トップへ

ジャンプ+『ダンダダン』はあの名台詞から生まれた ウェブ漫画シーンを席巻する“白石晃士”的世界観に迫る

2021年08月24日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ダンダダン』はあの名台詞から生まれた

 龍幸伸が漫画アプリ「少年ジャンプ+」で連載している『ダンダダン』(集英社)の単行本第1巻が発売された。


 本作は第1話が配信されるや否や話題となり、最新話が配信される火曜深夜0時になると毎週、Twitterのトレンドにタイトルが上がる人気作だ。物語は、霊媒師の孫で霊感の強い少女・綾瀬桃と、オカルトマニアの少年・オカルンが、人智を超えた怪奇に立ち向かう姿を描いたオカルトアクションバトル&青春ストーリー。宇宙人と幽霊が同時に登場する謎に満ちた世界観だが、キャラクターがキャッチーでテンポが良いため、一気に読み進めることができる。


(参考:【写真】『ダンダダン』の編集も務める林士平氏


 最大の魅力は、細部まで書き込まれたペンタッチ。宇宙人や幽霊の奇想天外なキャラクター造形はもちろんのこと、決めゴマで駆使される魚眼レンズで撮影したかのような歪んだ空間描写や、あらゆる角度から描写されるカメラアングルがとにかく見事で、ダイナミックな作画を追っているだけで楽しめる。


 そうでありながら、上手さが悪目立ちしていないのが本作の素晴らしいところ。最初は何も考えずに読む快楽にひたすら身を任せ、二周目からは細部まで書き込まれた1コマ1コマをじっくり鑑賞している。


 また、オカルトバトル漫画としてはもちろんのこと、綾瀬とオカルンのバディモノとして読んでも面白い。明るい女の子と暗い男の子がぶつかり合いながら人として成長し、絆を深めていくボーイミーツガールな青春ラブストーリーとして楽しめるからこそ、幅広い層の支持を獲得しているのだろう。


 こう書くと、あらゆる面において隙のない、受ける要素を逆算して作った戦略的な漫画と聞こえるかもしれない。しかし、読んでいて感じる印象は真逆で、良い意味でその場のノリと勢いを大事にしているライブ感がある。


 第1巻の発売に合わせて、様々なWEB媒体で龍幸伸のインタビューが公開されたが、本作は連載用のネームをいくら書いても採用されず、何を描いていいのかわからなくなっていた時期に「何も考えず自由に描いてみたらいいんじゃない」と担当編集の林士平に言われたことで生まれたという。確かに本作を読んでいると漫画を描くのが「楽しくて仕方がない」という気持ちが伝わってくる。


 また、宇宙人と幽霊が同時に存在する、オカルト漫画としては異色で謎に満ちた世界観は、白石晃士監督の映画『貞子VS伽椰子』の「バケモンにはバケモンをぶつけんだよ」という名台詞から思いついたという。


 Jホラーを代表する『リング』の貞子と『呪怨』の伽椰子という二大幽霊の対決を描いた本作は、ホラー映画としての恐ろしさと最強幽霊同士の対決というバカバカしさが融合した問題作だ。物語のトーンこそ終始シリアスで重厚だが、だからこそ思わず笑ってしまうバランス感覚は、確かに『ダンダダン』の面白さに通じるものがある。


 龍幸伸は、藤本タツキの『ファイアパンチ』と『チェンソーマン』にアシスタントとして参加していたが、藤本タツキもまた白石晃士監督のファンで、好きな作品の名前を毎回挙げる『チェンソーマン』の表紙カバーのコメントでは、『貞子VS伽椰子』と「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」(以下『コワすぎ!』)シリーズのタイトルを挙げていた。


 Jホラーブームが一段落した2000年代に登場した白石晃士は、当初はフェイクドキュメンタリーの手法を逆手にとることで、H・P・ラブクラフト的なコズミックホラー(宇宙的恐怖)を展開した『ノロイ』や『オカルト』が評価され、一部の映画ファンから熱狂的な支持を受けた。その後、2010年代にオリジナルビデオシリーズ『コワすぎ!』がニコニコ動画の生放送で一挙放送されたことをきっかけに、若い視聴者にも知られるようになり、やがて『貞子VS伽椰子』のようなメジャー作品も手掛けるようになった。


 藤本タツキと龍幸伸の漫画で描かれる超越的な存在と対峙した時に訪れる圧倒的な恐怖や暴力が乾いた笑いに繋がる読後感、そして娯楽作品として万人に開かれている闇鍋的な感覚が「どこから来たものなのか?」と不思議に思っていたが、白石晃士作品の中にある面白さを、漫画に持ち込んだのだと考えると納得がいく。なお、『ファイアパンチ』を連載していた時は、龍幸伸の他にも『地獄楽』の賀来ゆうじがレギュラーアシスタントとして参加し、『SPY✕FAMILY』の遠藤達哉もヘルプとして参加していたという。


 二人とも「少年ジャンプ+」を代表する人気作家だが、優れた作家の周辺には優れた才能が集まり、お互いに刺激し合うことで続々と傑作が生まれるということが多い。現在は「少年ジャンプ+」が、そういう場所として機能しているのだろう。龍幸伸もまた、これからの「少年ジャンプ+」を代表する作家となっていくことは間違いないだろう。作品の面白さはもちろんだが、新しい才能が続々と集まり人気作を連発する「少年ジャンプ+」の今後も要注目である。


(文=成馬零一)