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2021年は“時代ミステリー”の当たり年 文芸評論家が教える注目の作品とジャンルの傾向

2021年08月10日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

2021年は“時代ミステリー”の当たり年

 今年は時代ミステリーの当たり年である。


 とにかく次々と、時代ミステリーの秀作が出版されている。ちなみにミステリーの世界では、現代を舞台に歴史上の謎や、そこから派生した事件を扱った作品を歴史ミステリー、過去の時代を舞台としたものを時代ミステリーと呼ぶ。しかし近年の時代ミステリーは、史実と密接に絡んだものが多く、歴史ミステリーといった方が、作品のイメージに相応しく感じられる。ちょっと悩ましい問題だ。とはいえ、そんなことは作品の面白さと関係ない。


 今年の注目すべき時代ミステリーを紹介してみよう。


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■米澤穂信『黒牢城』(角川書店)


 最初は、米澤穂信の『黒牢城』(角川書店)だ。時は戦国。主君である織田信長に叛旗を翻した荒木村重は、有岡城に立て籠もり、織田軍と戦いを繰り広げる。その有岡城の牢に、村重を説得しようと乗り込んだものの捕らえられ、幽閉されているのが黒田官兵衛だ。後に、豊臣秀吉の軍師として、大いに活躍した人物である。本書はこの史実を背景に、籠城中の有岡城で起きる奇々怪々な四つの事件が描かれている。


 面白いのは、官兵衛と村重の関係だ。事件の調査を進めるも行き詰まった村重は、牢にいる官兵衛の知恵を頼る。しかし村重の話を聞いて真相を見抜いた官兵衛は、ヒントやアドバイスを与えるだけなのだ。それを基に村重が推理をし、真実を明らかにするのである。実に凝った設定だ。


 さらに事件も凝っている。特に第一章「雪夜灯籠」の凶器の謎と、第三章「遠雷念仏」の反転する事件の構図と犯人指摘のロジックがよかった。さらに第四章「落日孤影」に至り、全体を貫く二重の仕掛けが見えてくる。併せて、今でも毀誉褒貶のある村重のある行動についても、納得できるようになっているのだ。史実とミステリーを鮮やかに合体させた作品なのである。


■獅子宮敏彦『豊臣探偵奇譚』(ハヤカワ文庫JA)


 獅子宮敏彦の『豊臣探偵奇譚』(ハヤカワ文庫JA)は、全4話から成る連作短篇集。豊臣秀吉の姉の子で、若くして大和・紀伊百万石を継いだ秀保が名探偵役を務めている。冒頭の「来たれ、魔空大師匠」は、奈良に出かけた秀保が命を狙われ、散楽芸人の平城日魅子に助けられる。そして日魅子から、敵を殺した“魔空大師の術”の謎を解くよう求められるのだ。この術が大掛かりな物理トリックで面白い。そして秀保を認めた日魅子は、彼の味方となるのだ。


 以後は、秀吉の朝鮮出兵や殺生関白に関する騒動といった史実を背景に、奇々怪々な事件が勃発する。ラストの「十津川に死す」では、ビックリ仰天のストーリーが展開。殺人事件と犯人の正体も驚愕すべきものであった。さらに、17歳で不審な死を遂げたという秀保の逸話を踏まえて、見事に物語を締めくくっている。癖は強いが、面白い作品だ。


■山本巧次『鷹の城』(光文社)


 山本巧次の『鷹の城』(光文社)も戦国時代が舞台だが、内容がユニーク。なにしろ主人公が、江戸の南町奉行所定廻り同心・瀬波新九郎なのだ。悪党を追っていて地震に遭遇した新九郎は、なぜか戦国時代にタイムスリップしてしまうのである。現代と江戸の二重生活をしているヒロインを主人公にした、『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』でデビューした作者らしい設定だ。


 新九郎がタイムスリップしたのは、織田信長の中国攻めで、羽柴秀吉の軍に包囲された青野城の近く。ひょんなことから密書を託された新九郎は、城に潜入する。ところが城で重臣が殺されるという事件が発生。新九郎は城主から、下手人の探索を依頼される。何者かに命を狙われながら、複雑な事件を解決する新九郎の名推理が堪能できた。また、一連の騒動の裏にある城中の人々の思惑は、戦国時代ならではのものであった。城主の姫と新九郎の淡い恋模様もあり、多彩な読みどころを楽しめる。


■羽生飛鳥『蝶として死す 平家物語推理抄』(東京創元社)


 羽生飛鳥の『蝶として死す 平家物語推理抄』(東京創元社)は、平家の興亡を背景にした、全5話から成る連作短篇集。


 主人公の平頼盛は、清盛の異母弟だが、平家一門と決裂して激動の時代を生き抜いた実在人物だ。ミステリーズ!新人賞を受賞した、第三話「屍実盛」のように、謎の設定に工夫した作品もある。だが各話の事件の真相は、それほど驚くものではない。


 ところが作者は各事件を、より大きな思惑で包んだり、別の狙いを寄り添わせたりしている。これにより物語の厚みが生まれているのだ。さらに全体を通じて、平清盛や源頼朝などの権力者に頭を押さえられながら、なんとか家族や一門の生き残りを図る、頼盛の苦闘が浮かび上がってくる。本書によって平頼盛のイメージが大きく変わるかもしれない。それだけの力のある作品なのだ。


■伊吹亜門『雨と短銃』(東京創元社)


