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Gメンが見た「万引き」のリアル 新しい手口、そして万引き犯の人物像とは?

2021年08月10日 06:10  キャリコネニュース

キャリコネニュース

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スーパーや量販店で万引きを取り締まる保安員、通称「万引きGメン」。万引きが社会問題化する中で、その姿はテレビやメディアでたびたびクローズアップされてきた。

そのひとり、伊東ゆう氏は、テレビ出演も多数経験している20年以上のベテランだ。2019年の日本アカデミー賞作品、是枝裕和監督の映画『万引き家族』にも協力した。今年5月には、5000人以上を捕まえたこれまでの経験を、書籍『万引き 犯人像からみえる社会の陰』(青弓社)にまとめている。

私達の身近なところで起きている犯罪「万引き」。その実態はどうなっているのだろうか? 現役の保安員(Gメン)であり、万引き対策専門家としても活躍する伊東さんに聞いた。(取材・文 伊藤綾)

ドラマチックな毎日


「保安員(万引きGメン)って、いつ死人が出てもおかしくない、危ない仕事だと思っているんですよ。恐い思いをして犯人を捕まえても、警察も万引き犯の扱いをめんどくさがることが多いし、お店の人にも余計な仕事が増えちゃうと嫌がられる。なんでこの仕事を20年間もしているか、常に自問自答して考えていますね。過去の不追求から被害回復も図れなければ、根本的な問題が解決することもあまりないんで。おにぎりひとつ盗んだ90歳近いおばあちゃんを捕まえて、警察を呼んで大騒ぎしている状況を見ると、自分の仕事とはいえ、実にくだらない仕事だと嫌な気分になることもあります」

万引き犯をその場で見つけ、窃盗事件を1つ防げても、これまで盗まれた品が戻ってくるわけではない。万引き犯が反省して立ち直ってくれればいいが、逆恨みされるケースすらある。そんな毎日を続けられた理由は?

「毎日が違う日々でドラマチックではあります。毎日、2件、3件と続いて事件が起こる現場で、警察官に付き添って、さっき会った被疑者の家族関係まで目撃する。登場人物である被疑者の背景も毎回違うから、シナリオのない連続ドラマの主演を務めているような刺激はありますね」

現場では、万引き犯との真剣勝負が繰り広げられている。

「万引き犯との戦いは心理戦です。僕ら保安員(Gメン)は、目線や挙動、荷物の状況などを観察して、総合的に判断しながら、『人の悪意』を見つけるんですね。必死に隠しているのだろう悪意が現れる瞬間を見逃さないことが重要なのです」

「実は、売れるレイアウトは防犯のレイアウトとは真逆で、死角が多かったりするんです。でも逆に店内のレイアウトを見れば、万引き犯がどこで商品を隠すとか、手口もだいたい想像できる。万引き犯の方でも、僕らと目が合うと商品を盗らずに舌打ちして途中でやめるやつもいます」

そうやって対決していると、クレームを受けることも日常だという。

「嫌な思いは一通りしています。ベテラン保安員(Gメン)は万引きの一部始終を目撃していなければ、絶対に声をかけません。それでも、あれこれと無理な言い逃れをしようとする人がいます。僕はテレビにも出て、面割れもしているので、クレーム系が多いですが、跡を付け回されたり、報復で暴行された経験もありますよ」

一つひとつの事件の処理にも時間がかかる。

「2010年から、万引き行為を見つけたら警察を呼ぶ『全件通報』がスタンダードになりました。昔は、本人を事務所に連れて行って代金を払わせ、『出入り禁止』にして、それで帰ってもらうという扱いも多かった。お金が払えない時には、家族などだれか立て替えてくれる人を呼び、よほどのことがなければ警察を呼ぶことはなかった。いまは、80円の大福ひとつ盗んだだけでも警察を呼んで処理するので、とにかく扱いに時間がかかります。1件に1時間以上は絶対にかかるため、今は一日あたり3件くらいの捕捉が限界です」

現場には変化も

このところ現場では、「レジ袋の有料化」「セルフレジの普及」など、環境変化が相次いで起きているそうだ。

「たとえば、レジ袋を買うほどではないので、商品を直に手で持って店を出るときってありますよね。そういうとき、中には疑われていないかソワソワしてしまう人もいて、その雰囲気が万引き犯と似ているんです。ベテラン保安員(Gメン)になると、商品を盗ったところから精算せず外に出るところまで、一部始終を見届けたケースしか声をかけませんが、新人は『やられたかも』と振り回されがちです」

