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『アンデッドアンラック』は冨樫作品を踏襲している? 「少年漫画」への批評的なテーマとは

2021年08月11日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『アンデラ』少年漫画への批評的なテーマ

 「週刊少年ジャンプ」で連載されている戸塚慶文の『アンデッドアンラック』(集英社)は、死なない身体を持った不死(アンデッド)のアンディと、肌に直接触れたものに不幸が押し寄せる不運(アンラック)の力を持つ出雲風子の物語。二人は自分たちと同じ否定の力を持った組織(ユニオン)の否定者たちと共に、神の仕掛ける課題(クエスト)に挑む。


(参考:【画像】アンディと風子


 以下、ネタバレあり。


 最新巻となる第7巻では、2つの大きな戦いが描かれた。


 アンディたちが挑んでいる現在の課題は、四季の名を持つUMA、スプリング(春)、サマー(夏)、ウィンター(冬)の討伐とオータム(秋)の捕獲。前回の戦いで、オータムの捕獲に成功したアンディと風子は、サマーのいる台湾へと向かう。


 一方、組織のリーダーで不正義(アンジャスティス)の力を操るジュイスは、ある雪山を訪れていた。そこにいたのは、組織を裏切った否定者のビリー。組織と敵対するアンダーという否定者集団を束ねるビリーはウィンターの居場所を嗅ぎつけ、UMA・バーンと共に待ち構えていた。彼の目的は、ウィンターをいつでも倒せる状態で見張り、他の四季のUMAを倒したジュイスたちと、「時間を遡る力」を持つ古代遺物「アーク」と、神からの報酬を受け取るのに必要な「円卓」を交換するように交渉することだった。そのことに気づいたジュイスは、ビリーのもとに一人で向かい「もう一度手を組めないか?」と持ちかけるが、交渉は決裂。


 ビリーはUMA・バーンを呼び出し、対するジュイスはあらゆるものを腐らせる力を持つUMA・ステインを呼び出す。ステインは第2巻に登場したUMAで、アンディと風子が最初に捕獲した怪物だ。バーンは炎の巨人、ステインは一つ目の悪魔といった風貌で、巨大なUMAが正面からぶつかり合う姿には、否定者たちが知略を駆使して戦う異能力バトルとは違う怪獣プロレス的な面白さがある。


 同時に、ジュイスVSビリーという二大組織のボスの衝突が描かれるのも、このバトルの見どころだ。主人公の能力をはるかに上回るラスボス級のキャラクターの戦いが物語の中盤で描かれるのは、近年のジャンプでは定番化している見せ場だが、うまいタイミングで持ってくる。


 何より見逃せないのが、戦いの中で組織にいた頃のビリーの回想が描かれること。


 「ただの一度だって」「心を許した事はない」と語り、組織の仲間のことを「俺が神を倒す為に必要な」「弾だ」と冷たく言い放つビリーだが、そこで描かれる仲間たちとの思い出は温かいものばかりで、過去を思い出すビリーの表情もどこかさみしげだ。


 最終的に戦いは片腕を切断されたジュイスが戦線離脱し、ビリーもステインの力で体の半分が腐食するという痛み分けの結果に終わる。同じ目的に向かっていながら反発するジュイスとビリー。そして戦いの最後の鍵を握るのが、風子であると暗示された後、舞台は台湾に移り、サマー捕獲のために戦うアンディと風子が仲間のシェンに合流する姿が描かれる。


 このサマー編はシェンの幼少期の回想からはじまる。


 シェンは貧しい生まれで、妹と二人暮らしだったが、食うために参加した武道大会で拳法の達人・ファンに認められ、彼のもとで修行に励んでいた。しかしファンはシェンの妹と兄弟子を殺して逃亡。シェンはファンの行方を追っていたのだが、サマー捕獲に挑むシェンの前に、アンダーの刺客として襲いかかってきたのは、古代遺物の力で150年若返ったファンだった。


 とろうとした行動と真逆の行動を行わせる「不真実」(アントゥルース)の力を操るシェンは、物語序盤から登場する否定者だ。アンディと風子に好意的で、ステイン戦ではいっしょに戦ったシェンは、笑顔の裏側に何か秘密を隠し持っているようだったが、今回のサマー編で、彼もまた他の否定者と同じようにつらい過去を抱えていたことが明らかになる。


 闇落ちした師匠(ファン)VS弟子(シェン)という展開も、ジェイスVSビリーの大ボス対決に匹敵するバトル漫画では盛り上がるド直球の戦いだ。前回のオータム戦が、漫画の力で戦う安野雲を中心とした複雑に入り組んだストーリー展開だったのに対し、この第7巻では少年漫画らしい豪速球のわかりやすいエピソードが続いている。


 しかし、強さを追求するファンの姿は、『DRAGON BALL』(集英社)の主人公・孫悟空を筆頭とする戦うことが自己目的化したジャンプのバトル漫画の主人公たちの抱える「強さへの憧れ」を、グロテスクな形で誇張して描いた悪役だと言える。こういったバトル漫画に対する批評的なアプローチは、『幽☆遊☆白書』(集英社)等で冨樫義博が試みてきた自己言及的な描き方を彷彿とさせる。


 古今東西のバトル漫画のツボを熟知し、矢継ぎ早に面白い戦いを描く『アンデッドアンラック』は、かつて冨樫義博が挑んだ少年漫画に対する批評的な視点を踏襲しており、このサマー戦では「少年漫画における強さとは何か?」という普遍的なテーマに真正面から挑んでいる。


(文=成馬零一)