2021年09月01日 09:51 弁護士ドットコム
東京・池袋で2019年4月、乗用車が暴走し松永真菜さんと長女の莉子ちゃんが死亡した事故で、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死傷)の罪で起訴された男性(90)に対する判決が9月2日、東京地裁で言い渡される。
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裁判で、検察側は、ブレーキとアクセルを踏み間違えるという初歩的で基本的な操作を誤るという過失があったとして、禁錮7年を求刑。一方、被告人側は初公判で「アクセルペダルを踏み続けたことはないと記憶しており、車に何らかの異常が生じて暴走した」と起訴内容を否認して以降、一貫して無罪を主張した。
事故発生から2年5カ月、2020年10月の初公判から11カ月。被告人が事故後に逮捕されなかった点を含め大きく報じられてきた事故に一つの判断が下されることになる。過失の有無をめぐり互いの主張が対立していたが、判決のポイントはどこになるのか。交通事故・事件にくわしい平岡将人弁護士に聞いた。
——過失の有無が争われています。刑事裁判で「過失」はどのように認定されるのでしょうか。
過失犯の成立が肯定されるためには、「注意義務違反」を立証する必要があります。
注意義務違反とは、具体的には、犯罪結果の発生を予想すべき義務(結果予見義務)とその予想に基づいて結果の発生を回避すべき義務(結果回避義務)の2つを指します。
犯罪結果が発生することをいつ、どの程度予見できたのか、そして、この結果を回避するためにいつ、何ができたのか、ということが問題とされるということです。
——今回の事故ではどうでしょうか。
本件では、横断歩道があることは標識や視認によって当然認識できました。さらに、被告人の走行車線の対面信号が赤信号であること、および交差点内に通行人がいたこと(いるであろうこと)も認識できたでしょうから、そこに自動車が進入すれば、人を殺傷しうることは予見しなくてはなりません。
この予見される結果(人の死傷)を回避するために、信号規制に従って適切に制動措置をとって停車させるなどの危険回避行為を被告人はとるべき義務があったのです。
報道によると、検察側は、この結果回避義務に反し、アクセルとブレーキを踏み間違え、高速度で赤信号を無視して走行した過失があること、かつ、義務違反の程度が重大であることを主張しています。
一方、被告人側は、アクセルは踏んでおらず、ブレーキを踏んで結果回避義務を果たそうとしたものの、自動車の異常によってそれが実現できなかったのであるから、過失はないと主張しています。
——過失の有無の判断についてのポイントはどこでしょうか。
自動車に異常が無かったと証明しうるかという点が当然ながら重要なポイントとなります。
検察側や被告人側が出している証拠の詳細はわかりませんが、報道によりますと、被告人の自動車の不具合に関し鑑定した警察官の証人尋問が行われ、車載の記録装置のデータ解析の結果や、事故後の大破した自動車でブレーキ実験をした結果(自動車の異常はないとの結果)が証言されたようです。
この鑑定書にかわる尋問は、検察側の中心となる証拠と思われますから、この証言によって、解析や実験の信用性や正確性が認められれば、自動車に異常はなかったとの結論に強く傾きます。
自動車に異常がなかったとすれば、高速度で、赤信号を無視して、交差点に進入したという事実を説明しうるのは、常識的には被告人のブレーキ・アクセルの操作ミスしかありません。したがって、被告人が否認していても、過失が認められる結果になるでしょう。
報道をベースとする限りでの私見ではありますが、自動車に突発的な異常が生じたというのは想定し難いと思います。
——判決ではどのような結論になると考えていますか。
検察側は禁錮7年と上限の求刑をしています。公訴した罪名において、国家が想定する最悪の犯罪態様だということです。
より重い処罰のある犯罪類型としては、危険運転致死傷罪がありますが、本件では危険運転としての公訴提起はされていません。
検察側が「踏み間違え」と主張しているように、今回の事故態様からすれば、殊更に「赤信号無視」や「制御困難な高速度で走行」をしたわけではなく、また「運転技能なし」ともいえないということでしょう。
危険運転に至らない事故であるとしても、本件は死傷者多数であり、交通事故としては最悪の結果が生じている点は争いがないでしょう。
一時的なパニック状態によるアクセルやブレーキの踏み間違いは、時折目にする事故態様ですが、本件はその踏み間違いの距離(時間)が長いように思われ、その分、適切な運転のコントロールを取り戻す機会(踏み間違いを是正する機会)が十分にあったように考えられ、過失の程度は大きいと思います。
さらに、自動車の赤信号無視ですから、軽車両に乗車中であった死亡被害者らに道路交通上の落ち度がありません。
検察側の立証が成功した場合を前提とした私の意見としては、交通事故としては相当重い処罰になるだろうと考えており、執行猶予もつかないのではないかと考えます。
【取材協力弁護士】
平岡 将人(ひらおか・まさと)弁護士
中央大学法学部卒。全国で10事務所を展開する弁護士法人サリュの前代表弁護士。主な取り扱い分野は交通事故損害賠償請求事件、保険金請求事件など。著書に「交通事故案件対応のベストプラクティス」ほか。実務家向けDVDとして「後遺障害等級14級9号マスター講座」「後遺障害等級12級13号マスター講座」など。
事務所名:弁護士法人サリュ銀座事務所
事務所URL:http://legalpro.jp/