トップへ

元バイトAKB→女子プロレス、いきなり骨折も乗り越え新人王に 上谷沙弥はどうやって天職に出会ったのか?

2021年09月05日 06:10  キャリコネニュース

キャリコネニュース

写真

コーナーのトップロープに登り、ひねりを加えた後方回転をしながら、相手にダイブする「フェニックス・スプラッシュ」。日本の女子プロレスラー史上初、そんなとんでもない必殺技を繰り出すのがSTARDOM・上谷沙弥選手だ。

根っからのレスラーかと思いきや、なんと元「バイトAKB」メンバーという経歴を持つ。スピード感のあるキレッキレの技、ビンタを応酬する激しい戦いぶりは、アイドルを目指していたとは、ちょっと信じられないレベルだ。

彼女はどうやって「天職」に出会い、華麗な空中技を繰り出すプロレスラーとなったのか。上谷選手にレスラーとしての覚悟や「自らの才能」との向き合い方を語ってもらった。(取材・文:伊藤 綾)

アイドルとしての挫折が導いたプロレスへの道

小学3年生からヒップホップダンスを始め、大会などで実績を残し、高校生の頃にはEXILEのバックダンサーも務めたこともある上谷選手。「大好きなダンスで、人前に立つ仕事がしたい」とアイドルに憧れるようになり、期間限定のアルバイト雇用アイドルユニット「バイトAKB」に応募したのは、高校3年生だった2014年8月のことだ。

「バイトAKBの活動は半年で終了し、その後は48グループはじめ、数えきれないほどアイドルオーディションを受けました。でも、ことごとく落とされて、自信がなくなってしまいましたね。だんだんオーディションに受けに行くのも、人に会うのも嫌になって、自分が将来何をすればいいのかわからず、メンタル的にもどん底でした」

約1年ひたすらオーディションを受ける生活が続いたが、オーディション雑誌で目にした女優志望を募集するオーディションに参加。2016年に太田プロダクションの所属タレントとして活動を始めるようになった。

「アイドルへの未練も抱えたままでしたが、何かしら動いていかないと自分がダメになると思い、ワークショップオーディションを受けました。仕事はエキストラや朗読劇などが大半で、女優として役をもらったのはテレビの再現VTRくらいです」

そんなモヤモヤした日々を送るなか、アイドルの夢を諦めきれず、2018年に受けたのがプロレスとアイドルを融合させたアイドルグループのオーディション。「プロレスのことは全く知らなかった」が、メンバーとして加入することになり、上谷選手はプロレスと出会う。

あくまでレッスンは歌や踊りが中心。「プロレスといっても本格的ではなく、もっと可愛げのあるもの」だったらしいが、身長168センチという持ち前の体格とダンスで培った身体能力の高さを見込まれ、プロレスの練習生になることを勧められた。

練習初日に骨折、親は大反対

「プロレスは『痛い』『怖い』というイメージくらいで、一度も見たことはありませんでした。正直、最初はプロレスラーとしてデビューできたら、アイドルとしても異色の経歴になってグループの為になるんじゃないかなって。やっと掴んだアイドル活動のチャンスだったので、無我夢中で取り組んでいました。あと、当時はネガティブ思考でメンタル的な弱さもあったので、単純に強くなりたかったですね。プロレスという新しいことに挑戦すれば、気持ちの面でも強くなれるんじゃないかと」

かくして、上谷選手は週3ペースで朝10時から夕方5時まで身体を追い込み、土日は試合の手伝いというプロレス漬けの生活に突入。2019年、プロテストに見事合格する。プロテスト合格から程なく加入していたアイドルグループは解散したが、プロレスラーとして同年の新人王にも輝き、タッグのベルトを奪取、東京ドームでの試合にも参戦した。この春には当時所属していた芸能事務所も退社し、スターダム一本に専念することを決意した。

プロレスの世界に入ってみて、当初のイメージとのギャップはあっただろうか?

「逆にイメージ通りすぎてびっくりしました。本当に痛くて(笑)。私、最初の実技練習で胸骨が折れたんですよ。エルボーの練習だったんですが、『骨ってすぐ折れるの!?』『こんなに痛いの!?』と思って、ビビりましたね。親は大反対で、練習生になったのがバレてからは、毎日のように喧嘩していました」

プロレスラーは怪我が付き物。有名アイドルを目指していたはずの娘が、練習のたびに大量のアザをこしらえて帰宅する姿を目にすれば、親心としては無理もない話だ。なんとも危うい感じがする。

ちなみに過去の負傷歴を聞くと、「折ったのは胸骨と鼻の骨くらいですかね。あとは肉離れがちょこちょこあるくらいで。何ヶ月も欠場するほどの大怪我はしていません。肉離れはがっちりテーピング巻けば大丈夫」とのことだった。

「いまの私はプロレスで輝きたい」

「アイドルとプロレスラーは求められる体格からして違いますが、頑張る姿を見たお客様がドラマを感じて全力で応援してくれる部分は共通していますね。プロレスラーのサイン会があることも知らなかったんですが、初めて選手の前に行列ができる光景を見た時は、アイドルみたいだと思いました」

華麗な空中殺法を得意とするプロレススタイルもあり、上谷選手には小さい子供のファンも多いという。

「プロレスラーって実は立ち振る舞いとかも重要で、立ち姿や表情といった自分の見せ方にもダンスやアイドルの経験は活きています。アイドル時代はいくら努力してもなかなか報われなかったけど、プロレスの世界だと周りの反応も変わりました。アイドルの頃はコンプレックスだった自分の身長や筋肉質なところも、プロレスでは認めてもらえるし、周りが評価してくれることによって、自分で自分のことを認めてあげられるようになりました」

上谷選手は歌って踊るアイドルとして活躍することを夢見ていた過去と、どう向き合っているのだろう。

「アイドル時代はすぐ周りと比べて、『もっと頑張らなきゃ』って常にいっぱいいっぱいでしたが、今思い返すと、『あの時はキラキラ輝けていたのかな』と思えます。貴重な経験させてもらったとも思うし、人生の中の大切な財産です。短い期間でしたが、自分なりにアイドル活動をやり切って、見切りもつけられた。芸能事務所を辞めたのも、プロレスだけで本当にやっていけるのか不安で、沢山悩みましたが、いろんな経験を積んでプロレスの方が向いていると自分でも思ったし、プロレスに専念して頑張りたいなと。いまの私が一番輝けるプロレスのリングで、全力で輝きたいです」

10月9日には大阪城ホールの試合も控えており、その活躍ぶりもあって、いまは家族も応援してくれているという。「やっていくうちにプロレスの魅力に目覚め、どんどんプロレスが好きになっていった」と語る上谷選手が考える、自分の才能を磨く上で大切なことは?

「アイドル活動も相当やれるところまではやったと自分では思うんです。やりたいことと向いていることが違うことって確かにあるんですが、それは実際にやらないとわからない。つらい経験の先に楽しいことがあると信じて、すぐに諦めたりせずに挑戦することに尽きるのかなと。ありきたりな言い回しですが、『やらないで後悔するより、やって後悔したい』が私のモットーです」

怪我や挫折を乗り越え、リングの上を羽ばたく不死鳥、上谷選手にかかれば、そんな「ありきたりの言葉」もキラキラと光り輝いて見える。