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車いすラグビーは過激な球技!? ぶつかりあう楽しさを描いた『マーダーボール』が熱い

2021年09月05日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

車いすラグビー『マーダーボール』が熱い

 本日5日が最終日となる東京2020パラリンピック。オリンピックと合わせて現在の状況での開催の是非については様々な意見があったが、パラスポーツが日常的に視聴できる意義そのものは大きい。


 スポーツには各競技に独自の魅力があるもので、パラスポーツも当然、例外ではない。日本のマンガにもそんなパラスポーツの魅力を伝える作品がある。今日紹介するのは、そんな作品の一つ、『マーダーボール』だ。


 少年窃盗団が犯罪者相手に強盗を企てる『ギャングース』で知られ漫画家・肥谷圭介による、車いすラグビーを題材にした作品だ。タイトルの「マーダーボール(殺人球技)」とは、車いすラグビーの愛称であり、車いす競技で唯一、体当たりが認められているその激しさからそう呼ばれている。


 『ギャングース』の作者がパラスポーツを描くというのは、異色の組み合わせに思えるかもしれないが、その作風と競技の魅力が絶妙にマッチした良作だ。


(参考:【画像】イラストからも疾走感が伝わってくる


■ぶつかりあうのが気持ちいい


 女子高生、海野アサリは、交通事故によって車いす生活となった。事故以前は、体操の有望選手だった彼女は、人生の目標と父親を亡くしている。しかし、持ち前の明るさを失わずなんとか日々をやり過ごしていた。


 そんなある日、街で車いすの中年男性、白川に声をかけられ体育館に連れて行かれる。そこで彼女は車いす同士が激しくぶつかりあう車いすラグビーに出会う。いきなりの実戦で吹き飛ばされるアサリは、「ぶつかるって、こんなに気持ちいいんだ」とキラキラした顔で笑う。


 アサリはその体験で車いすラグビーに魅了されるが、彼女は寝たきりの弟の世話をしなくてはならないために、なかなか競技の道に踏み出せない。しかし、白川や同チームの川平、コーチの大道などの説得で競技の道を歩むことになる。そして、迎えた初の練習試合、アサリは持ち前のスピードと負けん気の強さで大活躍し、体重100キロある相手選手のエースを転ばせてみせる。


 車いすラグビーの試合を観たことのある人ならわかるだろうが、この競技はとにかく激しい。小型戦車のようなごつい車いすに乗った選手たちがガンガンぶつかりあい、ときには派手に転倒させられることもある。そして、4対4でバスケットボールと同じ広さのコートで目まぐるしく攻防が逆転してゆくスピーディな展開も観ていて興奮する。


■荒々しい画風が競技の魅力と絶妙にマッチ


 そんな競技の魅力と、『ギャングース』でもみせた荒々しいタッチの絵が絶妙にマッチしているのが、本作の大きな魅力だ。犯罪者たちの抗争を描いた『ギャングース』も激しい作品だったが、こちらも激しさという点では負けていない。パラスポーツについて、おとなしいものなんだろうと思っている人がいるかもしれないが、車いすラグビーは、時に健常者のスポーツよりも荒々しい。本作は、その魅力を絵の力で存分に表現している。


 本作は、主人公が素人の状態から物語がスタートするので、車いすラグビーの競技としてのポイントも、ルールも物語を追うだけで自然と頭に入ってくる構成が心がけられている。例えば、障害の重さに対してポイントがあり、4人のプレーヤーの持ちポイントが8ポイントを超えてはならず、そのために障がいの軽い選手「ハイポインター」だけでなく、障がいの重い「ローポインター」もチームに欠かせないこと、そして、ローポインター選手がディフェンスや攻撃進路を作るアシストとしていかに重要な仕事をするのかなど、この競技ならではの駆け引きやチームプレーのあり方を見せてくれる。


 また、車いすラグビーは男女混合で行われる。今回のパラリンピック日本代表にも女性の倉橋香衣選手がいるが、この激しいスポーツが男女混合であるというのも、知らない人間からすると驚きだ(女性がチームに加わると持ち点が0.5点加算される)。


 だが、ローポインターの選手がハイポインターの選手をがっちり抑えることが起こるこのスポーツでは、体格の面で不利に思える女性だから男性に敵わないということはないのだ。事実、今回のパラリンピックでも倉橋選手は、的確な読みとポジショニングで、体格に優れたハイポインターの外国人選手を何度も抑えていた。ちなみに、本作の主人公アサリは、事故前は体操の選手だったが、倉橋選手も器械体操の経験者だという共通点がある。


 スポーツを題材にした漫画は数多い。野球やサッカーなどのメジャースポーツからカバディのようなマイナースポーツまで、多種多様なスポーツが題材にされているが、その波はパラスポーツにも届き始めている。これまでもマンガは、様々なスポーツの魅力をわかりやすく伝えてきたが、本作も「マーダーボール」と呼ばれるほどの激しさを秘めた車いすラグビーの魅力を、的確に伝えてくれる。


 いまや日本だけでなく世界中で、漫画をきっかけに競技のファンになる人も多い。本作を観て「マーダーボール」の「ぶつかりあう」楽しさを目撃してほしい。


(文=杉本穂高)