中途で入ってきた、冴えないオッサン平社員……と思っていたら、実は英語ペラペラ、研究論文を出し、著書まであるスーパーエリートだった。そんな投稿がはてな匿名ダイアリーで話題を呼んだ。
経歴詐称で会社に入ったら「ヤバいこと」になりそうだ。でも、今回のように自分の能力を隠している「逆経歴詐称」だったら、どうなんだろう? (取材・文:箕輪 健伸)
話題になった投稿とは?
話題になっていたのは、「中途採用社員が経歴詐称だった」という匿名ネット投稿。タイトルだけを見ると、社員の高学歴がウソだとバレて……という話のような印象だが、実際にはその逆だ。
投稿によると、中途採用社員である「オッサン」の逆経歴詐称が発覚したのは、会社にかかってきた一本の英語の電話がきっかけだった。「英語なんて偏差値40」という投稿者(係長)がやり取りに苦心していると、そのオッサン(平社員)が「変わります」と助け船。流ちょうな英語で完璧な電話対応をしたのだという。
不思議だったのは、オッサンの採用面接をしたという投稿者も、オッサンの英語力を知らなかったこと。あらためてネット検索すると、オッサンは、科学論文を出していたり、著書(共著)があったり、大学で優秀者として表彰されていたことが判明したそうだ。投稿者は「超秀才であることも分かったから、もう驚天動地の騒ぎに」と綴る。
投稿者はこんなオッサンについて、「俺よりも安い給料で働いている(俺は係長、オッサンは平)のは苦しいし、使える気もしないのでクビにして欲しい」とグチをこぼしている。
ちなみに、このオッサン、スキルや経歴を詳しく申告しなかっただけで、学歴や職歴に嘘があったわけではないそうだ。それでも、投稿者のいうように「クビ(懲戒解雇)」にできるのだろうか?
企業の労務問題に詳しい須藤泰宏弁護士はこう語る。
「一般的に、懲戒解雇が認められるのは、真実を知っていたら採用しなかったと言える場合や、当該社員の雇用を維持すると会社の秩序が保てないと言える場合のような「重大な」経歴詐称に限られます。過去の判例で経歴詐称による懲戒解雇が認められたのは、たとえば、刑事事件で実刑判決を受け採用直前まで服役していた事実を隠しアメリカで経営コンサルタントをやっていましたという嘘をついていた事例です」
「また、年齢詐称による解雇も認められた判例があります。ただ、年齢詐称による解雇は、すべてのケースに当てはまるわけではなく、具体的な事案とのかかわり方で変わってきます。懲戒解雇が認められた判例は、マッサージ業務など体力を必要とする業務を行う会社で、実際は57歳だったのに45歳と偽って入ってきたというものです。年齢詐称自体が問題になったというよりは、業務のとの兼ね合いで体力的に期待されたような業務を遂行できないであろうという会社側の主張が認められた形です」
それでは、今回の事例は?
結論から言うと、「このケースで経歴詐称として、懲戒するのは無理だろう」と須藤弁護士は語る。
「詐称というのは、積極的に嘘をつくことを指します。たとえば、過去に刑事罰を受けているのに履歴書の賞罰欄に『なし』と書くことや、質問されたことに対して嘘をつくなどは詐称にあたるでしょう。このケースは、有利になるポイントをただ黙っていたということになるわけで、不告知にすぎず詐称にはあたらないと考えます」
投稿の筆者は、スキルや経験を隠していたことを疑問視しているようだが、須藤弁護士によると「法律的に問題はないだろう」とのことだ。
もし、自分の能力について嘘をつき、それが理由で懲戒解雇されるとしたら、それはどんな場合だろうか?
「たとえば、管理職ポジションの採用面接で、経験がないのに『過去に数十人のマネジメントをしていました』とアピールし、後から嘘だったことが発覚した場合なら、懲戒解雇の対象となり得ます」
「しかし、仮にマネジメント職の採用面接でなかったら、同じ嘘をついていても懲戒解雇の対象とならない可能性もあるでしょう。現在のマネジメント能力を期待して採用されたのではない可能性があるからです」
たしかに、そのウソ経歴・ウソ能力が、実のところ採用や仕事力にほとんど影響を与えていなかった、というケースもありそうだ。須藤弁護士は「(懲戒解雇ができるかどうかの)一般化は難しい。まさにケースバイケースです」と話していた。