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「被告 金正恩様」東京地裁前の掲示が話題 北朝鮮に宛てた「公示送達」って何?

2021年08月26日 10:01  弁護士ドットコム

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「東京地方裁判所の掲示板前に人だかりがあった」とのツイートが、一緒に掲載されていた写真の画像とともに話題になっている。


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画像には、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を被告とし、その代表者である金正恩総書記宛の書面が掲示された様子が写っていた。その書面には「公示送達」と記載されており、事件名には「北朝鮮帰国事業損害賠償請求事件」とある。



朝日新聞の報道などによると、この裁判は、在日朝鮮人らの帰還事業で北朝鮮に渡ったのち同国を脱出し日本に戻った脱北者が、北朝鮮政府を相手取って総額5億円の損害賠償を求めたものだという。第1回口頭弁論は10月14日に開かれる予定だ。提訴されたのは2018年8月だが、約3年間にわたって主張や証拠の整理などが行われていた。



この裁判に金正恩氏がまともに応じる可能性は低いと考えられるが、なぜこのような掲示がされたのだろうか。森田雅也弁護士に聞いた。



●どこに住んでいるか不明な場合に行われるケースが多い

——「公示送達」とはどのようなものでしょうか。



「公示送達」とは、裁判所書記官が送達書類を保管し、送達を受ける人にいつでも交付する旨を裁判所の掲示場に掲示して行う送達のことをいいます。



そもそも「送達」とは、当事者に対し、法定の方式に従い、訴訟上の書類を交付してその内容を知らせる、又は、これを交付する機会を与える裁判所の行為のことをいいます。



訴状であれば、通常は、被告の住所に郵送する方法で送達が行われます。しかし、被告が訴状を受け取らないことがあります。その場合には、訴状が裁判所に戻ってくることになりますが、訴状の送達が完了しないと裁判自体がスタートできません。



これでは、被告が意図的に受け取らないことにより、原告の裁判を受ける権利が侵害されることになってしまいます。



そこで、通常の方法では送達ができない場合でも、裁判を始められるようにするための一つの方法として、公示送達という方法が法律上認められています。



——意図的に送達を受け取らないから公示送達をするというケースが多いのでしょうか。



いえ、公示送達が行われるケースとして圧倒的に多いのは、被告がどこに住んでいるか不明な場合です。この場合には、民事訴訟法110条1項1号に基づいて公示送達が行われます。



しかし、今回は被告が北朝鮮という特殊なケースです。このような場合には、民事訴訟法110条1項3号に基づいて公示送達が行われることがあります。



具体的には、外国において送達をしなければならない場合に、当該外国との間に条約も国際慣行もなく、当該外国の官庁又はその国に駐在する日本の大使・公使もしくは領事に送達を嘱託することができない場合であれば、民事訴訟法110条1項3号に基づいて公示送達が行われることになります。



今回は、被告が日本と国交のない北朝鮮であり、送達を嘱託できる機関がありません。そこで、民事訴訟法110条1項3号に基づく公示送達が行われたと考えられます。



——実務で「公示送達」がおこなわれるのは珍しくないのでしょうか。



はい。先ほど述べたとおり、公示送達が行われるケースとして圧倒的に多いのは、被告がどこに住んでいるか不明な場合です。



通常は、住民票等を取得することによって、被告の住んでいる場所が判明することが多いのですが、住民票を旧住所のままにしている人も多いので、その場合には被告がどこにいるかまったくわからないという状況が生じます。



また、自国に戻った外国人を相手にする場合も、自国での住所が不明なケースが多く、公示送達が行われることが比較的多いといえます。



●公示送達では「擬制自白」が成立しない

——公示送達とともに、呼出状および答弁書催告状も掲示されています。もしこのまま北朝鮮側が答弁書を提出せず、第1回口頭弁論にも出席しない場合、裁判はどうなるのでしょうか。



通常の送達が行われた場合、被告が答弁書も提出せず、口頭弁論期日にも出席しないと、原告が主張した事実を自白したものとみなされます(民事訴訟法159条1項、3項)。これを「擬制自白」といいます。



この擬制自白により、原告は証拠に基づく立証をまったく行わなくても、自らの主張した事実が認められることになるので、通常は、原告の主張を認める判決が言い渡されることになります。



しかし、公示送達が行われた場合は、この擬制自白が成立しません(民事訴訟法159条3項ただし書)。したがって、原告は、証拠に基づいて、自ら主張した事実を立証する必要があります。



今回のケースでは、被告である北朝鮮は、答弁書を出さず、かつ、口頭弁論にも出席しないでしょう。しかし、だからといって直ちに原告の主張が認められるということにはならないので、原告としては丁寧に立証をしていく必要があります。




【取材協力弁護士】
森田 雅也(もりた・まさや)弁護士
東京弁護士会所属。千葉大学法経学部法律学科卒業、上智大学法科大学院法学研究科修了。賃貸管理を中心に数多くの不動産案件を取り扱い、Authense法律事務所において建物明け渡し訴訟の分野で国内トップクラスの実績を誇る礎を築いた。多店舗を展開する東証一部上場企業の社外取締役を務めた経験も活かし、経営者目線を持った弁護士として、様々なビジネス課題を解決するための多面的なアドバイスを提供する。
事務所名:Authense法律事務所
事務所URL:https://www.authense.jp/