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『さよなら朝日』の著者は何にさよならしたかったのか 元記者が自問しながら聞く

2021年09月05日 09:11  弁護士ドットコム

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メディア不信が叫ばれて久しいが、コロナ禍ではそれがさらに加速したようにもみえる。そんな2021年、「さよなら」をタイトルに入れた本が相次いで出版された。『さよなら朝日』と『さよならテレビ』。いずれも現役の新聞とテレビ関係者によるものだ。


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メディアの中にいる人たちが、そのメディアに「さよなら」を言う意味とは、何なのか。何に「さよなら」したいのか。



元新聞記者の錦光山雅子さんに、論考集『さよなら朝日』の著者で、現役の朝日新聞記者・石川智也さんのインタビューなどを通して考えてもらった。



●内部に残りながら「さよなら」する意味

石川さんはこの本を書いた理由を「黄昏れゆくリベラルが夜を越え再び朝日を望む日を迎えるために、まずは自らの弱点と矛盾を見つめたい」(まえがき)とつづっている。



題名に「さよなら」を入れた理由を聞いた時、彼が「オマージュ」として挙げたのが、東海テレビのドキュメンタリー映画『さよならテレビ』(2020年)。この映画のプロデューサーである阿武野勝彦氏の著作『さよならテレビ』の下敷きとなった作品だ。



『さよならテレビ』は、東海テレビの社員が自ら、自社の報道部の現場にカメラを入れ、その実態をさらけ出したドキュメンタリーだ。



制作にかかわったプロデューサーやディレクターは、インタビューでその目的が「これまで」との「さよなら」(脱却)だと語っている。




≪『さよならテレビ』のさよならは、「これまで」に「さよなら」なんです≫



(文春オンライン「賛否両論 東海テレビ『さよならテレビ』プロデューサーが語った『さよならの本当の意味』」)







≪自分たちがかたくなに信じてきたこと、絶対そうあるべきと思ってきたことと、一回決別しないと再生するのは難しいかもしれない。裏を返すと、一度覚悟というか、さよならをする覚悟があれば決して暗くはない、というところでしょうか≫



(Yahoo!ニュース 個人 境治「『さよならテレビ』はなぜテレビにさよならするのか」)




石川さんが『さよなら朝日』で目指したのは、『さよならテレビ』の制作陣と同様、所属するメディアの検証だった。でも私は「朝日新聞」という「組織」を主語にするのではなく「記者としての自分」に主語を換えて自己検証してほしいとインタビューでお願いした。



なぜなら、石川さんをはじめ記者一人ひとりが書いてきた記事の蓄積が「朝日新聞が言っていること」につながるわけだし、そういう考えの方が、現場の記者としてはしっくりくるだろうからだ。



石川さんは朝日新聞の姿勢を「書いていることとやっていることが違う」と批判する。だがその批判の元をたどれば、現場で取材し記事を書いている記者に行きつく。



●石川さん自身は「朝日」から自由でいられたのか?

石川さん自身、自分をこう省みる。



「言ってることとやってることが違うというのはたくさんありますし、自分も手を染めてきたという反省もあります。朝日新聞を積極的に好み、リベラル的姿勢のようなものを保っている人たちの考えに合致するような記事を書いてきてしまった、というような。



そんなふうに自分をある意味、規制する姿勢がなぜ出てくるのかと言えば、やはり、何かを書く際に、無意識でも意識的にでも自分が所属している組織に思いいたってしまうからだと思うんです」



その典型例として、石川さんは、平和報道や憲法9条、高校野球、最近なら東京オリンピック開催までの報道を挙げた。



「もう20年も前ですが、岐阜支局で高校野球を担当して、少し斜に構えた連載を書きました。



部活に参加しながら高野連にその存在を認められず、マネジャーとして登録するしかなかった女子選手。怪我をしても治療より試合が優先される実情。野球の応援と吹奏楽コンクールの練習との間で引き裂かれる吹奏部員。強豪なのに出場権のない朝鮮学校の生徒たち。



かといって、高校野球の抱えるそんな問題をしつこく書いてきたわけではないし、むしろ高校野球を盛り上げる記事をたくさん書きました。ここにも無意識の忖度があり、自己規制もあったと思います。



