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工藤会トップ死刑、間接証拠だけの判決をどうみるか 刑事弁護士が感じたこと

2021年09月01日 10:01  弁護士ドットコム

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特定危険指定暴力団・工藤会(北九州市)トップの野村悟総裁に8月25日、死刑判決が下された。


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野村総裁が主に問われていたのは以下の2点など。実行に直接関与したわけではないが、配下の組員に指示したとされていた。



(1)1998年に起きた元漁協組合長射殺事件について殺人罪



(2)2012年~14年に起きた3つの襲撃事件(元福岡県警警部銃撃、看護師刺傷、歯科医師刺傷)について組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)



この裁判では、野村総裁らが組員に指示をしたという直接的な証拠がなく、判決の行方が注目されていた。ナンバー2の田上不美夫会長にも同様に無期懲役が言い渡されており、両被告人とも判決翌日の25日に控訴したという。



この判決の影響をどう読み解くか。中原潤一弁護士に聞いた。



●「指示」を出していれば、実行者と同じ罪が成立

どうして事件に直接関与していないのに罪に問われるのか。まずは基本的なことを確認しよう。



「事件に直接関与していない人間であっても、指示をする等して、当該事件発生に物理的・心理的に寄与したと言える場合には、実行者と同じ罪が成立することがあります。これを共謀共同正犯と言います。



最高裁は、共謀共同正犯について、『いわゆる共謀共同正犯が成立するには、二人以上の者が特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となつて互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よつて犯罪を実行した事実が存しなければならない』としています(最判昭和33年5月28日刑集第12巻8号1718頁)。



つまり、共謀共同正犯が成立するには、簡単に言えば、ある事件を発生させる目的に向かって一体となっている必要があります。実際に事件に直接関与していない人間である場合、一体となっていると言えるためにわかりやすい要素が『指示』です。



これは、明示の指示、つまり言葉で直接指示する場合の他、黙示の指示、つまり言葉に直接出さなくても、何らかのサイン等を出せば足りると考えられています」



●「直接の指示」ではなく「忖度」だったら?

暴力団のような組織では、「直接の指示」で犯罪がおこなわれる場合もあれば、指示がなくても「忖度」で犯罪がおこなわれる場合も考えられる。忖度の場合でもトップは刑事責任を負うのだろうか。



「忖度をどのように定義するかの問題ではありますが、忖度を『他人の心情を推し量る』というものに留める場合、忖度で実行したというのは、部下が『上位者はこう思っているんだろうな』と勝手に解釈して実行に移したということに他なりませんから、そこに上位者からの『黙示の指示』もあるとは言えないでしょう。



ただ、その忖度をした理由に上位者の何らかの言動があった場合(例えば、『あいつは俺らを舐めてるな』等)には、それを黙示の指示であると捉えられる可能性は十分にあると思います。



一方で、特に暴力団の事件では、他の組と抗争になるような事件では格別、そうではない事件では、組員が上位者(ないし暴力団組織それ自体)を侮辱されたと怒り、その組員の個人的な怒りで本件のような事件が起こることは十分あり得ると思いますので、この判決の妥当性については吟味が必要です」



●直接証拠がないもので有罪にできる?

今回の裁判では、指示を直接示す証拠がない中、どんな判決が出るかに注目が集まっていた。直接証拠がない場合、指示があったことをどうやって立証すれば良いのだろうか。



「本件では直接証拠がないと言われています。直接証拠とは、要証事実(検察官が立証しなければならない事実)を直接証明する証拠のことを言い、例えば、目撃者の供述等がその例として挙げられます。



本件では直接証拠がないということですから、『今回判決を受けた二人から指示を受けた』と証言した人間は一人もいなかったということが考えられます。このような直接証拠がない場合には、間接事実から立証することが考えられます。



例えば、組織の構造であるとか、事件の前後に実行行為者と頻繁に電話をしている等と言った外形的な事実から、『指示』があったか否かを推認し、常識に従って判断して被告人が指示をしたことが間違いないと言えれば有罪とすることになります」



今回の裁判に当たっては、元組員などを含めて検察側だけで延べ88人の証人が出廷しているという。



「なお、直接証拠がないのに死刑を言い渡すことができるか否かという言説には個人的には違和感を覚えます。直接証拠や間接証拠と言うのは、あくまで有罪を立証できるか否かの話であり、有罪を立証できたと考えた後の量刑をどのくらいにするかという思考プロセスには、有罪を認定した証拠が直接証拠か間接証拠かは関係がないと思います」



●暴力団事件以外にも影響する?

証言などの間接証拠の積み上げによって至った今回の判決は、今後の暴力団事件やそれ以外の事件にも影響してくるのだろうか。



「この判決が今後確定した場合には、当然暴力団以外の他の事件にも及びうると思います。本件のような共謀だけではなく、例えば特殊詐欺における詐欺罪や、覚せい剤密輸事件における密輸の故意の問題等、処罰範囲を拡大するために過失犯を処罰してしまっているのではないかと思われる例が多数あります。法律の原理原則に基づいた、冷静な議論が必要です」




【取材協力弁護士】
中原 潤一(なかはら・じゅんいち)弁護士
埼玉弁護士会所属。日弁連刑事弁護センター幹事。刑事事件・少年事件を数多く手がけており、身体拘束からの早期釈放や裁判員裁判・公判弁護活動などを得意としている。
事務所名:弁護士法人ルミナス法律事務所
事務所URL:http://luminous-law.com/