2021年08月28日 08:31 弁護士ドットコム
アートや演劇など、さまざまな表現活動に関わる人に対するハラスメントについての調査結果をまとめた報告書「『表現の現場』ハラスメント白書2021」(以下、白書)が今年3月に発表されると、大きな反響を呼んだ。
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この調査を実施した「表現の現場調査団」に共感し、4月から参加しているのが、映画『よこがお』や『淵に立つ』で知られる深田晃司監督だ。
映像分野では、長時間労働などの労働問題から、男女差別から生じるハラスメントまで、多くの被害が寄せられた。深田監督は「ハラスメントのある現実を労力をかけて可視化していく姿勢に感銘を受けました」と話す。
駆け出しのころ、理不尽なハラスメントを受けてきたという深田監督。自らの撮影現場からハラスメントを撲滅させるよう取り組んでいる。「表現の現場」でなぜハラスメントは起きるのか、また、どのような取り組みが必要なのか、聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
───白書では、映像分野のハラスメントについて、次のようにまとめられていました。
「映像分野は、他の表現分野と⽐べても、ハラスメント被害報告が多かった。集団で⻑時間の制作に関わり、スケジュールがタイトで、契約慣⾏も弱い。また、男⼥差別も根強く残っていることから、さまざまな被害実態が投稿された」
───これらの調査結果をどう受け止めましたか?
映画業界で自分が体験したり見聞きしてきたこともあり、ひどいだろうとは思っていましたが、こうして証言が記録に残ることの意義はとても大きいと思います。もうひとつは、女性の回答がすごく多いと思いました。
現場は残念ながらまだまだ男性社会なので、バランスを意識しないと、どうしても男性の声が多くなってしまいがちですが、この調査では、これまであまり表に出ることのなかった女性たちの声がきちんとすくい取られていました。中には、レイプのような性犯罪事件もありました。
また、この調査ですごく意義深いなと思うのが、映像だけとか美術だけとかに限らず、分野を超えて実施されているということです。ほかの業界のこともいろいろと知ることができるし、比較もできる。
そういった中で、現代美術に関わっている友人に「いやあ、美術もひどいと思ったけど、映画はやばいね」と、なんとも悲しい言葉をいただいたりしました。
───深田監督はこれまで、映画業界の労働環境の改善や、ハラスメント追放に取り組んできました。2019年11月にSNSで、ハラスメントについてのステートメントを発表しました。その中で、「年齢や経験値に関わらず他者を一個の人格として尊重しながら行動します」など明記し、心身への暴力の禁止や自分の持つ権力に意識的であるよう呼びかけて大きな反響がありました。映画業界でのこうしたハラスメントをいつごろから認識されていましたか?
私は19歳のときに映画美学校に入って、20歳ごろからいわゆるスタッフとしてプロの現場に入りました。最初は、美術部や照明部で助手をつとめていたのですが、ある作品についた時は1カ月半働いている間、毎日怒られて、殴られたり蹴られたりしました。助手の先輩が遠くから助走つけて、ドロップキックをしてきたこともありました。
ただ、当時はパワハラという言葉をまったく認識してなかったですし、自分自身も経験がなくて、どんくさくて、スタッフ向きの人間じゃなかったと思うので、大変だけど自分も悪いのだろう、映画業界はこんなもんなんだろうと思っていました。
でも、その後に自分で自主映画を作るようになっていく中で、演劇界など、別の分野の話を耳にしたりするようになり、それが当たり前と思ってはいけないんだと、だんだんと気づいていきました。
───気づいたきっかけはありましたか?
自主映画に出てもらった俳優さんのご縁で劇団「青年団」に関わっているのですが、驚いたのは、当時劇団内では、パワハラやセクハラを禁じる厳しい規約みたいなものがすでに共有されていたんですね。
そこには、すごく基本的なことから書いてありました。たとえば、「お互いの人格を尊重しあうこと、お互いが大切なパートナーであるという意識を持つこと」のような。「異性を劣った性として見る意識をなくすこと」というのもありました。
飲み会や食事の誘い方についての言及もあり、キャリアのある劇団員が異性の若い劇団員と2人きりのときにお茶や食事、デートに誘うことにも厳しく注意喚起がなされていました。若い劇団員はいやだと思っても、劇団内での今後の人間関係を考えて、いやだと言えないかもしれないからです。
当時はすごいなと思いながらも、ここまでやる必要があるのだろうか、とも思っていたのですが、それから15年を経て、映像業界でいろいろなハラスメントが起きているのを実際に見聞きして、やっぱりあそこまでやらなければいけないんだなと思うようになりました。
───それが、2019年のハラスメントについてのステートメント発表につながったわけですか?
