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「旭川いじめの加害者だ」デマ拡散、YouTuberに晒された親子の回復しないキズ

2021年08月07日 09:11  弁護士ドットコム

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2021年3月、旭川市内の公園で中学2年の女子生徒の遺体が発見された。彼女は中学校に進学したころから、激しいいじめに遭っていたことが『週刊文春』に掲載されると、ネット上では「加害者探し」がはじまった。


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性的な画像を拡散されるなど、痛ましい被害に遭っていたにもかかわらず、未成年であるがゆえに加害者は実名報道されない。そのことに疑問を持ったYouTuberが、現地に押しかけ、関係者に「凸」(突撃)する動画などがアップされた。



そんな中、旭川市内で輸入自動車販売業を営む男性の息子さんが、加害者の1人としてSNS上に晒された。しかし、実際は、被害者とは学校も違い、面識もなかった。突然、息子さんが「加害者認定」され、今も実名がネットに掲載されている宮川さんに聞いた。(ライター・玖保樹鈴)



●「息子さんが加害者だと、SNSに投稿されているよ」

2021年4月20日ごろ、宮川匠さんは友人から、息子さんの名前がネット上に書き込まれていると耳にした。3月ごろから、女子中学生が行方不明になっていることが地元紙などで取り上げられていたが、息子さんが通っていた中学の生徒ではなかったことから、気に留める程度だった。



3月末に遺体が発見され、4月15日に『週刊文春』のウェブサイトに記事が掲載されると、あまりに陰湿ないじめの内容から、SNS上で瞬く間に話題になった。



「何が起きているのか最初はわからなくて、すぐに息子に事実確認をしました。でも事件とは無関係だとわかってたし、最初は『ネットの書き込みなんて、すぐ収まるだろう』と思っていたんです」(宮川さん)



この直後、あるYouTuberが事件を取り上げ、その後、別のYouTuberも追随した。その配信を見た近所の人から宮川さんは、「今から会社に行くって言ってるみたいだけど、大丈夫?」と言われた。同じ日、YouTuberから「店にこれから行っていいですか?」と連絡があったそうだ。



「彼には『うちは関係ないし、何か話したいことがあるなら、警察の前で話をしよう』と言いました。それまで、事件などをネタにするYouTuberがいること自体よく知らなかったので、怒りや恐怖よりも『一体何がしたいの?』という疑問でいっぱいになりました」(宮川さん)



このころから事件の加害者として、息子さんの実名や写真が晒されるようになった。また、店の周辺を見慣れないナンバーの車が徘徊するなど、どんどんエスカレートしていった。



「被害者の親族から週刊文春を紹介してもらい、子どもが事件と無関係であることを記事で触れてもらいました。しかし、その後も『人殺し』『犯罪者』と叫ぶいたずら電話や、非通知の無言電話が何度もかかってきたんです」(宮川さん)



●「PVが稼げて注目される」という思いが背景にある

宮川さんは4月28日、弁護士に相談した。すると何人かは投稿を削除して謝罪したものの、7月末時点でも、検索すれば、息子さんの実名をあげて、事件と関係があるとする書き込みが残っている。



宮川さんの代理人をつとめる小沢一仁弁護士は、自分が同じ目に遭ったらどう思うかを考えてほしいと語る。



「いじめの加害者が未成年だから、実名報道されないのはおかしいという心情自体は理解できなくもありません。しかし、『ネットで見た』『噂で聞いた』という程度で、一次情報の有無も確認せず、いじめの加害者だとして他人の名前や顔をインターネット上で公表するのは、法によらない私刑であり、不適切だというほかありません。



情報を拡散している人たちは、いじめ事件の凄惨さから、『残酷なことをした犯人が少年法に守られて、社会的制裁も受けずにのうのうと生きていくのは許せない』という、ある種の正義感が先走ったのだと思います。



しかし、正しいことをしているという感情に基づくものだとしても、加害者ではない人を加害者であると公表する行為が正当化されることはありません」



小沢弁護士は、今回のデマは、掲示板サイトなどの噂から始まり、最終的には旭川市にYouTuberが訪れ、そこでおこなわれた調査等を元にしたSNS上での発信がダメ押しとなって、「確定情報」として広まったと認識していると語る。



「しかし、このYouTuberがそうだというのではなく、一般論としてですが、YouTuberの中には閲覧数を稼ぐことを第一に考える人も相当数いると思われるところ、本件のような時事問題を扱うYouTuberの場合は、いち早く情報をスクープすることが閲覧数を増加させることにつながるため、客観的な裏付けを欠いたまま、見込みで発信に踏み切る人もいると思います。