でも、自分の信念に明らかに反したことをしているとは思っていないんですよ。その瞬間に浮かんだ疑問や違和感も、日々の忙しさで埋もれていくし、『こういう記事はこう書くもんだ』という雰囲気の中で自分もそれを疑わなくなってしまう。



そうやって『主催者だから』と高校野球を正面切って批判しないままきて、いつの間にか読者や社会の意識が変わり、さほど変わらないできた高校野球のあり方自体が批判される対象になり、結果的に主催者である朝日新聞の姿勢も問われるようになってしまった」



●所属から逃れられない記者の存在

石川さんは、高校野球の報道は五輪をめぐる報道にも通じると指摘する。



「高校野球の取材をしていながら高野連の核心的利益に反するようなことを書いてこなかったことと、今回の五輪とのスタンスの取り方とは通じるものがあると思います。組織にいるということから、ある意味で逃れられていないからなんですよ。



すべての全国紙が五輪スポンサーになった状態を、朝日新聞の記者が批判したところで、『批判するお前だって朝日の人間だろ』と言われることから逃れられない。



社内でも『朝日新聞全体の姿勢はこうなのに、一記者がそんなことを言うのは、かっこつけてるだけだよね』と受け止める人も当然いますよね。この本もそうですが。



じゃあ言わないほうがいいのかと言ったら、ぜったい言うべきですよ。その方が最終的には組織のためにもなる」



●「平和報道」というルーティンの罠

石川さんの自省は、平和報道にも及ぶ。



「戦争体験者のパトスに安易に乗っかる取材をしてきたと自省しています。空襲体験者、被爆者の話を聞き『二度と戦争はいけません』という気分の、型通りに締めくくる記事を、私自身も書いてきました。



私含め個々の記者は、自分なりの善意と誠実さをもってやっているつもりです。だけど、そういう記事に深みや、思索の跡はあったか。今から考えれば安易というか、伝統芸的、限定的な『平和報道』だった。



例えば憲法9条で言えば、日本は平和主義を守ってきたし、9条も守ってきた、と。だから、戦争をしては駄目だ、9条を変えては駄目だと思っている読者が違和感なく受け止められる記事を書くのが朝日新聞だ、みたいな、そういう無意識の前提で書いてきてしまった、と思います」



そうやって記者一人ひとりが書く記事が日々積み上がり、365日×何十年と重なっていくと、当初は新しく見えた事実や切り口、概念が、いつしか固定観念に変わり、逆に誰かの生き方をしばりつけるようなことにもなっていく。石川さんは、それを元共同通信記者で作家の辺見庸氏の言葉「ルーティンの怖さ」にかさねる。



「記者の多くは、与えられた条件の範囲内で真面目に仕事はするけれど、与えられた条件そのものを根本から疑うことをあまりしない。成果がすぐに出ない調査報道より、デスクの求めに即応して整った記事を書ける『うまい、やすい、はやい』という、吉野家のコンセプトを体現した記者が『優秀』と言われてきた面もある。



でも、ジャーナリストだったら、ルーティンの罠を問い続けることは絶対必要です。どこまでそれを実践できるかは難しいにしても」



「ルーティンの怖さ」について、石川さんは自著で辺見氏の著作『独航記』を引き合いに、「日々の仕事に忙殺され日常に埋没してしまうということだけでなく、パターン化された取材や報道、思考方法で自足する『新聞言語圏』の囚人になること」と指摘する。




≪「言語圏」はじつは強大なる「意味圏」であり、平易に表現することが昂じれば、平易ならざる人物にも風景にも単純な善悪を塗り込め、世界をお手軽な意味だらけの平面にしてしまう。(中略)人間という、非合理と矛盾と陰影に満ちた凸凹だらけの動物は、日本の新聞の情緒的「人モノ」記事がいとも簡単に心の内や“人生の転機”を描き出しヤワな良識と綺麗事とで分かりやすい物語にまとめ上げてしまえるほど、単純な存在ではない。(中略)新聞言語にどっぷり浸かることの最たる弊害は、(中略)記者がこの意味圏の囚人となり、物事を立体的に彫琢できなくなってしまうことだろう≫



(『さよなら朝日』「橋本治の『よくない文章ドク本』が好きだった」より)




