2021年08月01日 09:31 弁護士ドットコム
国立・旭川医科大学(北海道旭川市)で、学長解任問題を取材中の北海道新聞社(道新)の20代の記者が6月22日、建造物侵入容疑で大学職員に現行犯逮捕された事件で、同社は7月7日付けの朝刊に社内調査結果を掲載した。
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大学側から構内への立ち入りを禁止する要請があったにもかかわらず、校舎内に入り会議室のドアの隙間からスマホで会議の内容を録音した記者の行為は許されるべきか。
また、取材をめぐり大学側と報道側でトラブルが発生した後の緊張状態にある中、入社1年目の若い記者を一人で取材現場に向かわせた道新の姿勢にどのような問題があるのか。
刑事手続きと人権の関係に詳しい五十嵐二葉弁護士に聞いた。(ライター・山口栄二)
2020年12月、週刊文春(文春オンライン)報道により、コロナのクラスターが発生した民間病院からの患者の転院をめぐって、旭川医科大学(以下「医大」)の吉田晃敏学長が、受け入れを拒否していたことや、不適切な発言をしていたことが報じられた。
吉田学長にはこのほかにも、教職員に対するパワハラや勤務実態のなかった「学長特別補佐」への不正支出などが学長選考会議で認定された。
吉田学長は6月17日に辞表を提出、学長選考会議も6月24日付で同氏の解任を文部科学相に申し出ている。記者が逮捕された日は、学長の解任をめぐる節目の会議だった。
その後、道新は7月7日に社内調査報告を紙面に掲載。これを受けて、新聞労連が7月12日に声明を発表している。
――五十嵐弁護士は有名事件の弁護も担当されています。記者からの取材攻勢も凄かったのでは?
「メディアの取材活動は、対象となる事件が大きいほど、手段が激化する傾向があります。私自身悪名高い被告事件の弁護を受任していた時には、いきなり立ちふさがって写真を写されて自転車から落ちたこともありました。
取材される側からすれば迷惑な取材方法を許せないと思うのは自然な感情ですが、客観的にそれがすべて違法だとは言えないのです」
ーー今回の道新の記者の行動は違法でしょうか。
「医大は、国立大学法人として多くの医学生を育成する教育機関でもあります。その長であるはずの学長が、パワハラや不正支出などの疑惑で、人格的に不適格ではないかと疑われてもいたのです。そのトップがどうなるのかは社会的な関心事です。
新聞労連が7月12日に出した声明で『公的機関に対し説明責任を求めるのはメディアの社会的役割だ。取材活動が萎縮すれば、犠牲となるのは国民の知る権利だ』と言っているのは一般論としてはその通りでしょう。
そこでこの記者の行動を考えてみます。医大の学長選考会議は6月22日午後3時から同5時半までの会議で、学長解任を文部科学相に申し出ることを決定しましたが、その最中の午後3時50分ごろ、報道各社に向けてファクスを送り『新型コロナウイルスの感染防止措置として学外者の入構を原則禁じている』と通知して午後6時まで構内に入らないよう要請したとされます。
道新記者は医大側の『構内立ち入り禁止』の要請に反して、学長選考会議が行われている会議室の前の廊下に入り、扉の隙間から会議の様子を録音していたところを大学職員にとがめられ、『医大側』は記者が所属や名前を言わず逃げようとしたので、警察を呼び、警察は結果的に『建造物侵入容疑で私人による現行犯逮捕』と発表したとされています。
建造物侵入容疑は法律的に成り立つでしょうか。刑法130条の『住居侵入罪』。刑法学者はこの罪の『保護法益』つまり違反者に刑罰を科してでも守らなければならない法的利益は『住居権』だと考えています。つまりプライバシー権の一種で『自分の住居に誰を入らせ、誰の滞留を許すかの自由』だと言います。私人としての自由を守るためなのです。
130条にはおまけのように対象として『人の看守する邸宅、(住居以外の)建造物』などもついています。ただし、通常不特定多数の人が自由に出入りする場所が『不法侵入』になるには『日の丸に火をつけるために球場内に侵入』などの不法な目的がある少数の例だと裁判所は判決してきました」
――私人の住宅でもない、通常は人が自由に出入りする大学構内に入ることは「住居侵入罪」なのでしょうか。