その前に、まずは自分の撮影現場の安全から見直そうと思いました。
撮影が始まるときに、「オールスタッフ」といってスタッフ全員が集めた顔合わせがあるんですけど、そこで、「青年団」のパワハラ・セクハラの規定を映画業界向けに書き直したものを共有してもらったこともありました。そうした取り組みを、個々の現場ごとにスタッフやプロデューサーと相談しながら手探りでやっていった感じです。
2019年に発表したステートメントはその延長線上にあります。半世紀以上前、俳優やスタッフは、東宝だったら東宝、東映だったら東映など、映画会社と専属契約を結んでいる社員でしたが、今は大半がフリーランスです。
組織であれば持続的な関係性の中で一定のルールや価値観を共有していくことはまだやりやすいのではと思いますが、現在は作品ごとにスタッフが集まることがほとんどで、そこで初めて会う人たちも多いです。そういう状況においては、ハラスメントはダメだという認識を仮にみんなが持っていたとしても、その基準があまりにもバラバラなんですね。
ですから、このままでは現場の安全な環境づくりは難しいと思い、自分はこういう考え方で映画づくりに取り組んでますということをまずはSNSを通じて明らかにしました。そうすることで、自分の現場に関わる人もハラスメントについて考えたり話しやすくなるようになるのではないかと期待しています。
───反応はありましたか?
少なくとも、自分の映画に関わってくれる人は好意的に受け止めてくれていたと思います。ただ、映画業界の中には、SNSで「深田の言っていることはもっともだけど、映画の現場はそういうもんじゃないだろう。人間同士のぶつかり合いじゃないのか」というような意見をおっしゃる人もいました。
それは私よりも年配の方でしたが、多分氷山の一角で、そう受け止めた方は一定数はいたんじゃないかなと感じています。自分なりに説明を続けていくしかありませんが、ただ、あのステートメントを出した理由は、自分自身の周りの環境を安全にしていくのと同時に、自分自身への戒めでもありました。
自分は男性で、監督であるという時点で、どうしてもパワハラを犯しやすい立場にいます。ですから、きちんと発信することが自分にとっても大切だという気持ちもありました。
───そもそも、映画の現場でのハラスメントは何が原因で起こるのでしょうか?
本当に根深い問題があると思っています。たとえば、映画業界は以前ほどではないにせよ、いまだ徒弟社会ですが、本来であればスタッフや俳優の育成や教育には時間もコストもかけなくてはなりません。
でも、近年、映画の低予算化が進んで制作のための時間も厳しくなってきています。そうした中、短時間で成果を得ようとすると、パワハラ的な「指導」が生じてしまう。雇用された側の体制づくりの不備が、若い人たちに押しつけられている状況があります。
ほかにも、挙げていったらきりがないのですが、セクハラに関していえば、やはり男性社会であることや、表現の現場は特別だという特権意識が影響しているのではないかと思っています。
「表現の現場調査団」で今、ジェンダーバランス調査をおこなっていますが、映画業界の男女の割合について調べてみると、衝撃的な数字でした。わかってはいたことではありますが、すごい男性社会。
そうした中で、性的な表現にある種の偏りが生じていないか、現場でのセクハラが容認されていないか、という点は男性こそ自戒しながら考えていかないといけないと思います。
───深田監督は、海外でもご活躍されていますが、海外の現場でこれは参考にしたいというハラスメントの取り組みはありますか?
もう山ほどあります。まず、ヨーロッパやアメリカだと、きちんと組合があるので、組合によって労働環境が守られていますし、基本的な人権意識、労働意識が日本とは違っていると思います。
たとえば、欧米の映画の人の話を聞いていると、良い映画のためにはスタッフの睡眠時間を奪ってはいけないとか、スタッフが家族と過ごす時間や、撮影後にほかの映画を観に行く時間を奪ってはいけないとか、そういう意識なんです。そこには圧倒的な格差があります。
ほかにも、インドネシアで映画を制作したことがあったのですが、インドネシアは別に欧米のように組合がきちんとあるわけじゃないんですね。でも、当たり前のように撮影時間は短めに収められていました。
たとえば、どうしても夜の撮影が多くて23時に撮影が終わったときは、翌日の撮影開始は昼12時からでした。だから、組合の問題だけではなく、もっと基本的な労働意識が関係しているのかなと思います。
───具体的に監督の現場で取り入れた事例はありますか?