「セルフレジが普及したことで、カゴヌケやバーコードの貼り替えをはじめ、『精算無視』(チェックだけ済ませて支払わずに逃走する手口)という、昔はなかった手口も登場しました。ただ、セルフレジを利用する際には鮮明な映像で記録が残されていますから、その場では逃げおおせても、後から捜査されて捕まるケースも出てきています」

「フリマアプリの普及も影響がありました。万引きをする若年層が、街中のスーパーではなく、洋服屋、書店、スポーツ用品店といった専門店を狙うケースが増えています。野球道具や釣り具、文房具など換金率が高い商品を、アプリで売りさばきやすくなったからです。捕まえると、半グレの半グレみたいな小悪党という感じですが、一度の犯行で10万、20万円の被害になる悪質なケースも多い。後日の捜査で、1000万以上の盗品を倉庫などに保管していたケースもありました」

場合によっては、1件でけっこうな被害額になることもあるのだ。

「万引きというと軽いイメージですが、窃盗罪に問われ、起訴されて有罪になったら窃盗の前科一犯です。前科が欠格事由になる資格も数多く、その後の人生が左右されることもあります」

ただ、そうやって「犯罪者と対決し、捕まえる」という日常を送っていても、必ずしもスッキリとした気分にはなれないそうだ。どうしてだろうか?

「肌感覚ですが、生活に困って万引きする人が増えているからです。10年前だと、安くかさばる食品を盗む人は少なかった。でも、今だと年金ぐらしで困っている人が牛乳や卵みたいなものを盗んでいく。そういう人が10年で3~4割増しになったイメージです」

「弁当を盗ったやつ捕まえて、自分で弁当にお茶つけて食べさせてあげたりすることもあるんですよ。そうなると、なぜ捕まえたんだって感じだし。4日もご飯を食べてない人を捕まえて、警察も含めて面倒見る人が誰もいなくて、そういう人たちの中では、刑務所よりシャバのほうがキツいって話がはびこっていて……。中には、親が帰ってこなくてご飯が食べられず弁当を盗みましたみたいなネグレクトの子供とかもいる」

「商品をトイレなどに持ち込んで食べてしまう、"持ち込み"という手口も増えてきた。最近も、毎日のように3食、臭いトイレの中に弁当やつまみ、デザートを持ち込んで、酒まで飲んでいたやつを捕まえました。『せめて場所を変えろよ!』って、つい言っちゃいましたけど……」

なぜ、そんなことに?

「そんなことが起きるぐらい、『食べていけない人』が放置されているんです。生活保護の受給要件も厳しい。困窮者向けの宿泊所へたどり着けても、そこではいじめがあったり、貧困ビジネスに巻き込まれたり。結局、そういうところでやっていけずに逃げてしまえば、誰にも助けてもらえなくなるんじゃないですかね」

「万引きを繰り返す人の中には認知症の人もいます。警察も、過去に扱ったときの診断で罪に問えないとわかっているから、捕まえずに声かけで防止してくれと、まともに扱ってくれない。でも、大声出して暴れたりする人もおおくて、注意して止めさせるのはすごく難しい。結局、捕まえることになっても、全件通報を無視して警察を呼ばずに、こちらが直接家族やヘルパーさんに連絡して引き取ってもらったりするんですけど……。がんばって我々が万引きを食い止めても、そんな面倒なことばかり続くと、お店からも喜ばれないですよね」

捕まえて一件落着になる刑事ドラマとは、程遠い世界だ。

「一般的には摘発が最大の抑止と言われているんですが、いま女子刑務所って、その半分くらいが窃盗で入っているんですよ。万引きの常習みたいな70歳、80歳のおばあちゃんの介護施設みたいになっている側面もある。もともと家族関係も希薄で、シャバにいても一人で孤独。刑務所にいた方がラクっていう人が出てくる社会。綺麗事を言うわけじゃないけど、このままでいいのかなって思いますね」

伊東さんが万引きGメンを「くだらない仕事」と自嘲気味に語った背景には、こんなやりきれない思いがあった。