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中嶋一貴がル・マンで直面した“トラブル対処ドライブ”の過酷「ほぼ毎コーナー、ボタン操作が必要だった」

2021年08月27日 12:21  AUTOSPORT web

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2021年ル・マン24時間レースで総合2位となったトヨタGAZOO Racingの8号車GR010ハイブリッド(セバスチャン・ブエミ/中嶋一貴/ブレンドン・ハートレー)
2021年WEC世界耐久選手権第4戦/第89回ル・マン24時間レースは、トヨタGAZOO Racingのワン・ツー・フィニッシュで幕を閉じた。今季よりWECの最高峰クラスに採用された新規定『ル・マン・ハイパーカー(LMH)』に準じた新マシン、『GR010ハイブリッド』を投入したトヨタにとっては最高のリザルトとなったが、レース後半に発生した燃料系のトラブルは、致命傷ともなりかねないものだった。

 2位となった8号車GR010ハイブリッドの中嶋一貴がレースから5日後、日本メディア向けのリモート取材で明らかにしたところによれば、このトラブルに対処するため、ドライバーたちはコクピットのなかで通常とは異なるボタン/スイッチ類の操作を強いられていたという。

 レース後半、2台のGR010ハイブリッドはともに燃料タンク内の燃料を正しく使い切ることができず、通常満タンで走れる距離よりも少ない周回数でピットインし、給油作業をする場面が散見された。

 このトラブルについて、チームのテクニカル・ディレクターを務めるパスカル・バセロンは、第3戦モンツァで発生したものと似た問題と考えられること、またガレージにマシンを入れて修復(交換)するとタイムロスが大きくなり勝機を逃す可能性があったため2台を走らせ続けながら対処法を考える選択をしたことを、レース直後に語っている。

「7号車にも8号車にも発生しましたが、僕らの方がよりシビアだったようです」と一貴。

 一貴によれば、自身2回目のドライブとなった日曜早朝のスティントの終了間際、チームは最初にその兆候を発見したようだという。

 実際、この朝の走行で一貴は13周のスティントを2回続けたあと、3スティント目は9周でピットに呼び戻されている。その後、セバスチャン・ブエミに交代したところで問題が顕著になり、ブエミは一度コース上にマシンを止めて対処にあたる場面もあった。

「チームはそれまで使ったこともない、おそらく考えたこともなかったような方法をレース中に考え、見つけ出してくれました」と一貴は言う。

■1周13kmのコースで現れる、緊迫のガス欠症状
 残り3時間、一貴は最後のドライブへと向かうが、その際にはすでにコクピット内での対処法をレクチャーされていた。それは“ほぼ毎コーナー、ステアリング上のボタン類の操作をする”という、なかなか痺れる内容であった。

「慣れてしまえば問題ありませんでしたが、普通に走るのとは違う操作が求められましたし、ラップタイムだけを考えて走るとするなら理想的ではないようなことをしなければいけない状況でした。ただ僕の場合、(2回目を終えてから3回目に)乗るまでに時間があって準備はできました」

「たまに少し操作を間違えたり、忘れたりして、加速できなくなってしまって『おっとっと』というようなことは何回かありましたけど、まぁそれはご愛嬌かな、と」

「(操作は)もう、ほぼ毎コーナーです。ほぼ毎コーナーと言っても過言ではないです。ステアリングの上だけで(完結)できる操作ではあったので、手を(ステアリングから)離すことはなかったのですが、いつもとは違うボタンを押すのと、その押すタイミングなどもいろいろあったので、そこら辺はリズムを覚えるまでは難しい操作ではあったかもしれないですね」

 一貴が最後に乗り込む際には、首位の7号車とは1周ほどのギャップがすでにできていた。このため「トップを追いかけるというよりは、クルマを最後まで運ぶということに重きをおかなければいけなかったので、最初のうちはラップタイムどうこうではなく、まずは走りながらやる操作に集中しなければいけない状況でした」と語る。

 トラブルは、ガス欠症状という形で顕在化していた。

「実際に(ガス欠症状が)出るときもあれば、(テレメトリー)データを見てるチームが、少しでもその気配を感じたらピットへ入れる、というようなことを繰り返していたので、その結果、走れる周回数が6周とかにまで減っていきました」と一貴。

「『BOX(ピットイン)』と言われてからピットに向かうまでの間に『あ、燃料吸えていないな』と感じることもありましたし、『ちょっといま、吸えていないな』と感じた瞬間に『BOX』と呼ばれたりもしました」

「ル・マンは1周が長いので、少しでもその“気配”を逃してしまうと、燃料が吸えなくなって止まってしまうリスクがあったと思うので、そこはチームの方でもうまくコントロールしてくれたと思います」

■「もう乗りたくない」雰囲気のブエミに代わり「やりますよ」
 最終スティントは約3時間のロングドライブとなったが、当初チームとしては最後にもう1回ブエミを乗せてフィニッシュするつもりだったようだ。

「でも、僕が乗る前からセバスチャンが『俺、もう最後乗りたくない』みたいな空気が満々だったので(笑)、『それくらいは、やりますよ』という感じで僕が行ったんですけど、意外と長かったですね」と一貴は笑いながら振り返る。

「(トラブルで)何回もピットに入るわけですけど、ピットに入るごとにダッシュボードに時間が出るんですよ。何回かピットに入った時点でまだ1時間しか経ってなくて、『長いなぁ』と思いました(苦笑)」

 4年ぶりに勝利を逃す形となったが、トラブルが出る前から、エアロに負ったダメージのせいもあってか7号車とは差がついていたこともあり、「レースの流れは冷静に受け止めていた」と一貴は言う。

 そこに燃料系トラブルが発生し、イレギュラーな作業も増えたため「最後は走り切ることに集中していましたし、レースが終わった瞬間も『勝った・勝ってない』というところに意識はなかった」そうだ。

 また、悲願とも言える優勝を飾った7号車陣営については、彼らのこれまでの苦労をよく理解している一貴だけに、喜びの感情が大きいようだ。

「もちろん、僕らもレースを戦っている以上は優勝を目指してやっているんですが、チームとしてはこれまで7号車の方が不運を被ることが多かったですし、7号車のみんながやっと報われたというのは嬉しいです」

「ただ、レース終わったあとに僕がドーピング(検査)に行かなきゃいけなかったりで、ちゃんと祝えなかったのは残念だったなぁとは思いますけど(苦笑)」

 自身10回目のル・マンを走り終え数日が経過したが、「そんなに毎回勝てるものではないというのはどこかで分かっていますし、『勝てた・勝てない』よりも、24時間ミスなく、やるべきことをできたという充実感の方がが大きい」と一貴。

 来年以降は、ル・マン/WECの最高峰クラスにLMH、LMDh規定で多くのメーカーが参入してくることになるが、一貴は今季の残り2レース、そして来季以降にも意識を向け始めている。

「今回、クルマの方でトラブルがあったのは大きな課題です。また、今年のグリッケンハウスが基本、何事もなくレースを終えたのには、いい意味で驚かされました」

「今後、台数が増えるのはチームとしてもドライバーとしてもウェルカムですが、コンペティションのレベルも1段、2段と上がって行くでしょうし、今回みたいなレースをしていると勝てないことにつながっていきかねないと思うので、もっともっと引き締められるところを引き締め、ライバルが増えたときに戦う準備ができているようにしたいですね」