)分も売り上げたり、前述のロケット打ち上げサービスまで売ってしまうなど、ウェイヤー伝説には枚挙にいとまがない。
中国最大のネット通販セール「ダブルイレブン(双11)」でも、毎年トップセールスを記録。中国メディア『IT時代網』によると、2020年はセール当日の総取引額は11億元(約187億円)を超えた 。「ウェイヤーが推薦」はもはや、どんなブランドよりも強い力を持っているのだ。
口紅王子「オーマイガーッ!買って!」→即完売
そしてもう1人の中国を代表するライバーが「口紅王子」ことオースティン・リー(李佳琦)さんだ。
彼は美容部員だった経験を生かし2016年にライブコマースに進出。男性が自分の唇に口紅を塗ってレビューするという斬新な見せ方、どんなハイブランド化粧品でも忖度なしにビシバシ評価するという姿勢が人気で、1回の配信で3億円分の商品を売るのだとか。
特に彼の決め台詞「オーマイガーッ!買って!」が飛び出した商品は瞬く間に売り切れる。2020年のダブルイレブンで当日の総取引額は約7億元(約119億円)だったという。額が規格外すぎる。
彼らはどうやってそんなに多くの視聴者の支持を得ているのだろうか? 調べていくと、人気ライバーには、こんな共通点があることがわかった。
・人気ライバーの共通点:その1「中立性」
人気ライバーに共通して言えるのは彼らが「中立な立場」を保っているということだ。
クチコミが重視される中国では、企業に忖度するライバーは支持されない。「信頼できる人から買いたい」という視聴者の思いに応える必要があるのだ。これはステマへの警戒心が高い日本でも同じことが言えそうだ。
・人気ライバーの共通点:その2「エンターテイメント性」
客からの信頼は、客商売の基本で最低ライン。人気ライバーは、その基本の上にエンターテイメント性を乗せてくる。際立ったキャラクター、高いトークスキル、斬新な番組構成などなど……たとえば口紅王子の決め台詞「オーマイガーッ!買って!」はネット上で多くのネタ動画が作られるほど人気だ。
配信を見ていると彼の「オーマイガー!」が聞きたくてついつい見入ってしまう。実際に購入しなくても、見ているだけで満足感が得られてしまうくらいである。
・人気ライバーの共通点:その3「定期的な配信」
そしてもう1つ大切なのが、しっかりしたクオリティのコンテンツを定期的に配信することだ。定期配信は、必ず買ってくれるコアなファンの獲得につながっていく。それは当然だが、トップライバーは配信時間も想像以上だ。彼らのライブは毎日、数時間単位。何時間もしゃべりっぱなしで売りまくるのだ。
打ち合わせや商品の選定などを考えると、1回の配信にかけるエネルギーは並大抵のものではない。ウェイヤーさんは中国メディアへのインタビュー で「毎日楽しみにしてくれているファンや、商品の生産者や配信に関わるスタッフのことを考えると、立ち止まることはできない」と話している。毎日の定期配信こそ命と言わんばかりの勢いだ。
信頼できる人の楽しい番組を毎日のように聞く。ライバーと視聴者の間には単純な「売り手」と「買い手」以上のコミュニケーションがあり、それがライブコマースの醍醐味なのかもしれない。
日本のライブコマースは?
ますます加速する中国のライブコマース。コロナ禍では行き場を失った農産物を、生産者がライブコマースを通して都市のユーザーに販売するというスタイルも広がった。
ただ、日本では、ライブコマース機能を実装したサービスもあるが、まだ定着しているとは言い難い。だが、コロナ禍を経て全国の百貨店等が参戦し始め、成功例も聞かれるようになっている。気楽にお出かけ、買い物にも行きにくい今日このごろ、むしろビジネスのチャンスは広がっているのかもしれない。