自分の現場もまだまだ十分ではありません。今後参考にしていきたいのは韓国の取り組みですね。韓国はある意味、日本以上に上下関係の厳しい社会ですし、日本と同様に男性社会なので、パワハラやセクハラは激しかったはずなんですけど、ここ5年くらいで労働環境が急速に改善されてきたと聞きます。
韓国はここ数年、#MeToo運動がかなり活発になって、世間の目が厳しくなっているということもありますが、環境改善に向けての取り組みが継続しています。たとえば、撮影の開始前にスタッフやキャストがハラスメントについて、専門家から講習を受けるというのが一般的になってきています。この講習は日本でも白石和彌監督の作品で撮影前におこなわれ話題になりましたが、秋にクランクインする私の新作でもおこなう予定です。
目の前の現場を守るためには個々の現場がこういった取り組みにコツコツと向き合っていくことが大切ですが、自助努力だけでは限界があります。韓国の制度で重要なのは、講習にかかる費用を韓国映画振興委員会(KOFIC)という公的機関が負担をする点ですね。つまり、ハラスメント防止や労働環境を守るための経済的な負担が個々の現場に委ねられてない。
だから、多くの現場できちんと講習を受けるようになるわけです。こういった制度ひとつにも、ハラスメントを防止していくことへの韓国映画業界の覚悟が如実に現れていると思います。もしも問題が起きたら、人権問題であるだけではなく、映画の評判をおとしめ、撮影が難しくなり、公開もできなくなるかもしれない。そうした背景もあり、韓国では日本よりも急速にハラスメントに対する意識が向上してきていますし、日本の映画業界でも取り入れていくべきだと思います。
───今後、映画業界としてどのような取り組みが必要でしょうか?
とても重要だと思っていることなのですが、ヨーロッパでは、現場の労働環境の改善と、助成制度を充実させる取り組みが同時並行で進んでいるという印象があります。
映画は長編を1本つくろうとすると、1億円や2億円は平気でかかってしまいます。一方で、現場環境を守るために、たとえば1日の撮影時間を短くしようとすると撮影日数が増えて、当然予算も必然的に膨らんでいくわけです。
インティマシーコーディネーター(編集部注:性的なシーンの撮影で俳優をサポートする専門家)など安全を守るための新しい役職も生まれてきています。ただそうなると、娯楽性や共感性の高いような比較的予算の集めやすい作品と比べて、そうではない商業性の低い企画は作ること自体がより難しくなっていきます。
しかし、ヨーロッパや韓国では多様な作品をつくり続けられるよう、助成制度を充実させることで商業性の低い作品でもある程度の予算をかけて撮影環境の安全を守りやすくなっています。その助成金は必ずしもすべてが国家予算とは限らず、多くが業界内での支え合いで捻出されています。
文化の多様性、芸術の多様性は結局そこに関わることのできる人間の多様性です。それは意識して守ろうとしなければあっという間に失われていってしまいます。表現の現場調査団の活動を通じて業界の構造的な問題が可視化されれば、それは日本映画の今後の改革の一つの指針になるのではと期待しています。
【深田晃司監督略歴】 1980年生まれ、東京出身。1999年、映画美学校に入学し、映画の自主制作をスタート。中編映画「ざくろ屋敷 バルザック『人間喜劇』より」(2006年)、長編映画「東京人間喜劇」(2008年)を公開。「歓待」(2010年)で第23回東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門作品賞を受賞した。「ほとりの朔子」(2013年)では、ナント三大陸映画祭で最高賞である金の気球賞と若い審査員賞をダブル受賞し、国際的に注目を集めるようになる。「淵に立つ」(2016年)が第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞した。最新作は「本気のしるし《劇場版》」(2020年)。2020年には、新型コロナウイルス感染拡大の影響で経営が厳しいミニシアターのために、濱口竜介監督らとともにクラウドファンディングを立ち上げるなど、映画文化の持続のために尽力している。