 伊吹亜門の『雨と短銃』(東京創元社)は、幕末の京都を舞台にした長篇だ。大きな話題を呼んだ『刀と傘 明治京洛推理帖』の前日譚であり、引き続き鹿野師光が主役を務めている。


 薩摩藩士が長州藩士を斬り、重症を負わせるという事件が発生。しかも薩摩藩士は、逃げ場のない鳥居道から忽然と姿を消した。事件の目撃者である坂本龍馬は、尾張藩公用人の師光に調査を依頼。しかたなく引き受けた師光は、やがて意外な真相にたどり着く。


 途中で首無し死体も現れ、事件は混迷を極める。鳥居道での人間消失の謎は、やや肩透かしだが、首無し死体の件の真相は鮮やかだ。そして、ふたつの事件の犯人の正体と動機に驚く。この時代、この場所だから成立するトリックとサプライズなのである。本書のような作品こそ、時代ミステリーの理想形といっていい。


■戸南浩平『サムライ・シェリフ(ハヤカワ文庫JA)


 幕末の次は明治に行こう。戸南浩平の『サムライ・シェリフ』は、明治11年の横浜が舞台。アメリカの西部で暴れまわっていた拳銃使いのジャック・モーガンが日本に潜入した。それを追うのが、元同心で今は横浜の警察署で巡査をしている三崎蓮十郎だ。どうやら、蓮十郎の亡き養父が追っていた凶賊・羅刹鬼が、モーガンを匿っているらしい。モーガンを生きたまま捕らえ、正体不明の羅刹鬼に迫ろうと、蓮十郎は燃える。だが、モーガンは、あまりにも凶悪だった。さらに、夫を殺したモーガンを追って日本までやって来た、上院議員の娘とその息子も絡まり、事態は予想外の方向に転がっていく。


 凶悪なだけでなく頭も切れるモーガンに、警察は翻弄される。それでも執念の追跡をする蓮十郎が、ついにモーガンと対決する場面に、作者の創意工夫が盛り込まれていた。また、羅刹鬼の正体にも、ミステリーの興趣があった。アクションから謎解きまで楽しめる、贅沢な一冊だ。


■宮園ありあ『ヴェルサイユ宮の聖殺人』(早川書房)


 時代ミステリーには海外を舞台にした作品もある。アガサ・クリスティー賞優秀賞を受賞した、宮園ありあの『ヴェルサイユ宮の聖殺人』(早川書房)は、18世紀のヴェルサイユ宮殿で起きた殺人に、公妃マリー=アメリーと、陸軍大尉のジャン=ジャックのコンビが挑む。


 マリーとジャン、それぞれのプロローグが事件と関連してくるところや、被害者の残したダイイングメッセージの真相など、ミステリーの呼吸は新人のデビュー作と思えないほど確かなものだ。多数の実在人物を絡め、革命前夜のフランスを描き出した手際も鮮やか。できれば、このコンビ探偵をシリーズ化してほしいものだ。


■皆川博子『インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー』(早川書房)


 皆川博子の『インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー』(早川書房)は、『開かせていただき光栄です』『アルモニカ・ディアボリカ』に続く、「エドワード・ターナー」シリーズの完結篇。前2作は18世紀のイギリスが舞台だったが、こちらは独立戦争の最中のアメリカだ。


 友人と共に、イギリスから派遣された補給隊隊員のエドワードは、コロニスト(植民地開拓者)の父と、先住民族であるモホークの母の間に生れた、アシュリー・アーデンを殺した罪で囚人になっている。そのエドワードに話を聞くために、「ニューヨーク・ニューズレリター」記者のロデリック・フェアマンが牢にやって来るのだった。


 というストーリーと並行して、アシュリーの手記が挿入される。コロニストとモホークという、ふたつの世界の狭間で悩むアシュリーの苦悩が、克明に綴られていくのだ。「エドワード・ターナー」シリーズといいながら、本書の主人公はアシュリーといっていいだろう。


 とはいえアシュリーの存在は大きい。彼のある一言から、それまでの事件の構図がガラリと変わっていく瞬間は、ミステリーの醍醐味そのものである。前2作に触れた部分もあるので、順番に読んだ方がいいが、そういうことが気にならないなら本書から読み始めても大丈夫。重厚な味わいの時代ミステリーなのである。


■なぜ時代ミステリーが増加したのか


 さて、このように作品を並べて、あらためて時代ミステリーが増加していることを実感した。なぜだろうか。ひとつの理由として、歴史の知識を得ることが昔より容易になり、時代ミステリーを書きやすくなっているということが挙げられるだろう。


 しかしそれよりも留意すべきは、現在、特殊設定ミステリーも増加しているという事実だ。ご存じの人もいるだろうが、特殊設定ミステリーとは、現実とは違う規則や法則により成立している世界を舞台にした作品のこと。そして現在の時代ミステリーは特殊設定ミステリーと、ニアイコールの存在となっている。戦国・幕末・平安……、その他、どの時代どの場所でも、現代の日本とは違った規則や概念によって社会が成り立っているのだから。


 つまりミステリーの可能性を広げようとしたとき、特殊ミステリーと同じように、時代ミステリーに行き着いたのではなかろうか。だから、ふたつのジャンルの増加が、ミステリーの世界をさらに豊かにしている。ミステリーのファンにとっては、なんとも嬉しい状況なのだ。


(文=細谷正充)