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あらゆる要素を詰め込みまくった『ゴールデンカムイ』 人の縁を紡ぎ編まれた物語を考察

2021年09月06日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

あらゆる要素がある『金カム』の魅力

 野田サトルによる漫画『ゴールデンカムイ』(集英社)が最終章に突入することを記念し、9月17日まで、WEBコミックサイト「となりのヤングジャンプ」と、アプリ「ヤンジャン!」にて全話無料で公開している。コミックスは26巻までの累計で1600万部を突破し、「第22回手塚治虫文化賞」マンガ大賞をはじめ、数々の賞を受賞してきた超人気作だ。まだ読んだことがない人も、途中までしか読んでいなかった人も、もう一度読み返したい人も、このチャンスに一気読みして、クライマックスを目撃する準備をしておきたい。


 明治時代後期、「不死身の杉元」と呼ばれる日露戦争の英雄・杉元佐一は北海道にいた。そこで杉元は、アイヌから奪われた莫大な埋蔵金の存在と、そのありかを示した暗号の刺青を刻まれた24人の脱獄囚の存在を知る。とある事情から大金を必要としていた杉元は、アイヌの少女・アシㇼパとともに刺青人皮を集め、黄金を求める旅を始める。だが、金塊を狙うのは杉元たちだけではない。軍事政権の実現という野望を抱く鶴見中尉率いる「第七師団」。蝦夷地独立を目指す、元新選組副長・土方歳三の一派。ロシアの反体制過激派組織。そしてもちろん、正体を隠しながら暮らしている凶暴な脱獄囚たち。敵か味方か、生きるか死ぬか、息つく暇もないスピード感で展開していく冒険譚――それが『ゴールデンカムイ』の物語である。


 金塊をめぐるバトルアクションが本作のベースではあるが、「冒険・歴史・文化・狩猟グルメ・GAG&LOVE 和風闇鍋ウエスタン」と公式が評している通り、あらゆる要素を内包した作品でもある。


 例えば、すでに幾度となく言及されているように、アイヌ文化の精密な描写が『ゴールデンカムイ』の大きな特徴だ。「チタタプ(我々が刻むもの/たたきのこと)」や「ヒンナ(おいしい)」などの言葉をこの作品で知った人は少なくないはず。


 また、アイヌだけでなく、明治後期の日本や北海道文化も細かく描写されており、歴史的背景を感じることもできる。世界観は壮大で重厚でありながら、決してシリアス一辺倒ではない。杉元たちがアシㇼパに教わりながら狩猟・調理をし、「ヒンナ」と言いながら食事をするシーンには生活感漂う癒しがあるし、ムチムチの男たちが閉ざされた部屋でラッコ鍋を食べ、だんだんおかしな雰囲気になっていく「ラッコ鍋回」(115話)は、『ゴールデンカムイ』屈指のユーモア回だ。


 何気ない日常シーンのゆるさと、命を懸けたバトルシーンの緊張感。この緩急こそ、多くの読者をこの作品にのめり込ませる中毒性の一つだろう。


 数多くの登場人物の利害関係と時勢の変化が絡むことによって、物語はどんどん複雑化していく。敵だった者が味方になることも、共闘していた者が裏切ることも日常茶飯事だ。


杉元とアシㇼパにだけ感情移入して読むのなら、敵だらけということになる。けれど、読み進めていくほどに、どのキャラクターも「ただの敵」とは思えなくなってくるのではないだろうか。それは、この作品が戦い一辺倒ではなく、一人一人の人生が感じられるからだ。


 どんな人間も必ず食べて眠る。ギリギリの戦いのかたわらで、杉元たちはいつか敵になるかもしれない相手と一緒に風呂に入ったり、同じ鍋を囲んで食事したりする。殺しかけたり殺されかけたりした後に冗談を言い合ったり、共闘して助け合ったりもする。そんなシーンが積み重なることで、どのキャラクターもご都合主義で主人公の前に配置された「敵」ではなく、それぞれの意思を持って行動し、その結果杉元たちとぶつかり合った一人の人間であることが感じられるのだ。


 『ゴールデンカムイ』を読んでいると、物語とはつまり、人と人との出会いなのだと思わされる。誰といつ出会うかによって、人生は無数に枝分かれしていく。杉元がアシㇼパよりも鶴見中尉や土方歳三と先に出会っていれば、埋蔵金を巡る勢力図は違ったものになっていたかもしれない。脱獄王の白石がいなければ、杉元もアシㇼパもとっくに死んでいたかもしれない。そして、そのちょっとした偶然を生み出すのは、その人が生きた時代であり、生まれた場所であり、食べてきたものであり、ともに時間を過ごしてきた相手だ。一見本筋からの脱線に思えるような狩猟シーンや、ラッコ鍋のようなエピソードがあるからこそ、彼らのリアリティは増していく。そう考えるとやはり、「冒険・歴史・文化・狩猟グルメ・GAG&LOVE 和風闇鍋ウエスタン」という詰め込みまくったキャッチコピーは、この上なく的確に『ゴールデンカムイ』という作品を表現していると言える。


 本編では、刺青の暗号が解読され、金塊を巡る最後の決戦の火蓋が落とされた。それぞれの野望がぶつかり合うなかで、願いを叶えるのは誰なのか。この最高級の闇鍋のクライマックスを、今こそぜひ味わってみてはいかがだろうか。