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シリーズ累計90万部『後宮の烏』 ますます盛り上がる後宮×ファンタジーの魅力を考察

2021年09月01日 09:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『後宮の烏』後宮×ファンタジーの魅力考察

 妃でありながら夜伽をすることはなく、後宮の奥深くで一人孤独に暮らす、「烏妃」と呼ばれる謎めいた女性がいた。彼女のもとに、帝がある依頼のために訪れたことから、2人の運命が動き出す――。


 白川紺子の『後宮の烏』は、集英社オレンジ文庫で展開中の中華幻想譚。8月には最新刊の6巻が発売され、シリーズは累計90万部を突破するなど、大ヒット中の人気作だ。女性向け小説の中で、中華後宮ものは根強い人気を誇るジャンルとして知られている。『後宮の烏』もこの系譜に位置づけられるが、本作のヒットを後押しした要素はこれだけでない。


 オレンジ文庫の編集長が、『後宮の烏』のヒットがレーベルにおけるファンタジー人気の先鞭をつけたと語ったように(https://realsound.jp/book/2021/03/post-730257_2.html)、巻が進むごとに明かされる壮大でファンタジックな設定も、本作の人気を語るうえで欠かせない。後宮とファンタジーという2つの要素に着目しながら、『後宮の烏』の魅力を紹介していきたい。


 なお本記事は、1巻のネタバレを含む。それ以降の展開については、核心には触れないよう執筆した。


 即位間もない高峻は、13歳で廃太子となり、以後辛酸を舐めた後に這い上がった霄国の若き帝だった。彼は当代の烏妃・寿雪が暮らす殿舎を訪れ、翡翠の耳飾りに取り憑いた幽鬼の正体を探ってほしいと依頼する。先代の烏妃から継承した不思議な術を使い、若さに似合わぬ古風な喋り方をする寿雪は、当初は頼みを拒む。だが結局断りきれず、調査を引き受けた。



「むごいことを言うが、誰かと心を通わせようとは、思わぬことだ。それがほころびとなる」



 先代の烏妃で、寿雪を育てた麗娘は、そう彼女に言い聞かせていた。寿雪の正体は、高峻の祖父が滅ぼし、女子どもに至るまで抹殺を命じた前王朝の皇族の生き残り。そして後宮に閉じ込められている烏妃という存在は、隠され続けてきたこの国の真の歴史と深く関わるのであった……。


 後宮を舞台にした小説では、ヒロインと後宮関係者とのロマンスや、寵愛を競う妃たちの愛憎劇が、物語のメインモチーフとなる場合が多い。だが『後宮の烏』は、そうした後宮ものの様式美には囚われず、独自のカラーを打ち出しながら物語を展開し、それが本作の魅力となっている。


 そもそも主人公の烏妃の、後宮に身を置きながら夜伽をしないという設定がユニークだ。そして高峻と寿雪の関係性は、麗娘の言葉とは裏腹に、心を通わせる“友”として描かれていく。


 寿雪と高峻はそれぞれに過酷な運命の元に生まれ、家族を見殺しにした負い目と空虚な心を抱え続けていた。2人は幽鬼をめぐる事件を通じて徐々に打ち解け、やがて烏妃をめぐる秘密を共有する仲となる。そして高峻は、寿雪を烏妃という境遇から救い出そうと、あえて困難な道を選択する。単純なロマンスには回収されず、それでいて強い結びつきを感じさせる2人の絆と関係性の深化は、本作の読みどころの一つだ。


 また物語には、後宮ものらしい陰謀や政治劇が登場するが、当代の妃同士の関係性は良好である。それぞれの思いや立場がありながらも、妃たちは寿雪を気にかけ、あるいは頼り、彼女を慕っていく。通常は殺伐としがちな関係をあたたかなものに設定し、他の要素で波乱や闇を描き出す。ここでもまた、後宮という枠組みを活用しながら、王道には染まらない物語という方向性が見て取れる。


 カバーを手掛ける香魚子のイラストが作品のトーンを象徴するように、本作に通底するのは、独特の密やかで静謐な気配だ。白川のもの静かな筆致は、美しい情景や、登場人物たちの細やかな感情を丁寧に描き出していく。きらびやかな後宮小説とは一線を画す、陰りを帯びた物語世界。寂寥感の中に、どこかあたたかさを感じさせるテイストも、『後宮の烏』ならではの持ち味だ。


 後宮にまつわる要素の紹介が長くなってしまったが、ファンタジーの側面も見ていきたい。


 『後宮の烏』の序盤は、寿雪のもとに持ち込まれる幽鬼事件の解決を通じて、背景にある烏妃をめぐる謎という、より大きなストーリーをあぶり出す構成を取る。烏妃とは、夜と万物の生命をつかさどる女神である烏漣娘娘に仕えていた巫婆の末裔だとされている。だが、その真の役目は表の歴史からは排除され、隠され続けてきた。なぜ烏妃は、一人でいるよう強いられ、後宮に閉じ込められているのか。高峻は烏妃の謎を知ろうと、烏漣娘娘を祀る神祇官である冬官を訪ねる。閑職で、打ち捨てられたような古びた殿舎に身を置く冬官は、隠された歴史の鍵を握る存在で、以後もシリーズの中で興味深い役割を担っていく。


 1巻でも烏妃の秘密が明かされるが、これはあくまで序章にすぎない。シリーズが進むにつれて謎は新たな謎を呼び、はるか昔の初代烏妃・香薔と烏漣娘娘の関係性や、烏漣娘娘と白亀の神である鼇をめぐる神々の因果も彫り下げられていく。3巻からは、世界図と霄国地図、宮城内地図が掲載されるようになり、改めて歴史や神話にまたがる作品の壮大さが印象づけられた。


 シリーズの中でも5巻は、激動の展開という意味でも、ホラー映画を思わせる壮絶なクライマックという意味でも、強いインパクトを残す。『後宮の烏』は美しい小説だが、幽鬼にまつわる描写は時におぞましく、とりわけ5巻のラストシーンは作中でも屈指の凄まじさを誇る。


 シリーズものの小説は、巻数が進むごとに勢いが落ち、スケールダウンしていくものが少なくない。だが『後宮の烏』は、巻数を重ねる中でますます盛り上がりをみせていく。魅力的なキャラクターや、丁寧にはられた伏線、エピソードの積み重ねがみせる意外な展開など、物語の面白さと中華風ファンタジーの世界観を堪能できる快作だ。最新刊の6巻では、物語は新たな局面に突入し、有力豪族である沙那賣一族にまつわる秘密も明かされた。『後宮の烏』の世界がどこまで広がっていくのか、これからも見届けたい。