「今回のケースでは、医大側が午後3時過ぎ に『学外者の入構を原則禁じている』というファクスを送るなどして、午後6時まで構内に入らないよう『要請』しましたが、医大のウェブサイトでは、記者が逮捕されたときより新規感染者数がはるかに多かった今年5月でも、記者の立ち入りは禁止とまではされておらず、今回の 『コロナを理由の立ち入り禁止』は医大側が会議を取材されることを避けるためにとってつけた理由と考えられます。それをわからないはずはないのに、報道各社の側は、これを正当な禁止と言えるのかを問題にしていません。真実の理由ではないことを知りながら、ファクスされれば従ってしまうのでしょうか。
道新を含む各メディアは『感染防止のためならちゃんとマスクをします』や『会議での発言者が特定されるような報道は一切しません』などと医大側と交渉するべきでした。
『感染防止のための立ち入り禁止』の要請に違反したからといって住居侵入とは言えません。逮捕された道新の記者について検察が勾留請求も起訴もしていないことが、そのことを物語っています。
『建造物』には付属する『囲繞地』つまり庭も含まれるとされています。日本の記者さんたちに聞きたいですね。もし、首相官邸や国会議事堂とその庭について『コロナのため入構を原則禁じている』とファクスされたら政治家などへのぶら下がり取材は一切できなくなるんですよ。それで良いんですか」
――道新の記者は建造物侵入の現行犯で逮捕されましたが、この逮捕は適法でしょうか。
「以上述べたように適法とは思いません。犯罪を犯していない人を逮捕する行為は『逮捕監禁罪』という犯罪になる恐れがあります。
ただ医大側がほんとうに逮捕するつもりだったのかはわかりません。記者が聞かれても所属と名前を言わなかったので不審者として警察を呼んだところ、警察が『私人による現行犯逮捕』という扱いにしたのかもしれません。
しかし、そうだとしても、警察は身分が分かった段階で即釈放すべきで、2日も留置したのは問題だったと思います。これは記者だから言うわけではなく、窃盗などの不法な目的がない限り、一般人でも通常不特定多数の人が自由に出入りする場所に立ち入って、住居侵入罪で罰せられることはないからです」
――医大側が報道各社に送ったファクスには、入構禁止とともに、会議終了後に取材に応じるとも書いていました。この通知は、正当な禁止といえるでしょうか。
「この問題は、実は『国立大学法人法』の根本的な問題から出ています。2003年の立法時から教授会の権限を『参考』に格下げしての学長への権力集中が批判されていたのですが、さらにその傾向を強めた2004年の改定には、衆参両院とも各10項目の付帯決議で『学問の自由や大学の自治の理念』が損なわれることへの危惧を示しています。学術会議の任命拒否問題に通じる政権による学問への介入問題があるのです。
旭川医科大の教授らでつくり、同大学学長選考会議に吉田学長の解任を求めた『旭川医科大学の正常化を求める会』が、医大への提言・改革案を募集したところ、『問題の背景には、文科省が教授会の意向などに左右されずに改革を進める『強い学長』を求め、ガバナンスの権限を学長に集中させた点にある』といった指摘などが寄せられ、道新はこうした問題を詳細に報道してきました。
今回問題となった学長の解任は文科省だけが権限を持ち、対象である学長が議長でメンバーを指名・任命する『教育研究評議会』と『経営協議会』による『学長選考会議』が解任を申出なければ大学は文科省に解任を求めることもできないという異常な制度なのです。
その結論を出す『学長選考会議』の内容を、事後のお仕着せの記者会見だけでなく、直接知りたいという道新の希望は、『大学自治』問題の追及をしてきたメディアとして当然でしょう。
問題はその方法で、社として、他のメディアとも共同して『報道するとしても、発言者の特定はできない方法でしますから』など『医大』側と話し合って傍聴なり、録音なりを求めるべきだったのに、それをせずに、入社3カ月の新人に『入構規制』ファクスがされていることも教えずに行かせたことです」
――道新の社内調査によると、当日、旭川支社報道部キャップ以下4人が大学敷地内で取材。会議開始後、キャップが入社1年目の新人記者に校舎2階での取材を指示。その後記者は誰からかは不明だが、会議のあった4階へ行くよう指示されたといいます。これらの取材をめぐる道新の姿勢をどう見ますか。
「これには本当にがっかりさせられます。入社1年目の女性記者に、会議が行われている4階へ行くよう指示したことが、医大側の禁止要請に『違反する』という認識を持ちながら、『若い女性だったら大目に見るかも』とか考えて、禁止要請が出ていることも教えずに行かせたのだとしたら、卑怯なやり方ですね。
『スマホの録音』についても、道新の調査報告書では『一部の先輩記者から聞いた体験談をもとに、自分の判断で会議内容をスマートフォンで無断録音していました』とされていますが、実は先輩から命じられたのでは、との疑いをぬぐえません。新米記者には的確なメモを作れない、録音は後の証拠にもなるなどと考えて誰かが命じたのではとも考えられます。
