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【レースフォーカス】歓喜の初優勝を飾った新人マルティンがクアルタラロに見せた走り。その適応力とメンタルの強さ

2021年08月10日 08:20  AUTOSPORT web

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ホルヘ・マルティン(プラマック・レーシング)
MotoGP第10戦スティリアGPでは、新たなウイナーが誕生した。ホルヘ・マルティン(プラマック・レーシング)、2021年シーズンからMotoGPクラスを戦うルーキーだ。マルティンは土曜日にポールポジションを獲得し、日曜日の決勝レースでは優勝を飾ったのである。
 
 スティリアGPのレースは、アクシデントが発生して赤旗中断となる。レース1の3周目、3コーナーでダニ・ペドロサ(レッドブル・KTM・ファクトリーレーシング)とロレンツォ・サバドーリ(アプリリア・レーシング・チーム・グレシーニ)が3コーナーでクラッシュ。コース上でマシンが炎上したためだった。
 
 マルティンはこのとき2番手を走行していたが、実はフロントタイヤに問題があったのだという。アクシデントは、ある意味でマルティンにとって味方になった。レース中断の間にタイヤを交換したマルティンは、レース2ではホールショットを奪う。3コーナーではジャック・ミラー(ドゥカティ・レノボ・チーム)に交わされたものの、4周目にミラーをパスしてトップに立つと、2020年チャンピオンであるジョアン・ミル(チーム・スズキ・エクスター)を背後にしながら周回を重ねた。終盤に入るとその差は決定的なものになり、マルティンはトップでフィニッシュラインを駆け抜けた。
 
 シーズン序盤から、速さを見せてはいた。MotoGPクラスで2戦目となる第2戦ドーハGPで、マルティンはポールポジションを獲得。決勝レースでも3位表彰台を獲得した。しかし、第3戦ポルトガルGPのフリー走行3回目で大クラッシュを喫してしまう。この転倒により、マルティンは右手と右足のくるぶしを骨折。手術を受けた。
  
 ルーキーにとっては特に、シーズンの1戦1戦が重要になる。MotoGPクラスでの経験を積み上げていくことが必要だからだ。そうしたなかで、マルティンは第7戦カタルーニャGPまでの4戦、戦線を離脱しなければならなかった。しかし怪我を乗り越えたマルティンは、自身6戦目にして表彰台の頂点に駆け上がった。
 
 マルティンは、このオーストリアでのレースに標準を合わせていた。オーストリアは高速サーキットで、加速性能に勝るドゥカティのデスモセディチGP21向きのサーキットだからだ。
 
「ここで勝負をかけるべきだと思い、目標に据えてきたんだ。レース前には優勝できるとは思っていなかったけど、優勝できたんだ」

 新人のレースぶりについて、レースでは後塵を拝し、2位でレースを終えたチャンピオン、ミルは「彼はとても高いレベルにいると思う。今後は彼はもっと安定してくると思う。このレベルでさらに速くなるのは本当に本当に、難しいことなんだけど、彼はそうなるだろうと思う」と認める。
 
 3位のファビオ・クアルタラロ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)も「ホルヘの能力はとても高いと思う」と同意して、さらにこうも語った。
 
「ホルヘを見ていて、『彼はバイクを起こしてすぐに、よくタイヤをセーブしているな』と思った。今日、彼のタイヤのマネジメントについては、ルーキーなのにどういうことだと感じるようなものだったよ。つまり、僕がルーキーだった2019年には彼のようにはできなかった。難しかったんだ」

「なにしろ、Moto2クラスからMotoGPクラスに来ると、ほんとにたくさんのことがあるんだ。トラクションコントロール、出力やエンジンブレーキのマッピング、タイヤ、それから燃費。彼はすべて考えることができているんだ。きっとすごくメンタルが強いんだと思う。そして今、すごく速い。ジョアンが言ったように、彼はこの先、もっと安定性を増してくるだろう。(優勝について)おめでとうと言いたい。今も、これからも倒すのが大変な相手だろうと思うよ」

 クアルタラロが言及していたマルティンのメンタルの強さについて、その礎を感じさせるのは彼が話すこれまでの経歴だった。
 
「今日のレースでは、もちろんジョアンからプレッシャーがあったけれど、Moto2クラスでもかなり学んできたと思う。Moto2クラスでは通常、引き離すことは難しいからね。このサーキットで(マルコ・)ベゼッチや(ルカ・)マリーニなどと接戦を演じたのを覚えている。僕は集中力をキープしてレースをしていた。いいバトルのレースだったと思う」というMoto2クラスでのレース、そしてまた、さらに若いころの話にも触れた。
 
「今日はあまりプレッシャーを感じていなかった。過去には、優勝しないとバイクに乗ることもなく家にいないといけないというプレッシャーがあった。そうした時間で、僕は成熟してきたと思うんだ」
 
「レッドブル・ルーキーズ・カップに参戦する前はお金がなかった。12歳でレースをやめようと思っていたんだ。両親には一生かけて恩返しをしていきたい」とも語っていた。常にレースの世界から去る可能性にさらされていた若き日が、クアルタラロ評する「メンタルの強さ」を築いたのだろう。

 余談ではあるが、ミルも資金に苦しみ、走らないバイクで勝たねばならないという似たような環境で幼い日にレースキャリアを積んできたライダーだ。レースだけではなく、精神面でも厳しい環境を生き抜いたライダーがしのぎを削る世界、それがMotoGPだと、あらためて思わされるコメントではないだろうか。



■スズキが投入したリヤのライド・ハイ・デバイス
 ミルは2位フィニッシュだったものの、レッドブルリンクでは一つの朗報があった。スズキがリヤの車高調整システム、つまりライド・ハイ・デバイスを持ち込んだのだ。2020年シーズンにはすべてのメーカーが投入したライド・ハイ・デバイスは、スタート時のみならず、レース中にも使用されるようになっていた。この部分で遅れをとっていたのはヤマハとスズキで、リヤ側のみのデバイスを持っていたヤマハはフロント側のデバイスを第6戦イタリアGPで投入。一方、スズキはフロント側のみで、唯一リヤ側にライド・ハイ・デバイスを持っていなかった。
 
 スズキはスティリアGPの土曜日から新たなリヤのライド・ハイ・デバイスを実装し、決勝レースでもミル、アレックス・リンス(チーム・スズキ・エクスター)の二人によって使用されたという。
 
「このデバイス(リヤの車高調整システム)が他と比べてアドバンテージになるというわけじゃない。ただライバルたちと同じ条件でスタートできるということなんだ。このデバイスを改善し続けないといけない。これはまだプロトタイプの第一段階で、改善の余地がある。詳細を詰めないといけない」とミルは新しいシステムについて述べている。

 ただ、その効果は確かなようで、以前よりも加速のよさが得られているということだ。「(高速サーキットの)オーストリアではライド・ハイ・デバイスはとても大事だ。デバイスがなかったら、今日のように強く走るのは難しかった」とも語った。
 
 チームメイトのリンスはレース中にフロントブレーキに問題を抱え、7位フィニッシュ。ただ、リヤのライド・ハイ・デバイスはレースでも使っていたと言い、「スズキはいい仕事をした。リヤのデバイスが必要だったんだ」と述べている。
 
 スズキのGSX-RRはトータルバランスに優れたマシンだが、一方で、予選のような一発の速さを出しづらいという課題を長らく抱えている。リヤのライド・ハイ・デバイスの投入は、その改善の一端となるのか……。そして、現在チャンピオンシップでランキング3番手につけるミルにとっても、シーズンを戦う上でのポイントとなるだろうか。