2021年08月15日 09:31 弁護士ドットコム
働き方改革による長時間労働の抑制や、新型コロナウイルスをきっかけとしたリモートワークへの対応、UberEatsに代表されるクラウドワークの登場など、日本でも、新たな労働の仕組みについての議論が活発化してきた。
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ただ、現状の議論には、何が足りないのか。ドイツの労働法政策との比較分析をしてきた労働政策研究・研修機構の山本陽大・副主任研究員は「ドイツでは、国が労使関係を強化するための法制度にかなり力をを入れて取り組んでいる点が大きく違う」と語る。
山本氏のインタビュー2回目にあたるこの記事では、「労使関係」をテーマにしたい。(編集部:新志有裕)
まず前提として、ドイツと日本の労使関係の違いをおさえておきたい。
ドイツの労使関係は「二元的労使関係システム」と呼ばれるものだ。すなわち、ドイツではまずは産業レベルでの労使関係が存在しており、ここでは、労働組合と個別の使用者もしくは使用者団体との間で、団体交渉が行われ労働協約が締結される。
さらに、個々の企業の事業所レベルでも、労使関係が存在する。ここでは、従業員代表である事業所委員会と使用者が、労働時間の配置や休暇の取得、賃金支払い方法といった事業所内の労働条件などについて、労使で「共同決定」する仕組みになっている。
一方、日本では、日本的経営「三種の神器」ともされてきた「企業別組合」が中心だ。産業別ではなく、個別に団体交渉や労使協議がおこなわれる。最近、組合が存在しない企業も増えてきたが、労組にかわる存在はない。時間外労働を可能にする36協定などを締結するための「労働者代表」を選出する仕組みはあるが、ドイツの従業員代表と異なり、労使交渉全般を担うものではない点には注意が必要だ。
――新たな労使関係を考えるうえで、ドイツのどの点に着目すべきでしょうか。
ドイツでは基本的に、産業レベルで労働組合が組織されているので、その産業で働く人たちをステークホルダーとして広く組織化できるというメリットがあります。
例えば、ドイツで一番大きい産別組合は、IGメタルという金属産業の組合ですが、この組合は、個人事業主であるクラウドワーカーも加入できるよう、2016年に規約を改正しています。
それでも、クラウドワーカーの場合、物理的に一カ所に集まって仕事をするわけではなく、インターネットを通じて就労しますから、対面での組織化がなかなか難しい。そのため、現在ドイツでは、立法政策として、クラウドワーカーを組織化するための活動をプラットフォーム上で行いうる権利(デジタル立入権)を労働組合に与えるべきではないかといった議論もされています。
――日本でもクラウドワークは広がりを見せていますが、ドイツのような組織化は進まないのでしょうか。
クラウドワーカーは企業からみれば外部の人間ですから、これまで一企業の正社員を主な組織対象としてきた企業別組合からすると、なかなか組織化の対象になりづらい。そうすると、やはりUberEatsユニオンみたいに、企業の外で職種別の団体を作らざるをえないことになります。
もっとも、先ほど触れたドイツのIGメタルは、仮に個人事業主であるクラウドワーカーが一部入っていたとしても、全体として見れば労働者が大多数ですから、立派な労働組合です。
一方で、日本のUberEatsユニオンは、組合員は基本的にUberEatsの配達員のみなので、彼らがそもそも労働者ではないとなってしまうと、ユニオン自体が労働組合ではないということになってしまいます。この点については現在、東京都労働委員会で、UberEatsの配達員の労働組合法上の労働者性が争われているようです。
――ドイツでは産業別の労働組合とは別に、個別の企業で、使用者側と事業所委員会側が協議する「共同決定」の仕組みがありますが、どう機能しているのでしょうか。
ドイツの共同決定制度は、デジタル化への対応にとっても重要な役割を果たしています。
特に、今年の6月にドイツでは「事業所委員会現代化法」が施行されていて、これにより、例えば職場へのAIの導入や、そのために必要な職業訓練、あるいは(在宅テレワークを含む)モバイルワークで就労する際の条件などについても、事業所委員会の共同決定権が新たに認められています。
そして、この事業所委員会にせよ労働組合にせよ、ドイツでは労使関係というのは、デジタル化の中でも極めて重要なインフラとして位置付けられています。
確かにドイツでも、労働組合の組織率は年々下がっています。また、事業所委員会は各事業所で選挙を実施することで設置されるものですが、事業所委員会のない事業所も実は年々増えています。
しかし、だからこそ、先ほど触れたデジタル立入権や事業所委員会現代化法などのように、労使関係を強化するための法政策に国が注力しています。この点は、日本と大きく違うところです。
