2021年08月09日 08:31 弁護士ドットコム
今年3月、主婦を対象にした求人サイトなどを運営する人材サービス会社ビースタイルホールディングスを退職し、フリーランスの仕事と家庭との「兼業主夫」となった川上敬太郎さん(48)。主婦の能力に着目し、仕事と家事の両立を後押しする立場だった川上さんが、なぜ家庭の事情を理由に企業を離れる決断をしたのか。そして兼業主夫になって数カ月が過ぎた今、家庭と仕事の在り方を、改めてどのように考えているのだろうか。(ライター・有馬知子)
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川上さんはビースタイルグループの広報責任者や、同社の調査機関「しゅふJOB総研」所長などを務めてきた。長男(18)、長女(16)、双子の男女(13)、計4人の父親でもある。
現在はフリーの立場でしゅふJOB総研の研究顧問、広報アドバイザー、働き方に関する記事の執筆などに当たっている。川上さんと入れ替わりで、保育士の妻がフルタイム就職し、川上さんが子育てと家事の大半を担うようになった。
退職に踏み切った最大の理由は「妻が仕事に集中できる環境を作る」ことだったという。
「私は過去20年間、正社員としてキャリアを開発し、妻はその間家庭メインで過ごしてきた。今度は私が彼女のキャリアをサポートする番です」
子どもたちは思春期で、物理的には手が離れても、まだ見守りが必要な年代だ。6人家族となれば、料理や洗濯のボリュームも大きい。さらに三重県に住む川上さんの両親も高齢で、いつ介護が始まってもおかしくないという。
当初、妻は「働いても今まで通り、家事も育児もするよ」と申し出た。川上さんも、収入の安定を考えれば、自分も組織に留まっていた方がいいと考えたこともある。
「しかし介護と妻の仕事と子どもの生活、どこかの歯車が少しでも狂って、夫婦のどちらかが突然離職することになったら、勤め先にもっと迷惑を掛ける。それに伴い精神的にぼろぼろになってしまうと、再出発も難しい『ワーストシナリオ』になりかねない」
また川上さん自身、50代半ばから60代くらいで組織に依存しない働き方に切り替え、キャリアの自立を図りたい、という思いを抱いていた。
「妻に仕事に集中してもらい、自分は独立して時間の融通が利きやすい環境と、シニア以降も豊かに働く土台を作る。さらに親に何かあれば、駆け付けられる体制も整える。どうせ賭けるなら、そんな『ベストシナリオ』に賭けようと思ったのです」
ただ川上さんは、この決意に至るまで「脳がオーバーヒートするくらい考え抜いた」と明かす。
「眠れない日もあったし、正直今も不安はあります、でも腹落ちするまで考えた上で決断したので、今後壁に当たっても『もしあの時に戻っても、同じ選択をする』と思えて、後悔はないと思います」
『兼業主夫』としての川上さんの1日を見てみよう。
午前6時半に起きて長女の弁当を作り、子どもたちを送り出す。洗濯などをして、8時半ごろからフリーの仕事を開始。昼食後は、散歩を兼ねて毎日買い物に出る。5時半ごろから夕食を準備し子どもたちに食べさせる。必要なら夜、再び仕事に戻る。
「家族6人分の洗濯ものを持って階段を上り下りするうちに、腰痛が悪化して…」と腰をさする。しかし、カレーを作るにも1時間かかった当初に比べれば、家事はだいぶ手早くなったという。
川上さんは今の生活を「マネジメントとして、会社から家に転勤したようなもの」と語る。
「管理職はメンバーが働きやすい職場を作り、成果を出せるようサポートする。家族にとって快適な環境を作り、社会のそれぞれの場所で力を発揮してもらうという意味で、主夫業もマネジメント業務に通じる部分が多いのです」
「『仕事目線』を家事に取り入れることで、ビジネススキルも磨かれる」とも強調する。
もやし一つ買うにも、遠い店は25円、近い店が28円だとして、時間を買うか、安さを取るか、判断するだけでなく理由を説明できるようにする。子どもたちにはほしいお菓子などを共有の表に記入してもらうことで、買いすぎを防ぐ。長女に弁当を完食してもらうため、献立を工夫することは、顧客への企画提案力に通じる。
「子育ても家事も、成果を設定し、工夫と改善を加えることで仕事になります。もちろん、やりすぎて家族がぎすぎすしないよう、注意はしています」と苦笑交じりに語った。
川上さんは、これまで妻が主婦として磨いてきた「家オペ力」も、社会で十分に応用可能だと考えている。
「マルチタスクで家事をこなす力、ママ友との付き合いやPTAを通じて培ったコミュニケーション能力を今の仕事にアジャストすることで、20年の経験を、今後のキャリアに生かせる余地は大きいと思います」
川上家は、単に妻がフルタイムで、夫がフリーランスの共働き家庭ともいえる。それでも、あえて「兼業主夫」を名乗るのは「家庭のバリエーションは、今やたくさんある、というメッセージを伝えたい」からだという。
長く人材サービスの業界に身を置き、川上さんは、専業主婦がいかに肩身の狭い思いをしているか、痛感してきた。就労を望む女性が、仕事を通じて能力を発揮することは大事だが、専業主婦・主夫を選ぶ家庭があってもいい、と考える。
「家事も育児も時間を取られるのは事実であり、快適に暮らせるバランスは家庭によって違う。今は家族が多様化する、過渡期だと思います」
育児・介護休業法が改正され、父親が子どもの出生間もない時期に取得できる休業制度が新設されるなど、男性の育児参加は法的にも後押しされている。しかし家族はこうあるべき、と型にはめようとする社会規範は根強く残る。「女性は仕事をしていても、家事・育児は中心となって担うべき」「男は大黒柱として、家計を支えるべき」という考えも根強い。
実際、川上さんが退職を相談した時、妻は「私はあなたの代わりにはなれない」と話したという。夫が仕事を辞めたら、駆け出しの自分に「大黒柱」が務まるのだろうか、と躊躇したのだ。しかし川上さんには「夫婦の片方が、大黒柱を担うべきだ」という発想そのものがなかったので、その言葉に驚いた。
「自分も主夫業をしながらフリーランスとして活動し、思うように収入を得られなければ転職活動もする、まずはやるだけやってみよう」と説明し、妻と認識を合わせた。
「法改正で変わらない部分は、行動で変える必要がある。何世代にもわたり続いてきた『性別による役割分業』を崩したい」と、川上さん。
「共働きの妻が『兼業主婦』を名乗ったら、『だから何?共働きはみんなそうでしょ』と、変な顔をされるだけでしょう。兼業主夫も同じくらい、当たり前の存在になっていい。『兼業主夫?だから何?』と言われるようになったら、しめしめと思って引っ込めるつもりです」