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ワノ国編は『ONE PIECE』終わりへの序章 物語はついに「ひとつなぎ」に

2021年09月03日 17:51  リアルサウンド

リアルサウンド

『ONE PIECE』ワノ国編で「ひとつなぎ」に

 尾田栄一郎の『ONE PIECE』は、1997年から「週刊少年ジャンプ」で連載されている人気長編漫画だ。本作は、「ひとつなぎの大秘宝」(ワンピース)を求めて海賊たちがしのぎを削る大海賊時代を舞台に、麦わらの一味を率いる少年・ルフィが海賊王を目指す冒険ファンタジーだ。


 海賊たちが大海原を舞台に大活躍するというビジュアルイメージが爽快なため、明るく楽しい王道少年漫画の代表として語られることが多い『ONE PIECE』だが、それはルフィたちの活躍を描いた入り口の部分であり、奥へ奥へと読み進めていくと作者が複雑かつ重厚な世界を描いていることに気付かされる。


 中でも第90巻から現在まで続いている「ワノ国編」は、これまで『ONE PIECE』が積み上げてきた物語の集大成となっており、過去・現在・未来がひとつにつながる最重要エピソードとなっている。


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 以下、ネタバレあり。


 ワノ国の侍たちと同盟を組んだルフィたちは、国を支配する将軍・黒炭オロチと百獣のカイドウを倒すため、ワノ国へと上陸する。


 ワノ国は江戸時代の日本を思わせる島国の鎖国国だ。浮世絵風の絵柄が多用された世界観は、今まで『ONE PIECE』に登場した国の中でも異色のものとなっており、昔の外国人が想像するエキゾチックな日本を戯画化したような幻想的な世界となっている。しかしそこで描かれる権力に蹂躙される庶民の苦しむ姿は、今までで一番痛々しい。


 平和に見えた国家が実はディストピア社会だったという描写は今までにも繰り返し描かれてきたがワノ国の描写は、より辛辣でえげつないものとなっている。何より日本に近い世界が舞台ということもあってか他人事として読めない。中でショックだったのが、えびす町で元大名の霜月康イエが処刑される場面。支給された食料に混ぜられた人造悪魔の実「SMILE」の食べ残しの影響で笑うことしかできなくなった町人たちが、笑いながら泣く場面は、本編で最も残酷な場面である。


 楽しいファンタジーだと思っていると、物語の節々で国家権力による残酷な蹂躙が描かれることが『ONE PIECE』の持つ苦味だが、こういう辛いシーンを避けずに描くからこそ物語に深みが生まれる。


 圧政に耐える庶民の描写や、オロチとカイドウに立ち向かい敗れ去った光月おでんの哀しい顛末を一気に描ききった後、侍たちがルフィと共に鬼ヶ島へと「討ち入り」を決行する場面は『忠臣蔵』を筆頭とする日本人がもっとも好きな物語の型となっており、読んでいて気持ちが高まる。


 一方、気になるのが百獣のカイドウの思惑だ。


 カイドウは「ひとつなぎの大秘宝」を手に入れることで恐怖と戦争を世界にもたらそうと目論む暴力の権化だ。オロチを殺したカイドウは侍たちを仲間に引き込み、ワノ国を海賊国家「新鬼ヶ島」に変えようとする。


 巨大な龍に変身する力と強固な肉体を持ったカイドウは『ONE PIECE』最強と言っても過言ではないラスボス級の存在だ。すでにルフィは一度敗北しており、今のところ勝ち目はなさそうである。しかもカイドウは、もう一人の四皇であるビッグ・マムとも同盟を組んでおり「こんな奴らとどうやって戦えばいいのだ?」と、読んでいて絶望的な気持ちになる。


 そんな中、勝利の鍵を握っていそうなのが、カイドウの娘でありながら、彼に殺された光月おでんを尊敬するヤマトの存在だ。自分を苦しめてきた父カイドウを倒すため、ルフィを助けるヤマトは、複雑な背景を持ったキャラクターだが、光月おでんの航海日誌を読み込みルフィの義兄・エースとも交流のあったヤマトの情報通ぶりは『ONE PIECE』オタクが漫画の中に登場したかのようである。おそらくヤマトは、読者の分身という側面もあるのだろう。


 カイドウ率いる百獣海賊団との熾烈な戦いが繰り広げられる中、本来なら敵対関係にあるヤマトと光月おでんの息子・モモの助が心を通わせ、ルフィと共にカイドウ打破を目指すという捻れた展開を見せているのだが、最終的にこの戦いの命運はこの二人にかかっているのではないかと思う。


 また、ルフィたちの戦いと同時進行でレフェリー(世界会議)によって変化した世界の勢力分布図や光月おでんの過去編を通して描かれた白ひげやゴール・D・ロジャーといった有名海賊の過去が描かれていることも、このシリーズの見逃せないポイントである。


 「ワノ国編」を経たことで謎の多かった『ONE PIECE』の物語は「ひとつなぎ」となり、クライマックスへと向かう道筋が見えてきたと言える。


 なお、2019年におこなわれた担当編集者のインタビューで「『ONE PIECE』はあと5年で終わる」と尾田栄一郎が発言していたことが語られている。コミックス97巻の質問コーナーでも終わる時期については回答しており「ワノ国編」が終わった後で、『ONE PIECE』史上“最も巨大な戦い”を描くことになると、作者は宣言している。コロナ禍の影響で執筆速度が落ちているため、2024年に終わることは難しそうだが「終わり」がすでに見えていることは確かだろう。本日発売となった最新刊は、ついに第100巻である。


(文=成馬零一)