「修羅の国」と聞いて、名作マンガ『北斗の拳』の舞台を思い浮かべるのは往年のファンばかり。最近ではすっかり福岡の別名として定着した感がある。グーグルで「修羅の国」を検索すると、「福岡」や「北九州」がサジェストされるほどだ。
中でも県内第二の都市である北九州市は、暴力団が闊歩する危険なイメージで語られがちだ。8月末、同市に拠点を置く特定危険指定暴力団・工藤会のトップに死刑判決が言い渡されたことで、その暴力的なイメージを再認識した人もいるだろう。
しかし、これまで北九州市を何度も訪れ、『これでいいのか北九州市』(マイクロマガジン社)を執筆した経験から、筆者は極めて安全な都市だと思っている。(文:昼間たかし)
ほんとに安全なの?
確かに、過去は暴力事件が頻発して危険なこともあった。いまでも、小倉競馬場や夜の歓楽街に足を運べば、多少は緊張感がある。だからといって、今の北九州市から受ける印象は「修羅の国」とはかけ離れている。
市を代表する北九州市立大学のキャンパスの所在地が小倉競馬場の道路を挟んだ向かいにあるのは異質だと思う。しかし、むしろ「競馬場の向かいにキャンパスがあると聞いて、この大学に決めた」という学生もいるほどである。
ただ、それだけで安全だと結論づけるのは早急だ。筆者はあくまで男性視点で語ることしかできないし、地元の人は感覚が麻痺しているのかも知れない。
だから、もう少し客観的な意見を探してみよう。
北九州市は危険と思う?
まず訪ねたのは、語学に優れた人材派遣を手がける株式会社トライフル(東京都千代田区)CEOの久野華子さん。久野さんは昨年、北九州市が実施した企業の進出支援事業のために現地に滞在し、地域のリサーチも行った経験を持つ。そんな久野さんに率直に北九州市は危険だと思うか尋ねてみた。
「危険を感じることはありませんでしたね。滞在中に角打ちの店にもいってみたりしたんですが、飲んでるおじさんたちは確かに昔はヤンチャしてたんだろうなあって雰囲気があります。だからといって女性が飲んでいても絡んで来たりすることはありませんでした。東京に比べると人と人との距離が近いですし、気が荒い面もあるので、知らないと怖いなと感じる人もいるのかも知れませんが、私は不安は感じませんでしたね」
むしろ、東京よりも優れた側面を見つけることのほうが多かったという。
「旦過市場(註:北九州の台所といわれる古くからの市場)とかにもいってみたんですが、とにかく東京に比べて物価が安いです。とりわけ食料品の価格は安くて、東京よりも優れているんじゃないかと思いました」
治安への不安よりも、街の魅力を熱心に語ってくれた久野さん。さらに「もっと地元に詳しい人を紹介しますよ」とのことで、早速話を聞くことに。
その独特の魅力とは?
お会いしたのは、やはり女性起業家で、キャリア教育事業を展開する株式会社Mahal.KitaQ(東京都渋谷区)代表取締役の宮坂春花さん。今は九州と東京を往復しているが、大学時代の4年間は市内の大学に通っていたという人物である。
4年も暮らしていれば、なにか危ないことに遭遇したのではないかと思ったのだが……。
「治安は大丈夫ですね。大学時代4年間を北九州市で暮らしていたんですが、トラブルにあったことはありませんでした。むいろ防犯防災意識の高い街だなと思っていました。発砲件数が多いとか、成人式が荒れているとニュースで報道されることは多かったかもしれませんが、あくまで限られた地域で一部の人がやっているだけですからね」
4年間の学生生活で感じたのは、危険よりも、独特の地域性のほうだったという。
「人の距離が近いので、横の繋がりができやすい街だと思います。だからといって内部で固まることもなく、外から来る人にも暖かいですし、海外との交流も多い都市だと思います」
こうして話を聞いてみると、やはり今の北九州市は、治安もよく暮らしやすい街へと変化しているようだ。実際、犯罪発生件数はピークだった2002年に比べ2019年には約85%も減少しており、劇的に安全な街に変化したといえる。
この事実はあまり伝わらず、修羅の國のイメージだけが一人歩きしているのが現状だ。急速に発展する福岡市の影に隠れ、昔ながらの工業都市のイメージも抜けていない。これでは、あまりにも勿体ない。
北九州市はそんなつまらない街ではない、飲食店は安くて美味いし、観光名所も豊富。人口は100万人を割ったが政令指定都市だけあって買い物にも困らない規模の商業施設はある。
単に「修羅の国じゃない」というだけではなく、「東京以外に住むなら北九州市」というのが、この記事の結論である。