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「殺人」がキーワード? 文芸書ランキングで存在感を示す、“どんでん返し”づくめの極上ミステリ

2021年08月23日 09:01  リアルサウンド

リアルサウンド

文芸ランキングで存在感を示す極上ミステリ

参考:週間ベストセラー【文芸書】ランキング(8月11日トーハン調べ)


 8月第2週の文芸書週間ランキング、「〇〇の殺人」系タイトルがツートップに並んだが、著者名が異なることからわかるように、両作に関連性はない。あるとすればどちらも、本格ミステリを愛する著者によるどんでん返しづくめの極上エンターテインメントということだ。


 1位『兇人邸の殺人』は、神木隆之介・浜辺美波・中村倫也出演で実写映画化された『屍人荘の殺人』から連なる、累計100万部突破のシリーズ3作目。ミステリー愛好会のメンバーである葉村譲が、探偵少女と噂される同級生の剣崎比留子とともに映画研究部夏合宿に参加したところ、肝試しの最中、ゾンビ=屍人の集団に襲われて……というかなりトリッキーな設定だが、この「ミステリー×超常現象」の組み合わせが本シリーズの肝。


 第2作『魔眼の匣の殺人』では“魔眼の匣”と呼ばれる施設に住む予言する老女が事件の中心に据えられ、最新作『兇人邸の殺人』では“異形の存在”による殺戮が描かれる。三作の超常現象をつなぐ“班目機関”という組織の謎も少しずつ明かされていき、次巻への期待もすでに高い。


 櫻井翔・広瀬すず主演のテレビドラマ『ネメシス』の脚本協力をしたことでも知られる著者・今村昌弘。『屍人荘の殺人』は鮎川哲也賞を選考委員の満場一致で受賞したデビュー作であり、一年のミステリ作品を総括する年末の恒例ランキングで複数首位を獲得するなど、一気に人気作家への道をかけのぼった。本格ミステリ、というジャンルは、ミステリ好きしか読んではいけないのではないか、と身構えさせる雰囲気もあるなかで、どんな読者にもシンプルに謎解きを楽しんでもらいたいという今村。その間口の広さもまた1位獲得の理由だろう。


 ちなみに挿画を描いているのは、綾辻行人『Another』シリーズでも知られる遠田志帆。超常現象を論理的に紐解くミステリ、という点で両者にも通じるところはある。ドラマ『ネメシス』がおもしろかったから、『Another』を読んで夢中になったから、といった些細なきっかけでもいい。気になった人はぜひ手に取ってみていただきたい。


 もっといえば、タイトルが似ていて気になったから、という理由だけでツートップ2冊をあわせて手に取ってみるのもいいだろう。「〇〇の殺人」というタイトルはミステリの王道だが、読み比べてみれば作家によってその色がずいぶんと違うことがわかるはずだ。


知念実希人『硝子の塔の殺人』(実業之日本社)

 2位『硝子の塔の殺人』の著者・知念実希人は現役医師であり、「天久鷹央」シリーズや『仮面病棟』など医療の現場を舞台にした作品で知られているが、デビュー10周年記念にあたる同作の舞台となるのは、雪深い森にたたずむ地上11階・地下1階の“硝子の塔”。そこに集められたのは、塔の主である生命工学科教授・神津島太郎による重大発表を待つゲストたち。だが神津が殺されたのをきっかけに、脱出不能の塔のなかで次々と不可能殺人が起きていく……。


 本書刊行によせて綾辻行人が〈ああびっくりした、としか云いようがない。これは僕の、多分に特権的な驚きでもあって、そのぶん戸惑いも禁じえないのだが――。ともあれ皆様、怪しい「館」にはご用心!〉というコメントを寄せているが、ミステリオタクの名探偵が登場する本作は、ミステリが好きで読み繋いできた人ほど細部に興奮させられる一作。だからといって一般読者にハードルが高いかといえばそうではなく、曲者ぞろいのキャラクターや技巧の凝らされた展開に胸躍らされること間違いなし。


 殺人、という単語は不穏だが、探偵という非日常の存在が活躍するミステリは、現実をつかのま忘れさせてくれる極上のアイテム。読めば、外出できないストレスを存分に発散させてくれるだろう。


 自粛で時間をもてあましているならば、8位『陰陽師 水龍ノ巻』と9位『もういちど』もおすすめだ。


夢枕獏『陰陽師 水龍ノ巻』(文藝春秋) 畠中恵『もういちど』(新潮社)



 安倍晴明ブームの火付け役となった夢枕獏の陰陽師シリーズは35周年を迎え、17巻めとなる同作をふくめて累計720万部を突破した。『もういちど』は、病弱な若だんなと彼を愛するもののけたちが織り成す江戸物語「しゃばけ」シリーズの、なんと20作目。あやかし時代劇の両作が長く愛され続けているのは、主人公だけでなく脇にいたるすべてのキャラクターが魅力的だからこそ。読んだことのない人も、途中まで読んだけど日々の忙しさで追いつけなくなっていた…と言う人も、新刊が出たこのタイミングで、改めてぜひ。