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『ガラスの仮面』宿命のライバル・姫川亜弓のカッコよすぎてしびれるエピソード3選

2021年08月18日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ガラスの仮面』1巻

 1976年に連載開始した大作漫画『ガラスの仮面』(美内すずえ/白泉社)は、老若男女問わずファンが多い。一見平凡な少女だが類まれな演技の才能を持つ主人公の北島マヤ、そんな彼女に恋をする「紫のバラの人」速水真澄、名作『紅天女』に主演した唯一の女優でマヤの師匠・月影千草、マヤを想い続ける若手俳優・桜小路優……。そんな魅力的な登場人物たちによって本作の輝きは増す。


 そして、登場人物を語るうえで欠かせないのがマヤの宿命のライバルで、もう一人のヒロインである姫川亜弓だ。


 映画監督の父と大女優の母を持つ彼女は、生まれ持った美貌と、何をしてもトップをひた走る優秀さから天才扱いされている。しかし実は天才的な演技の才能があるを持っているのはマヤの方で、亜弓は努力型の女優であることが、作中で徐々に明らかになる。


 亜弓のファンは、マヤと同じくらい多いと思われる。白鳥のように水面下の努力を重ねながら、“天才”を追い続ける亜弓の振る舞いは、とてもカッコいいのだ。


 その中でも選りすぐりのエピソードを3つ紹介したい。


関連:【画像】それぞれのエピソードが収録された『ガラスの仮面』カバー


■美少女のイメージを捨て汚れ役に挑戦(4巻)


 美しく気品もある亜弓は、お嬢様役・お姫様役を演じることが多かった。だが亜弓は、それだけでは自分の演技の幅が広がらないと感じていた。


 養護施設慰問劇『美女と野獣』で野獣の使い魔役が決まらないと耳にした亜弓は、自らこの役を演じることを申し出て周囲を驚かせる。


亜弓がいつも演じている主役級の役ではない。脇役どころか端役で美少女役でもない。


 だからこそ、亜弓にとってこの役は価値があった。


 続いて亜弓は、『王子と乞食』で一人二役に挑戦した。役作りのためきれいな髪をバッサリと切り、ショートカットにした亜弓。そして、実際に路上で生活する人々に混じって役作りをする。汚れた体をぼりぼりとかく亜弓を目にしたマヤは、彼女の変貌にびっくりするが、亜弓は自信たっぷりの笑顔でマヤを見返す。


 もちろんマヤも血のにじむ努力をしているが、彼女は舞台で自分を忘れ、演じている人物として生きることができる。真の天才女優なのだ。


早い段階から亜弓はマヤをライバルだと認識し、憧れの『紅天女』主演を射止めるためにマヤに勝ちたいと考えている。


 その強い願いが表れたエピソードでもあった。


■マヤを陥れた少女に舞台で実力の差を思い知らせる(16巻、17巻)


 演技の実力から多数のファンを得てドラマの主演もするようになったマヤだが、あるとき、母の死をきっかけに、ファンのふりをした少女・乙部のりえに陥れられて芸能界を追放される。


 真実を知った亜弓は怒りに震える。


“あれほどの少女を…!(中略)
同じ演技者の風上にもおけない…”


 亜弓は何よりも親の七光りを嫌う。だが、このときだけは父に頼みこんで、乙部のりえ主演の舞台に出演する。そして演技でのりえを圧倒し、観客の視線を自分に集中させた。


 舞台の上でものを言うのは、役者の実力と才能のみ。


 これは亜弓の軸となる考え方だ。初日が終わり打ちひしがれたのりえは思い出す。マヤが亜弓の唯一のライバルだと言われていたことを。卑怯な手段でマヤを芸能界から追放した重みをようやく理解し、震えるのだ。


 のりえが「北島マヤ、姫川亜弓、完全な敗北…」と呆然とするシーンは、読者のうっぷんが晴れる瞬間でもある。


 その後、『夜叉姫物語』で亜弓は日本のお姫様役を演じる。一方、母を亡くし死に目にも会えなかったマヤは、舞台から離れたいと思うようになっていた。これが最後と、亜弓と同じ『夜叉姫物語』に路上で暮らす子ども・トキ役で出演するが、亜弓を除く周囲の役者たちは芸能界でスキャンダルを起こしながら、舞台に立つマヤを不快に感じていた。観客の目も冷たい。


 ある役者たちは、マヤに舞台の上で恥をかかせようと、トキが食べるまんじゅうを泥まんじゅうに変える。


 直前にマヤは気づくが、とっさに手にとり、おいしそうに泥まんじゅうを食べる。


 瞬間、彼女にトキが憑依した。


 舞台上で亜弓はその姿を目にし、マヤの女優魂が蘇ったのを知る。終演後、亜弓は微笑みながらマヤに「まってるわよ」とだけ声をかける。


 その言葉はマヤにとって大きかった。誰に見捨てられても、亜弓だけは待ってくれている……。そしてマヤは再び演劇を続けることを決意する。


■ライバルを残したまま紅天女を演じられないと言い切る亜弓(20巻)


 紅天女を演じることは、亜弓にとって幼少期からの夢だった。マヤというライバルと巡り合い、彼女はマヤと演技で勝負し勝って「紅天女」を演じたいと思うようになった。


 亜弓はひとり芝居「ジュリエット」でアカデミー芸術大賞を受賞する。パーティー会場にマヤが行くと、亜弓は「あなたがお祝いに来てくださったなんてうれしいわ。誰よりも」と喜ぶ。


 その時点で既にかっこいいのだが、月影千草が現われ、次の紅天女は姫川亜弓だと宣言する。どよめく客たちとショックを受けるマヤ。亜弓は複雑な表情をしている。


 直後に月影はひとつ条件をつける。マヤが2年の間に、亜弓と同じ芸術大賞か、全日本演劇協会の最優秀演技賞を受賞すれば、亜弓と共に紅天女候補になれると言うのだ。


 この頃のマヤは芸能界から追放されて間もなかった。大好評を博したとはいえ、学校でしか舞台に立てていない。紅天女への道は断たれているようなものだ。


 月影と亜弓、マヤを愛する真澄以外のほとんどの人が、亜弓が紅天女に決まったも同然と見なし、取り巻きが亜弓を祝う。しかし亜弓は彼らを無視し、真剣な表情でマヤに歩み寄る。


 そして再び「まっているわ」と述べる。その言葉は以前より強く響く。


“もし棄権なんてマネをしたらわたしあなたを軽蔑するわよ!
いいわね 2年よ!
あなたはきっとわたしと「紅天女」を競うのよ!”


 亜弓の取り巻きは、マヤより亜弓のほうが実力があると信じ切っているため、驚愕して亜弓に駆け寄る。


 しかし亜弓は、ライバルを残したまま紅天女を演じられない、自分はまだ一度もマヤに勝ったと思ったことがないと言い放つのだった。


■感情移入できるのはマヤか亜弓か


 49巻(最新刊)では、亜弓の前にとてつもない困難が立ちふさがり、紅天女を演じるのがどちらになるのかわからない事態になっている。


 通常なら、結末は“主人公が勝って終わり”が王道だ。だが、姫川亜弓はマヤのライバルであると同時にもう一人の主人公である。物語の中心に立つ人物にふさわしい、カッコよさもある。


 「マヤ派」「亜弓派」という言葉は、20年以上前からずっと耳にしている。『ガラスの仮面』49巻が発売されたのは2012年のこと。次巻の刊行が待たれてならない。