2021年09月05日 09:11 弁護士ドットコム
小さな会社のトイレの規則を巡って、大きな議論が起きている。厚生労働省が職場のトイレの設備基準を定める規則の省令を改正し、「同時に就業する労働者が常時10人以内の会社は、男女共用トイレ1つでも可」という“例外”を認めようとしているためだ。
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ツイッターでは「女性用トイレがなくなるのではないか」と危ぶむ声が上がり、厚労省が7月に募ったパブリックコメントには1500件超の声が寄せられた。大半が規則改正に反対する意見で、厚労省は当初予定していた9月上旬の改正時期を後ろ倒しする事態になっている。
職場で男女共用トイレを使っている人は、日々どんなストレスを抱え、今回のルール改正をどう思っているのだろう。共用トイレを使っている女性に話を聞いた。(ライター・国分瑠衣子)
議論になっているのは、労働安全衛生法に基づく「事務所衛生基準規則」。職場のトイレや休憩室の設備や、照明の明るさなどのルールを定めている。規則は50年近く前に作られた。
現行では、職場のトイレは女性用、男性用に分け、①女性用②男性の大便用③男性の小便用の3つが必要と定められている。また、働く人の人数に応じて便器の数も決められている。女性用は20人以内に1つ、男性用は小便用が30人以内に1つ、大便用が60人以内に1つとなっている。罰則もあり、違反すると6カ月以下の懲役か50万円以下の罰金が科される。
なぜ今回規則を変えることになったのか。厚労省の担当者は「50年近く前の規則なので、バリアフリーのトイレが法令上カウントできないなど実態に合わないものになっていたため」と説明する。働き方改革関連法の附帯決議で「労働者の休養や清潔保持のため、事業者が講じる必要な措置について、関係省令の必要な見直しをすること」とされたこともある。
厚労省は昨年8月、予防医学やデザイン工学などの専門家らでつくる検討会を立ち上げ、議論を進めてきた。
検討会が今年3月にまとめた報告書では、これまでの規則通り「トイレは男女別」という原則を維持した上で、同時に就業する労働者が常時10人以内なら、施錠でき四方を壁で囲うなどした独立個室型のトイレを設けることで足りるとした。
つまり、これまで「男女別でなければならない」と法令で決められていたトイレ設備のルールが、「小さな会社なら男女一緒のトイレでも可」という『例外』が認められることになった。厚労省の担当者は「例えばマンションの一室の事業所の場合、男女別のトイレが現実的ではないということもあり、例外を認める議論を進めてきた」と説明する。
【「事務所衛生基準のあり方に関する検討会」の議事録】
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_13194.html
この最終報告書に対し、7月下旬、武蔵大学の千田有紀教授(社会学)がインターネット上で「女性トイレの設置を義務としないと、事態を後退させている」と指摘するなど、職場の環境改善につながらないという声が相次いだ。ツイッター上でも「#厚労省は職場の女性用トイレをなくすな」というハッシュタグをつけた投稿が一気に広がった。
「トイレについて言いたいことはたくさんあります」。取材に応じてくれたのは都内の会社に勤める女性だ。女性の会社はマンションの1室にあり、トイレは1つ。出入りがあり増減はあるが、男女合わせて10人弱が共用のトイレを使っている。
一番困っているのが、行きたいタイミングでトイレへ行けないことだ。「男性が入った直後に入ると自分も嫌ですが、相手も嫌だろうなと思い行けそうなタイミングを計っています。生理的な現象を我慢するのはきついです」。特定の男性のトイレ使用時間が長いこともストレスだ。用をたしながらユーチューブを見ていることが分かり、注意をしたがなかなか改めてくれないという。
「仕事中は水分を控えて、行く回数を減らすようにしています。スタバでコーヒーを買うついでにトイレを借りることも。終業時に会社のトイレが混んでいて、家まで我慢できるだろうと電車に乗ったものの、どうしても我慢できなくなって、途中で降りて百貨店のトイレに駆け込んだこともあります。駅はちょっと抵抗があるので…」
さらにトイレの場所が応接スペースに面しているため、来客がある時は音が気になって使いにくいという。
トイレ掃除も気が重い。社員が交代で掃除するが、男性が使った後で床が汚れているとがっかりする。「一応、全員座ってしようというルールはあるのですが・・・」。生理用のサニタリーボックスを男性が掃除するのは抵抗があるだろうということから、女性が掃除している。
女性の会社では新型コロナウイルスの感染拡大で、週に数日はリモートワークになり、ストレスはかなり減った。「男女共用が嫌だから仕事を変えようとまでは思わないのですが、男女別なら気持ちいいのにね、と女性同士では何度も話しています」。
厚労省の規則改正についてどう思うかも聞いてみた。「あえて規則に書く必要があるのでしょうか。例外の一文を加えることで、事業所側が『現行のままでいい』と考える“お墨付き”を与えることになってしまわないか心配です」。
厚労省の有識者検討会が前提にしているのが、独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)が昨年11月に発表した調査結果だ。調査は各産業で働く15歳以上の男女を対象に行い、計7000件の回答を得た。調査によると、男女共用のトイレを使っている人は全体の約2割。このうち29人以下の小規模事業所が約4割を占めた。また、男女共用と回答した人の6割超が男女別トイレの設置を求めている。女性のほうが男女別トイレが必要と考える人が多い。
【JILPTの調査結果】 事業所における労働者の休養、清潔保持等に関する調査
https://www.jil.go.jp/institute/research/2020/205.htmlhttps://www.jil.go.jp/institute/research/2020/205.html
今回の騒動を厚労省はどう受け止めているのだろうか。「予定では9月上旬に施行予定だったのですが…」。担当者の口は重い。
国民の意見を求めるパブリックコメントは6月28日の公募開始から20日間以上、数件程度だった。状況が一変したのは締め切りの数日前。前述のように女性用トイレがなくなると危惧する声がSNSで広がり、一気に1500件ほどのコメントが殺到した。大半がトイレ共用を認めることに対する懸念だったという。
有識者検討会の報告を受け、厚労省は改正案を作成し、大臣の諮問機関である労働政策審議会分科会で了承される見通しだった。しかし、パブリックコメントで懸念が相次いだため7月28日に開かれた労働政策審議会分科会では了承されず継続審議になった。「都道府県の監督署などに出す通達で、改正内容とは別に男女共用とする場合の運用面を明記することが必要という結論になった」(担当者)という。
担当者は「SNS上では『女性用トイレがなくなる』と危惧する声もあるが、そのような意図は全くない。男女別のトイレが望ましいということは変わらず、現状より後退することはない」と理解を求める。
とはいえ、コロナ禍でリモートワークが広がり、家賃削減のためにオフィスを縮小しようという企業もある。移転のタイミングで、男女共用トイレにする会社が出てこないだろうか。「パブコメでも同様の指摘はあった。誤解がないように施行通達でも周知したい」(担当者)。
会社の職場環境はさまざまだ。取材に答えてくれた女性のように、マンションの一室を職場にする会社が男女別のトイレを設けるためには、移転するしかなく、現実的に難しいだろう。が、JILPTの調査では男女共用トイレを使う多くの人が男女別のトイレを望んでいる。
どうすれば小さな会社のトイレが快適に使えるのか。今回の規則改正で特例的に男女共用を認めたとしても、不満の声は根強く、問題は残り続ける。ハード面の改修や、ソフト面の運用で工夫できる面もあるのだろうか。どうすれば長年続いてきた問題が解決するのか、ぜひ多くの人の意見や考えを聞いてみたい。