日本でも今年の6月に、厚労省から「技術革新(AI等)が進展する中での労使コミュニケーションに関する検討会」の報告書が公表されましたが、そこでも職場へAIなどを導入する際の労使コミュニケーションの重要性が強調されています。
ただ、やはり労働組合が存在しない職場では、労使コミュニケーションをいくら労働者側が望んだとしても、法的に担保されない状況があります。ですから、事業所委員会などの諸外国の例を参考に、デジタル化をきっかけとして、労使関係に関する法政策を改めて日本でも考えるべきではないか、ということをドイツの議論は示唆しているように思います。
――日本独自の企業別労働組合のスタイルを変えないといけないのでしょうか。
日本では、企業別組合がいわゆる「三種の神器」として、かつて高度経済成長を支えたという側面もありました。しかし、組織率が年々下がる一方で、デジタル化により労使コミュニケーションの必要性がますます高まっている中で、さあどうしましょうか、という段階ですね。
ドイツでは、事業所委員会は事業所内での選挙を通じて選ばれる従業員代表であるのに対し、労働組合というのは、憲法で保障された団結権のもと、労働者が自発的に結成するものです。
従って、ドイツでは労働組合こそが、本来の労働者の代表であると考えられています。ドイツでは、事業所委員会の運営にかかる費用は全て使用者が負担することとなっているのですが、もし事業所委員会が労働組合と全く同じ権限を持つとすると、誰も労働組合には加入しなくなってしまいます。
これでは、本来の憲法の精神に反する結果となるので、ドイツでも事業所委員会が組合の権限を侵食することのないよう、様々な法制度上の仕組みが整備されています。また、冒頭でみたように、そもそもドイツでは労働組合が存在するレベルと事業所委員会が存在するレベルはそもそも異なっています。
これに対して、日本では労働組合は多くの場合、企業単位で組織化されています。ですので、もともと労働組合があるところに、さらに事業所委員会みたいなものができてしまうと、完全に同じレベルで労働組合と従業員代表が併存することになり、制度の仕組み方次第では、ドイツよりも激しいバッティングが生じることになりかねません。
しかし、繰り返すように、日本でも労働組合がない企業が増えている一方、デジタル化に伴って労使コミュニケーションの必要性が高まっています。ドイツのような従業員代表をそもそも導入すべきかどうか、導入するとすればどのような権限を認めるのか、また労働組合との関係をどのように整理するのかといった課題について、デジタル化を契機に、日本でも改めて政策的に議論すべき必要性をドイツの議論は教えてくれているように思います。
――直近では、どういう変化が起きているのでしょうか。
日本でも、既存の従業員代表である過半数組合または過半数代表者(例えば、時間外労働を可能にする36協定などを締結するための存在。ドイツの事業所委員会のように、労働条件決定全般を担うものではない)をめぐって近年変化が生じています。
このような変化として注目されるのが、働き方改革による2018年の労働者派遣法の改正です。この改正では、派遣労働者の労働条件については派遣先の通常の労働者と均衡のとれたものとしなければならないというルール(派遣先均衡・均等方式)が導入されましたが、同時に、派遣元事業主は従業員代表と労使協定を締結することで、派遣先均衡・均等方式を適用しないことが認められています(労使協定方式)。そして、この労使協定が締結される場合には、そのなかで派遣労働者の労働条件(賃金も含む)の大部分が定められることになります。
日本における労使協定というのは、これまでは36協定に代表されるように、特定の労働条件に限って締結されるものであり、また当該労働条件に関する法律上の規制を解除するという機能しか認められてきませんでした。しかし、今回の派遣法改正によって、従業員代表には、労使協定によって派遣労働者の労働条件を幅広く決定する権限が、実質的に認められたことになります。これは、従来と比較すると、かなり大きな従業員代表・労使協定の機能変化といえます。
あともう一つ、注目されるのが、2020年の高年齢者雇用安定法の改正です。これは、高年齢者について65歳から70歳までの就業機会を確保するよう使用者に努力義務を課すものですが、雇用に代えて、高齢者と70歳まで継続的に業務委託を締結する制度(創業支援等措置)を導入することも認められています。そして、使用者はこの制度を導入しようとする場合、創業支援等措置に関して計画を作成する必要があり、その中では業務委託契約の内容についても定められるのですが、この計画については従業員代表の同意を得なければならないこととなっています。
この点からは、日本の従業員代表は、もはや労働条件を超えて、労働者ではない人の契約条件の決定についてまでも関与するようになっているという機能変化を見てとることができます。
第1回「日本とドイツ「柔軟な働き方」論の背景にある大きな違い」はこちら