2021年08月11日 09:51 弁護士ドットコム
神奈川県内のスーパーの店内で、野菜売り場のぬれていた床で滑って転倒し、左肘を骨折した60代の男性客が、店舗を経営する小田原百貨店に対し約1億200万円の損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は7月28日、店側が安全管理を怠ったと認めて、約2180万円の支払いを命じた。
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報道によると、男性は2016年10月、小田原百貨店湯河原店の野菜売り場で、サニーレタスの水が垂れた床に足を滑らせて転倒。骨折して手術を受けるなど入退院を余儀なくされるとともに、自身が経営していた会社も休業することになった。
被告側は「床がぬれていたとは考えがたい」と主張していたが、東京地裁は、「水気のあるサニーレタスを客が取る際に落ちた水が床に広がった」と指摘。清掃するなどの対応をした形跡がうかがえないとして、「安全管理義務に違反した」と判断したようだ。
ところが、その直後、同じようにスーパーの店内で転倒した事案で、店側の義務違反を否定する判決があらわれた。
首都圏で展開しているスーパー「サミット」の店舗で、床に落ちていたかぼちゃの天ぷらを踏んで転倒し、ひざを負傷した30代の男性客が、同社に対し損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、東京高裁が8月4日、同社に約57万円の支払いを命じた一審東京地裁判決を取り消し、男性の請求を棄却する判決を言い渡したのだ。
地裁は、天ぷらの落下は利用客によるものだったと認定したうえで、消費者庁のデータに基づいて「想定外の事態とはいえない」と判断。店側が「物が落下した状況が生じないようにすべき義務を尽くさなかった」として、安全管理を怠った店側の責任を認めていた。
報道によると、高裁は、天ぷらはレジ前の通路に落ちており、利用客から発見しやすい状態だったうえで、男性が転倒する直前に落下したものと認定。「利用客がレジ前の通路に天ぷらを落とすことは想定し難い」などと判断し、「従業員が安全確認をする法的義務はなかった」として、店側の責任を否定した。
サニーレタスの水滴で転倒した事故(レタス訴訟)と天ぷらで転倒した事故(天ぷら訴訟)で、同じような責任を問われていたが異なる判断となった。また、天ぷらで転倒した事故については、地裁と高裁とで判断が分かれた。これら判断が異なった判決をどうみればよいのだろうか。大橋賢也弁護士に聞いた。
——2つの訴訟で、店側が問われている法的責任とは具体的にどのようなものでしょうか。
私が確認することができた天ぷら訴訟の一審判決は、被告であるスーパーの「信義則上の安全管理義務違反の不法行為責任」を認めています。
この場合の安全管理義務については、簡単に言うと、スーパーには不特定多数の買い物客が来るのだから、スーパーは床を掃除するなどして客が滑って転倒しないように店内を管理しなければならない義務を負っていると理解すれば良いでしょう。
そして、不法行為に基づく損害賠償請求権が認められるためには、スーパーに少なくとも「過失」があることを原告である客側が証明する必要があります。
——過失の有無はどのように認定されますか。
過失が認められるためには、(1)スーパーが、客が転倒した場所に足を滑らしやすい物が落ちていることを認識することができ、放置していたら客が転倒してケガをするという損害発生を予見することが可能であること(予見可能性)、(2)スーパーが、予見可能性があるのに、床を掃除したり落下物を除去するなどの措置を講じなかったこと(結果回避義務違反)が必要になります。
そして、スーパーに過失が認められるかどうかは、客が転倒した場所、転倒した原因、転倒した時刻等、諸般の事情を総合考慮して具体的に判断されることになります。
——レタス訴訟と天ぷら訴訟(一審)ではスーパーの責任が認められ、天ぷら訴訟(二審)ではスーパーの責任が否定されました。異なる判断となったポイントはどこにあるのでしょうか。
報道等で明らかとなっている情報によると、レタス訴訟では、客が転倒した場所は「野菜売り場」、転倒した原因は「床がぬれていたこと」です。
被告であるスーパーは、「床がぬれていたとは考えがたい」と主張したようですが、裁判所は「水気を含んだサニーレタスが特設コーナーに並べられ、客がレタスを取る際に落ちた水が床に広がった」と認定し、スーパーが床の掃除などの安全管理を怠ったとして、スーパーの過失を認めたようです。
消費者庁は、ホームページ上で「店舗・商業施設で買い物中の転倒事故に注意しましょう」という注意喚起をしています。そこでは、(1)青果物売り場は野菜くずなどが落下しており滑る危険性のある場所とされており、(2)転倒事故の中では床面での滑り事故が最も多く、店内の床滑りによる転倒事故のうち、35%が床の水濡れによるものとされています。
この情報を参考に考えてみると、レタス訴訟の被告には、青果物売り場では野菜くずや野菜に残っている水分が床に落ちて、客が転倒してケガをするという損害発生の予見可能性が認められ、予見可能性があるのに床を掃除するといった措置を講じていなかったという結果回避義務違反が認められたと思われます。
次に、天ぷら訴訟では、客が転倒した場所は「レジ前通路上」、転倒した原因は「他の客が落とした天ぷらを踏んで滑ったこと」、転倒した時刻は「午後7時30分頃」でした。
一審判決は、これらの事情に加え、天ぷらを含む惣菜類を種類別に大皿に盛って陳列し、客自身が購入しようとする惣菜をトングで取り、プラスチック製パックまたは持ち帰り用袋に詰めてレジまで持参するという販売方法を重視し、パック詰めや運び方等に不備があり、惣菜を持ってレジに向かう途中で誤ってレジ前通路の床面に惣菜を落とすことがあり得ることは容易に予想できると判断しています。
つまり、一審判決は、上記の販売方法及び店舗が混み合う時間であることを前提にすると、被告には、レジ前通路上に惣菜等が落下することにつき予見可能性が認められ、予見可能性があるのに床を掃除するといった措置を講じていなかったという結果回避義務違反があったと認めています。
これに対し、スーパーの過失を否定した二審判決は、おそらくレジ前通路が、惣菜等が落下して客が転倒する危険性が高い場所ではないこと、天ぷらが事故に近接するタイミングで床に落とされた可能性が高いこと、午後7時台はレジが混み合う時間帯であり従業員がレジ前通路上に落下していた天ぷらに気づき、除去することは困難であったことなどから、スーパーの予見可能性や結果回避義務違反を否定したのではないかと推測します。
——予見可能性や結果回避義務違反があったかどうかの判断は、見方によって変わってくるということですね。
同じ事案でも結果を異にするのは、事故が起きた際の諸事情の評価の仕方が異なるためです。また、店舗内での転倒事故でも、転倒した場所や転倒の原因等が異なると、結論が異なりうる可能性が否定できません。
【取材協力弁護士】
大橋 賢也(おおはし・けんや)弁護士
神奈川県立湘南高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。平成18年弁護士登録。神奈川県弁護士会所属。離婚、相続、成年後見、債務整理、交通事故等、幅広い案件を扱う。一人一人の心に寄り添う頼れるパートナーを目指して、川崎エスト法律事務所を開設。趣味はマラソン。
事務所名:川崎エスト法律事務所
事務所URL:http://kawasakiest.com/