道新の調査結果では、『職員に見つかった際も、すぐに北海道新聞記者と名乗り、取材目的であると告げるべきでしたが、動揺していたこともあって、できませんでした』とする一方で、『キャップや別の記者から、校舎内で身分を聞かれても、はぐらかすように言われていたことも影響しました』としています。そこまで指示されていたというのは驚きです」
――会議室のドアの隙間にスマホを近づけて会議内容を録音したことも問題視されていますが、このような隠し録音は違法でしょうか。
「ある場所で行われている対話などを録音して正確に残すことが公的に決められている場合があります。国会の議事録を考えてみてください。録音し、公表し、後世に残すことは、民主主義の基本です。
逆に個人の住宅に盗聴器を仕込んで会話を録音するのはどうでしょう。盗聴や無断録音を罰する法律こそありませんが、社会人として誰もしてはならないことです。プライバシー・住居の安全への侵害として、民事賠償の対象にはなります。
機械的には同じ『人』の発言の録音ですが、その発言の内容がどのくらい公的なものか、社会がそれを知ることが民主主義にとって必要か、重要かでさまざまなレベルがあります。取材対象である情報のレベルに応じて、ジャーナリズムのとるべき手法もさまざまなレベルであり、その手法の正当性が認められるかどうかが違ってくるでしょう。
権力側が隠したい情報でも、その秘匿が民主主義や多くの人の安全(平和)を害するものであるなら、その取得と公表が『違法』とされても、場合によっては身の安全を賭してもやるのが真のジャーナリズムではないでしょうか。2013年にエドワード・スノーデンとガーディアン、ワシントン・ポストが米NSA(国家安全保障局)の機密文書の報道でしたように」
――道新の記者の場合はどうでしょうか
「地域の中核医療拠点である病院を擁する医大の学長である人の不祥事、その人を医大側が解任して、体制を一新するのかは公的な関心事です。社会の『知る権利』を守るために、医大側に嫌がられても会議内容の全てを社会に知らせるべきだと判断したのなら、録音はメディアの公的な義務と言えるかもしれません。ただし、本当にそういう状況だったのかを判断するのに必要な情報が私にはありません。
一方でこれはメディアの通弊なのですが、どんな情報でも、他のメディアが持っていない細かい情報、内部情報を取ってそれを記事や放送に加えることで、他社との差別化を図りたい傾向がつきものです。この目的で、医大側の入構禁止要請に逆らって録音しようとしたのなら、正しいジャーナリズムとは言えないでしょう。
――五十嵐さんはかねて、逮捕された被疑者を犯人視して一方的に行われるメディアの報道ぶりを問題視されてきましたが、今回の問題と通底するメディアの体質や問題を感じる点はありますか。
「逮捕された被疑者への犯人視報道の中で、他のメディアが持っていない細かい情報で他社との差別化を図ろうとすると、メディアは『犯人の悪質性』を強調するための情報集めと公表に躍起になります。
そのために冤罪が明らかになった人、例えば足利事件の菅家利和さんが当時どういう事実無根の悪のディテールで報道されたていたか。読者・視聴者には古い新聞を見てほしいものです。
他方では、権力を持つ者には、悪事を行っていても警察・検察が手をつけなければ報道しないことが多いですね。権力への恐れと権力が悪だとした者への際限のないバッシング。これは無批判に権力に従ってその枠の中で小さな栄達を得ようとする誤ったジャーナリストたちの車の両輪です」
――記者逮捕で道新は強く批判されていますが、これまでメディアが警察権力に寄り添って逮捕の正当性を疑わず、「逮捕=悪人」という報道を重ねてきたつけがまわってきたと言えるのかもしれません。
「尾ひれのついた報道を興味本位で見ることに慣れれば、市民が権力のすることを疑わない『国民』になっていく。政治や経済の報道にもその見方でしか接しなくなる『国民』になってしまえば、民主主義は死んでしまいます。
今回、道新がなぜ医大の禁止要請に反して校舎内に入って録音を取ろうとしたのか。その問題の追及は、メディアのあり方を検証することにつながります。道新も新聞労連もそれをしてほしいです」
【取材協力弁護士】
五十嵐 二葉(いがらし・ふたば)弁護士
1968年弁護士登録。山梨学院大学大学院法務研究科教授などを歴任。著書に「刑事訴訟法を実践する」「犯罪報道」など。
事務所名:住民センター法律事務所