●「思考停止」せずに「試みる」

似たようなことは『さよならテレビ』の圡方宏史ディレクターも「思考停止」という言葉で指摘している。




≪お題目だけが一人歩きして、この考えが出て来た大元の部分はもしかしたら抜け落ちて、弱者に寄り添っていればいいとなったり、権力であれば何でも叩くんだとなったり、そういうことになってるかもしれない。(中略)自分たちがどうして仕事してるのかはもう一回考えてみないと、思考停止しちゃってるところが大いにあるのかなとは思います≫



(Media Border「『さよならテレビ』はなぜテレビをさらけだしたのか~東海テレビ・圡方宏史氏インタビュー~」)




ルーティンの罠にはまらないためには、どうしたらいいのか。石川さんはこう話す。



「記者自身がリスクを取って書くしかない。独りよがりにならないことが前提ですが。



『客観報道』といわれているものの虚偽性、客観を装って実はバイアスがかかっているという実体に、今の読者は気づいている。であるならもはや、『自分』を主語にしないと受け入れられないとも思います。



ただ、日本の新聞は『偏っている』という指摘に非常にナイーブですよね。基本的に読者のターゲットを絞らずにきたし、記者も、自分たちのことをたぶん偏っているとは思っていない。そういう意味では、いまも多くの人に書いているつもりなんでしょう。



せっかくデジタルの時代になってるんですから。できるものをどんどんやればいいんです。そういう意味でわたしの本も、これはこれで、ひとつの試みですしね」





●「自分が殺してきた価値観」に気づく

石川さんのいう「客観を装って実はバイアスがかかっているという実体」に、わたし自身、本当はずっと気づいていたと思う。向き合ってこなかっただけで。



私は2019年まで、朝日新聞に所属する記者だった。約20年働いた。なりたくてなった仕事だったが、昔選んだジャケットがいつの間にか体にフィットしなくなってきたような違和感が強まり、組織の居心地の悪さも感じて、結局退職してしまった。



記者をやめた理由を時々聞かれるが、いまもうまく答えられない。だけど、もうやめようと腹落ちできた経験が一つだけあって、それで説明しようと思う。



2018年、関連会社のネットメディア「ハフポスト」に出向していた時のことだ。同僚たちと「真ん中の私たち」という企画を手がけた。



当時はプロテニス選手・大坂なおみさんを始め、海外にルーツを持つスポーツ選手が活躍する一方で、彼/彼女らが「日本人」かどうかを値踏みするような指摘もあった。自明であるかのように語られる「日本人」の意味について、なんらか問いかけたいと、始めた企画だった。



当事者でしか分からない世界、見えない風景を書いてもらった。当事者でないと書けない心のひだや世界観が、パッチワークのような複雑さと豊かさで紡がれていることに圧倒された。



この企画がひと段落したとき、コラムでこう書いた。




≪20年記者をしてきた自分を省みずにはいられなかった。こうした豊かな世界観や当事者の言葉を、私は分かりやすさや読みやすさ、そして自分のフィルターという「枠」の中にはめ込むために「殺してきた」こともあったのだ、と≫



(「真ん中の私たち 私が『殺してきた』かもしれない価値観」より抜粋)




他人の物語を、自分というフィルターを通して書いてきた「罪」の面に気づかされた経験だった。私が彼女/彼らを取材しても、あれだけの豊かな描写はできなかっただろうし、いろんな都合で文字通り「殺した」部分も、狭い世界から見た色眼鏡で値踏みしていたこともあっただろう。



ああ、もう私みたいな「誰かの物語を代わりに書く人間」は必要ないのかもしれない、と思った。それこそ「さよなら」な経験だったと思う。



それから3年近くたつ。完全にメディアから足を洗ったわけではないけれど、石川さんの言う「新聞意味圏」からは「さよなら」し、人や社会のありようを、「分かりやすい物語」に落とし込まず、でも誰かの心に届けられるような、私なりの試行錯誤をいまも続けている。



そう、石川さんの言っている「さよなら」は、朝日新聞を貶めたり見放したりするための「さよなら」ではないのだ。新聞社にいながら「新聞意味圏」から脱出する、新たな一歩を踏み出すための「さよなら」なのだ。(錦光山雅子)