ですから、それを閲覧する側も、正確な情報ではない可能性があることを念頭に置き、安易に情報を拡散しないようにする心構えが必要だと思います」



その上でデマ拡散が増えていること、なかには意図的にデマを流す人もいるため、デマの発信自体を完全に防ぐことは困難であることを指摘する。



「インターネット上のデマ騒動では、デマを信じた人による拡散行為が被害を著しく拡大させます。そのため、情報の受け手側の心構えが同種事案の発生を防ぐためにはとても必要なことになります」



小沢弁護士は、2019年8月に常磐自動車道で起きたあおり運転事件で、容疑者の車に同乗していた「ガラケー女」と誤認され、ネット上で誹謗中傷に遭った女性の代理人もつとめている。この事件を知っていたことで、宮川さんは小沢弁護士に代理人を依頼したという。



●虚偽であっても「加害者認定」されてしまうことの問題点

小沢弁護士はツイッターで60件、ブログや動画サイトで10件の発信情報開示の請求をしていて、現在もその範囲を拡大させているとのことだ。発信者が特定できたときは、損害賠償請求や刑事告訴を視野に入れている。



しかし、虚偽であれ、名前が晒されたこと自体が、被害者の今後の人生に影を落とす可能性があることを危惧している。事後的な対応では、根本的な問題解決ができない可能性があるとのことだ。



「インターネット上で虚偽の情報が広まると、その数が膨大なこともあり、すべてを削除することができず、永遠に情報が残ることがあります。たとえば被害者が将来、就職活動をする際に、会社側が被害者の氏名をインターネット検索してネガティブな情報がヒットすると、それだけで選考対象から外れる可能性があるんです。



そのような事例は実際ありますし、また、たとえば結婚をするに際して、相手側の親がインターネット検索で被害者の氏名を検索する可能性もあります。



情報の真偽よりも、情報が掲載されていること自体が問題になることが多々あり、何も非のない被害者に重大な不利益が生じることがあります。自分で対応するには膨大な労力が要るけれど、弁護士に依頼すれば、削除したい記事の数によっては数百万円の費用がかかることもあります。結果的に被害者としては、泣き寝入りを強いられることになりかねません」



宮川さんは「いじめは絶対にしてはいけないと思うし、デマを流した人たちは、しっかり罪を償ってほしい」と憤る。同時に、ネット上にデマを流布することへの法整備の拡充を訴えた。



プロバイダがログを保存する期間は、平均3~6カ月と短く、書き込みに気付いてから警察に相談したのでは、間に合わないケースもあるからだ。小沢弁護士も次のように指摘する。



「誹謗中傷は論外ですが、インターネット上で匿名で発信する機会が与えられることは、表現の自由との関係で、重要な意味を持つと思います。実名では発信できない本音を公の場で公表し、意見を表明することや他人と意見交換することは、言論市場を活性化させ、ひいては民主主義の発展にも資することになると思います。それゆえに、匿名性は原則として保護されるべきと考えますが、社会に意見を公表する以上は責任が伴います。



他人の権利を侵害する情報が公開された際は、権利を侵害された側を保護する必要があります。その手段が発信者情報開示請求なのですが、現状、先日国会で可決・成立した改正プロバイダ責任制限法の内容を踏まえても、法的にも実務的にも不十分な点が多く、個人的には発信者情報開示請求の難易度はどんどん上がっているように思います。



せめて、とるべき措置をとったら、確実に発信者を特定できるような制度作りをしてもらわないと、インターネット上の権利侵害問題は、永遠になくならないと思います」



宮川さんによると、現在はいたずら電話もなくなり、息子さんは元の日常を取り戻しているという。しかし、こうも続けた。



「同じような思いをする人を増やしたくない、ネット上のデマへの抑止力になればと思ったから、開示請求を決めました。でも、最初に焚きつけた人は即削除して逃げおおせて、罰が下るのは騒ぎに乗っかったフォロアーだけ、ということもありますよね。



焚きつけた人たちは正義感というよりも、ただ面白がっているだけなのではないでしょうか。罰を与えれば、何か変わるかもしれないけれど、こちらが何を言っても響かないし、伝わらないのでは、という気持ちもあります」(宮川さん)



宮川さんの店のホームページ(https://www.garagevox.com/)のトップには、7月1日以降、小沢弁護士の名前で、息子さんへの加害行為には、しかるべき法的責任を追及すること、一次情報を確認せずに安易に拡散しないことなどに触れた文章が掲載されている。



実際に着手したのは宮川さんがトラブルに巻き込まれた直後だったが、7月に公表したのは、より確実に発信者を特定することができるように、水面下で証拠収集や法的手続をしていたからだと、小沢弁護士は明かした。