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『刀剣乱舞』のファンも沼にハマる? “刀”をめぐる文学を集めた『刀剣怪談アンソロジー』の魅力を解説

2021年09月08日 09:01  リアルサウンド

リアルサウンド

とうらぶファン必読?"刀剣怪談"の魅力

 アンソロジスト・東雅夫編による、日本文学からテーマ別に怪談の名作佳品を集結させるシリーズ『文豪怪談ライバルズ!』の刊行が、ちくま文庫で新たにスタート。8月に発売となった1巻目のテーマは、「刀」である。


 いま刀といえばやはり思い浮かぶのは、オンラインゲーム『刀剣乱舞』だ。日本の刀剣を擬人化した「刀剣男士」と呼ばれるキャラクターたちが、歴史改変を目論む歴史修正主義者と戦うこのゲームは、2015年にリリースされると大ヒットを記録。舞台・映画・アニメ化といったメディアミックスに加え、刀剣の実物に興味を持った人たちに向けた、寺社仏閣や美術館・博物館とのコラボレーションイベントも盛んに行われている。


(参考:【画像】舞台『刀剣乱舞』でへし切長谷部を演じた和田雅成


 そんな『刀剣乱舞』のファンなら登場人物に共感すること請け合いの収録作が、ゲームにも登場する刀をテーマにした東郷隆「にっかり」である。舞台は江戸時代中期、八代将軍吉宗の頃。若い御家人たちは弓術の練習後、暑気払いに白玉を食べながら武芸の話に興じている。彼らの間で話題となったのが、「にっかり」なる妙な名前の刀の由来。武士たちの間で惰弱な気風の漂っていた元禄期を経て、当時は刀の伝承など皆わからなくなっていたらしい。各々推理して自説を開陳するが、どれも決め手に欠ける。そこで呼び出されたのが、弓場の主人の遠縁にあたる博識の老僧・義観。貧相な面構えで怪しい雰囲気を漂わせるこの僧が、「にっかり」の波乱万丈な来歴を語り始める。


 他にも、因縁深い2人の刀鍛冶の作った守り刀と妖刀が対決する宮部みゆき「騒ぐ刀」や、恐ろしい鍛刀法で刀が生み出される大河内常平「妖刀記」も、どこかゲームの世界とリンクするような作品であり、刀剣乱舞ファンとの相性もよさそうだ。どうせなら、そのままアンソロジーという沼にもはまってほしいところ。


 本書では『刀剣乱舞』にまだ登場していない、一振りの刀がカギとなる。それが天皇家に伝わる三種の神器の一つ、草薙の剣だ。人間に危害を加える尻尾と頭を八つ持つ大蛇を素戔嗚尊(スサノオノミコト)が退治すると、唯一斬ることのできなかった尻尾の中から剣が出てくる。広大な野原の草を薙ぎ払うほどの力を持つことから、剣は「草薙の剣」と呼ばれるようになる。


 この神話上のエピソードに影響を受けて作られたと思われる本書所収の説話は、刀がモチーフとなる怪談の先駆的存在だ。宿代の代わりとして置いて行かれた刀が、赤い蛇になって主人の元へ戻ってきた(「赤い蛇――『遠野物語拾遺』より一四二、一四三、一四四話」)。大蛇が住んでいると村人たちの間で噂になっている場所を武士が訪れると、以前に酔っ払って落とした愛刀が見つかった(「淡路屋敷の宝刀――『佐久口碑伝説集・北佐久編』より」)という具合に、刀剣は蛇の化身となり、大事に扱われないと機嫌を損ねたのか正体を現しがちなのである。


 こうした昔からお馴染みの設定である「禍々しいものが宿った刀」をどう料理するかが、後続の作家にとって腕の見せ所となる。名剣が人々の死の連鎖を招く中国の逸話をおどろおどろしく語るはずが、〈無茶苦茶だ。まったく非論理的です〉〈その表現は、男女差別ですね〉と横からツッコミが入りまくり、どんどんコミカルな話になっていく皆川博子「花の眉間尺」。日本刀の切先に映る女性の霊をめぐり、男たちが諍いを起こす加門七海「女切り」など、近現代の作家たちによる趣向を凝らした作品の競演を堪能できるのはアンソロジーだからこそ。


 アンソロジーの魅力はそれだけではない。作品の並び順も注目ポイントとなる。本書の冒頭に収められた、海の底に沈む草薙の剣の幻影に翻弄される恋人たちの姿を描く、赤江瀑「草薙剣は沈んだ」。最後を飾る、川底に沈む妖刀の謎と美男美女のはかない恋愛が怪談の中で交差する泉鏡花「妖剣紀聞」。面白さの性質は違うものの似た要素を持つ2つの作品を、なぜ最初と最後に置いているのか。感覚的なものなのか。それとも、「草薙剣は沈んだ」をはじめとする収録作の内容を踏まえた上で「妖剣紀聞」を読むことに意義がある、そう思っての戦略的な並びなのか。


 そこで編者の真意を確かめるべく最初から読み直してみるのだった……なんて、並び順の謎を推理して楽しんでいると沼から抜け出せないまま10月になり、『文豪怪談ライバルズ!』の2巻目「鬼」を手に取っていることだろう。鬼といえば怪談以外で思い浮かぶのが、鬼滅の刃に仮面ライダー響鬼に鬼ギャルに……オススメしたら別ジャンルからアンソロジーの沼にはまる人が、また続出しそうだ。


(文=藤井勉)