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“VR小説”は特殊設定ミステリーとの合体技で新たな鉱脈に? 『クリス・クロス』から『SAO』まで、その変遷を追う

2021年08月13日 12:31  リアルサウンド

リアルサウンド

「VR小説」の変遷とこれから

 バーチャルリアリティ(以下、VR)を題材とした作品の歴史は意外と古いが、日本で広く知られるようになったのは、高畑京一郎の『クリス・クロス 混沌の魔王』の登場によってであろう。第一回電撃ゲーム小説大賞の金賞受賞作だ。


高畑京一郎『クリス・クロス 混沌の魔王』(電撃文庫/KADOKAWA)

 世界最大最速の電子頭脳「ギガント」を使った、256人が同時接続できるVRゲーム「ダンジョントライアル」が公開された。主人公のゲイルは、このVRゲームに参加したプレイヤーのひとりだ。最初は仮想現実のゲーム世界を楽しんでいたゲイルたちだが、ある人物の思惑により、予想外の事態に向かっていくことになるーーという設定は、現在ではありきたりなものだろう。しかし本書は、日本初のVRゲームを舞台にした、記念すべき小説だ。また、ストーリーも面白く、今でも読む価値がある。


 出版当初、それなりに話題になった『クリス・クロス 混沌の魔王』だが、それに続く作品は散発的だった。第三回ホワイトハート大賞「エンタテインメント小説部門」優秀賞を受賞した、町井登志夫の『電脳のイヴ』のような優れた作品もあったのだが、注目を集めるまでには至らなかった。やはりVR技術そのものが、まだ一般的ではなかったことが大きいだろう。


川原礫「ソードアートオンライン」シリーズ(電撃文庫/KADOKAWA)

 そのような状況が一変する要因になったのが、2009年に刊行された『ソードアートオンライン1 アインクラッド』から始まる、川原礫の「ソードアートオンライン」シリーズである。本書の「あとがき」によれば、2002年の電撃ゲーム小説大賞に応募するため、生まれて初めて書いた長篇小説だそうだが、曲折を経て、電撃文庫から出版されたのである。結果論になるが、この数年のタイムラグは正解だといえるだろう。なぜならインターネットの発達によるオンラインのMMORPG(編集部注:多人数が同時参加するオンラインRPG)の普及と、VR技術の進歩により、VRゲームが多くの人にイメージしやすくなっていたからだ。


 さらに本書で留意すべきは〝デスゲーム〟というアイデアである。世界初のVRMMO「ソードアートオンライン」の正式サービスが開始され、約一万人のプレイヤーがログインをした。だが、この仮想世界を創り上げた量子物理学者にして天才ゲームデザイナーの茅場晶彦により、プレイヤーはゲーム世界に閉じ込められてしまった。ゲームの舞台になっている巨大浮遊城「アインクラッド」を最上階までクリアすれば脱出できる。しかしゲームオーバーになれば、アバターのみならず、実際のプレイヤーも死んでしまう。この絶望的な状況で、ある理由からソロプレイヤーをしているキリトは、最上階を目指す。


 波乱に富んだストーリーや、ゲームシステムとリンクした戦闘シーンなど読みどころは多いが、やはりデスゲームであることが、物語に緊張感を与えている。このシリーズのヒットにより、VR世界を題材にした作品が増加。特にインターネットの投稿小説で、爆発的に増えた。


 このような作品の増加が、ジャンルのフォーマットを強固にする。作者側と読者側の共通認識が深まったのだ。その一方で、物語にバラエティが生まれる。デスゲームものの他にも、VRゲームの世界に人知を超越した存在を持ち込んだ作品は少なくない。プレイしていたVRゲームとそっくり、もしくはよく似た異世界に行ってしまう異世界ファンタジーもある(これに関しては、橙乃ままれの「ログ・ホライズン」シリーズの影響が大きい)。もちろん単にVRゲームをプレイしている作品もある。多彩かつ豊潤なジャンルへと成長したのだ。


 さらに小説をもとにした、コミカライズやアニメ化も行われている。最近のヒットといえば、硬梨菜のネット小説を、商業出版を経ずに直接コミカライズした『シャングリラ・フロンティア ~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~』だろう。クソゲー大好きな主人公のサンラクが、たまたま始めた神ゲーといわれるVRゲーム「シャングリラ・フロンティア」で大暴れをする。


 この手の作品は、やたらと主人公プレイヤーだけが謎の優遇を受け、読んでいるとしらけることがあるが、本書はその点を巧みに回避。最初の方でゲーム上のマイナスな制約を与えられたサンラクが、クソゲーで鍛えた能力を駆使して困難を乗り越えていく。この展開が考え抜かれているのだ。また、不二涼介の作画が素晴らしく、原作のアクションを的確に表現している。ここまで面白ければ、ヒットするのも当然だ。


 さて、このような流れとは別に、VRを題材にしたミステリーにも目を向けたい。一1986年に刊行された、岡嶋二人の『クラインの壺』のような、先駆的名作もあるが、以後、こちらも散発的な発表に留まる。


 「ソードアートオンライン」シリーズの「ファントム・バレット」篇が、VRMMO「ガンゲイル・オンライン」の世界でアバターが撃たれると、現実世界のプレイヤーが死ぬという、魅力的な不可能犯罪を扱っているが、ミステリーとして話題になることはなかった。残念なことである。


岡崎琢磨『Butterfly World 最後の六日間』(双葉社)

 しかし今年(2021)に刊行された、岡崎琢磨の『Butterfly World 最後の六日間』によって状況が変わりそうだ。システム的に誰かを傷つけることのできないVR世界「Butterfly World」。そこで隠れるように存在している紅招館では、ログアウトしない人々が暮らしていた。ところが館の住人が、次々と謎の死を遂げる。やがて現実世界の謎も加わり、事態は混迷を極めるのだった。


 VR世界の独自のシステムが、強烈な謎を生む。これは現在の日本ミステリーで流行している特殊設定ミステリーといっていい。ちなみに特殊設定ミステリーとは、現実世界とは違う規則や法則を持つ世界を舞台にした作品のことを指す。まさにVR世界は、特殊設定ミステリーにうってつけなのである。そして本書の成功により、VR世界を何らかの形で使ったミステリーは増加するはずだ。なぜならVR世界の設定によって、斬新な謎やトリックが幾らでも作れるのだから。


 現在、VRゲームやVR世界は、私たちの手の届く距離にある。だからVRを題材にした作品は、これからさらに増えていくことだろう。技術の進歩により世界が広がる。それは現実だけではなく、フィクションでもいえることなのだ。