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「NSX」生産終了で考えるホンダとスポーツカーの今後

2021年08月10日 11:31  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
ホンダの、そして日本で唯一のミッドシップスポーツカーである「NSX」が歴史に幕を閉じる。生産終了は2022年12月で、2021年8月中には最終仕様となる限定車「Type S」(タイプS)を発売予定だ。ホンダを象徴するNSXの引退を機に、スポーツカーの今後を考えてみたい。

ホンダは今年春に新任の三部敏宏社長を迎え、2040年の4輪事業のEV化に向けて大きく舵を切った。狭山工場を閉鎖し、同社を代表する車種のひとつである「オデッセイ」や高級車「レジェンド」の生産を終了することも決めている。21世紀に入ってすでに20年余が過ぎたが、ホンダは自動車メーカーとしての生き残りをかけて、新たな挑戦を行う意思を明確にした。

クルマの電動化に向けて変化を辞さない姿勢を示すホンダだが、1960年代からF1に参戦し、米国のインディカーレースへのエンジン供給も行ってきた同社は、スポーツや速さに挑戦する姿を強く印象づけてきた自動車メーカーでもある。当然ながら、その歴史は数々のスポーツカーに彩られてきた。生産終了が決まった「NSX」は、そんなホンダを代表する1台といえる。

初代NSXは1990年に誕生し、2006年まで存続した息の長いモデルだった。その後は空白期間を経て、2016年に現行の2代目がデビューしている。

アルミニウム車体の開発など特筆すべき特徴を備えていた初代に対し、2代目はハイブリッドのミッドシップスポーツカーとしての特色を打ち出した。NSXが搭載する「SH-AWD」と呼ばれるハイブリッドシステムは、3つのモーターを駆使して4輪を駆動する機構だ。

ポルシェが初の電気自動車(EV)「タイカン」を発売し、イタリアのフェラーリがプラグインハイブリッド車(PHEV)を登場させるなど、グランドツーリングカー(GT)やスポーツカーの専門メーカーも電動化へ動く時代となっている。ホンダはそれらの動きに先駆け、いち早くミッドシップスポーツカーのハイブリッド化に取り組んだ企業なのである。

1997年にトヨタ自動車が「プリウス」を発売して以来、ハイブリッド車(HV)は燃費のよい環境車として日本を中心にシェアを伸ばしてきたが、モーター駆動は低速トルクが大きいので、使い方によってはクルマに猛然たる加速をもたらす技術でもあった。その俊敏さや速さも、スポーツカーの持ち味として活用することが可能だ。例えばEVのテスラは、ガソリンターボエンジンのポルシェより加速時間が短い。

現在のNSXは前輪側にモーター駆動を採用し、4輪の駆動力を制御することで旋回性の向上につなげている。発売から間もない現行NSXに試乗した際には、加速の速さはもちろんのこと、ハンドル操作に遅れることなくカーブへ切れ込んでいく様子に驚かされたものだ。あえて大げさな表現を用いれば曲がり過ぎると感じるほど鋭く、また集中力を途切れさせられない緊張感をもたらす切れ込み方であった。

「人間中心で作り上げたスポーツカー」という初代からの伝統を継承し、ハイブリッドの4輪駆動であることの強みを最大限にいかしつつ改良を重ねたNSXは今や、運転者との間に快い関係を構築する懐の深さも備えたクルマに進化を遂げた。後方の認識もしやすく、取り回しに苦労することなく安心して運転を楽しみ、没頭できる1台だ。あえて海外のスポーツカーを選ぶ意味を失わせるほど、仕立てのよいクルマである。

現行NSXの販売台数は北米で1,653台、日本で464台、その他の地域で441台の計2,558台(ホンダ広報部)であるという。これに、最終版となる限定車「タイプS」を国内で30台、海外で320台販売する予定だ。

2,420万円という高額のミッドシップスポーツカーなのだから、販売台数の多少を評価するのは難しい。しかも、ホンダはスポーツカー専門ではなくフルラインアップの自動車メーカーであり、そのなかの1台としての販売だ。逆にいえば、フルラインアップ自動車メーカーの象徴的な存在であるNSXが、限定車を含め3,000台近く売れるということは、ホンダファンの熱い心意気の表れと見ることもできる。軽からミニバンまでを取りそろえるメーカーでありながら熱烈なファンを持つホンダは、希代の存在だといえるのではないか。

ブランドを象徴するNSXの生産終了を決めたホンダは今後について、「走る喜びや操る喜びをこれからも提供していく」と述べている。そのために作るクルマは必ずしもスポーツカーではないかもしれないが、もし次のスポーツカーがあるとしたら、どのような姿を想像することができるだろうか。

ポルシェはタイカンにより、超高速GTカーとしてのEVの可能性を示した。しかし、GTではなくスポーツカーとして開発するとすれば、電気を蓄える重いバッテリーパックをどうするかが課題となる。それでも、モーター駆動による運転の喜びが奥深いことは、市販のEVによって明らかにされている。

モーターはエンジンに比べ、約100倍の速さで出力を制御することができる。なおかつ、アクセルペダルひとつで加減速を自在に調整することも可能だ。これらの特徴は、より速く走るうえで運転者が求め続けてきた動力性能であるといえる。繊細で洗練された運転感覚をもたらすのが、モーター駆動なのだ。

重いバッテリーはどうするか? 答えは明快だ。発電機として使うエンジンを牽引することにより航続距離の問題を解決し、日常あるいはサーキット走行で足りる最小限のバッテリー搭載量にすれば、重すぎるという問題は回避できる。

かつて、1990年代に「シビック」をEVに改造した米ACプロパルジョン社代表のアラン・ココーニは、「ロングレンジャー」と自ら名付けた発電機をシビックに取り付けて長距離移動を可能としながら、日常的には発電機を取り外し、限られたバッテリー容量で小柄なシビックの車体をいかした壮快な運転を楽しんでいた。

GTとスポーツカーの定義を明確にし、そのうえでバッテリー車載量を検討すれば、EVのスポーツカーも存在しえるのではないかと思う。また、ホンダには汎用部門があり、複リンク式高膨張比エンジン「EXlink」(エクスリンク)により効率を高めたコージェネレーション技術がある。

充電設備の面で付け加えれば、テスラのスーパーチャージャーや、ポルシェが体感のために用意した急速充電器があれば、発電機を牽引しなくてもいいかもしれない。

「エンジン音がしないスポーツカーには魅力がない」との意見があるかもしれない。しかし、音は作れるものだし、本物のEVスポーツカーが現われたとき、果たして音が必要と感じるかどうかはわからない。エンジン時代を背負っているから音の有無が気になるだけで、運転に集中できるEVスポーツカーが完成したとすれば、音にまで気を回す気分にはならないかもしれない。そして少なくとも、個人が楽しむスポーツカーなのだから、世間に対して大きな音を出す必要はない。

タイカンやテスラを思い切って走らせるような体験をしたうえで、それでも音が必要だと思う人には、注文装備でいくらでも提案ができるはずだ。時代は変わるのである。そして時代が変われば、価値観も変わる。変われるから、人間はそれをまた楽しめるのである。

御堀直嗣 みほりなおつぐ 1955年東京都出身。玉川大学工学部機械工学科を卒業後、「FL500」「FJ1600」などのレース参戦を経て、モータージャーナリストに。自動車の技術面から社会との関わりまで、幅広く執筆している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。電気自動車の普及を考える市民団体「日本EVクラブ」副代表を務める。著書に「スバル デザイン」「マツダスカイアクティブエンジンの開発」など。 この著者の記事一覧はこちら(御堀直嗣)