2021年07月31日 10:51 弁護士ドットコム
東京オリンピックで日本代表の金メダルラッシュに沸く一方、出場選手への誹謗中傷が相次いで明らかとなっている。
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卓球の水谷隼選手や伊藤美誠選手、体操の橋本大輝選手といった金メダリストや、体操の内村航平選手・村上茉愛選手などの元には、国内外から誹謗中傷が寄せられていることが報じられている。
スポーツ選手に向けられる誹謗中傷や厳しい声は、今に始まったことではない。2008年北京オリンピックの野球競技で「世紀の落球」といわれることもあるエラーを犯した元プロ野球選手のG.G.佐藤さん(42)も体験した一人だ。
メダルを逃した「戦犯」ともいわれたG.G.佐藤さんだが、現在は「失敗でも名を残したんだから、それを売りにしてしまおう」と前を向いて、会社の副社長として全力疾走を続けている。どんな思いで今の心境にまでたどり着いたのか。「今のSNSには優しくない言葉があふれている」と警鐘を鳴らす本人に話を聞いた。(編集部・若柳拓志)
西武やロッテなどで活躍したG.G.佐藤さんは、2014年に現役を引退したのち、父親が社長を務める「株式会社トラバース」(千葉県)に就職。現在は同社の取締役副社長および関連会社の代表取締役社長として、業務に携わっている。
「明日の仕事をいただきに行くような活動をしています。でも『G.G.佐藤』という名前もあるので、今年に入ったあたりから、YouTubeをやったり、SNSにも力を入れたりしています」
「G.G.佐藤」としての活動は、野球などをきっかけに若い世代に存在を知ってもらい、自分の会社についても少しでも興味をもってもらえたらという思いもあるという。
「測量調査や地盤改良などを手がける会社なのですが、やはり人手不足です。なかなか十分な人材の確保には至っていません。自分の活動をフックに事業についても知ってもらえたらと思いますね。
実際、新卒の面接に来てくれた方に、『動画やSNSで知りました』とか『楽しそうな印象の会社だと思いました』と言っていただけたので、効果はあるのかなと感じてます」
野球との関わりは会社ぐるみで続いている。社内に軟式野球のチームが3つあり、G.G.佐藤さん以外の元NPB(日本野球機構)や独立リーグの選手だった社員も混じって、一緒に野球を楽しんでいるそうだ。
「会社には自分を含めて元NPBの球団に所属した経歴のある社員が5人います。元NPBの選手の登録については人数制限(編集部注:40歳未満でNPBの球団に所属した経歴のある選手は2名まで)があるので、複数のチームを作って出場できるように対応しました。
野球部があることで、仕事もプライベートも充実させ、社員の離職率が上がらないようにしようという取り組みにはなっていると思います。
また、会社のグラウンドで、子どもたちの野球アカデミーなどを無料で開いて、地域貢献を兼ねた野球教室もやっています」
オリンピック競技としての野球が、13年ぶりに東京オリンピックで復活した。その13年前の北京オリンピックに選手として参加したG.G.佐藤さんは、オリンピックでの試合を「特別な舞台」と表現する。
「前年(2007年)にあった予選には参加していなかったので、2008年のシーズン中でもオリンピック本選に出るだなんて思っていなかったんです。ところが、そのシーズンはあまりに調子良かったので追加招集という形で呼ばれました。『オレでいいの?』という気持ちはありましたが、選ばれた以上は戦力になりたいと思いました。
普通のシーズンから、これだけ一生懸命の緊張感を持ってやってたんだから、オリンピックに行っても大丈夫だろう、普通に普段通りやれるだろうという感覚はあったんですけどね」
2007年に当時所属していた西武でレギュラーに定着したG.G.佐藤さんは、2008年シーズン開幕から好調で、5月には月間MVPを初めて受賞し、オールスターのファン投票では両リーグ最多得票で初選出、選手間投票でも最多得票を集めるという状況だった。
行く前までは「正直やれる」と思っていたという。しかし、現地に着いて、試合相手の韓国チームなどと向き合ったとき、「やばいところにきちゃった」と思ったという。
「負けられないプレッシャーをものすごく感じました。それがオリンピックの本番までわからなかった。それが日の丸の重みなんでしょうね」
気持ちの部分でのまれたことがプレーにも影響した。準決勝の対韓国戦、レフトの守備位置で出場して1つ目のエラーを犯したとき、「自分のせいで負けるんじゃないかと本当に焦った」という。
「平凡なゴロをエラーしてしまい…これ以上はエラーできないとさらにプレッシャーがかかり、『難しいフライなんてきたら捕れないぞ…マジで飛んでこないでくれ』と思いましたね」
しかし、そういうときに限ってなのか、G.G.佐藤さんのところにフライが飛んでくる。ボールに追いついて捕球しようとしたものの、グラブに収まらず落球。ランナーがホームに生還する2つ目のエラーとなってしまった。
「その後は頭が真っ白になって、その時どう感じていたのかなどについてはあまり記憶がないんです。試合後も自分の中に閉じこもっちゃって、周囲の声や意見を聞ける状態じゃなかった。
藤川(球児)くんが、『次戦(3位決定戦)も絶対に起用されるよ。星野(仙一)監督はミスした人間にはもう1回チャンスを与える人だから』と自分に言ってくれたらしいんですけど、それすらまったく記憶になかったくらいです」
むしろ「次戦に起用しないでほしい」と思ってしまうほどの精神状態で、試合に出たくないと思ったのは初めてだったという。
はたして、G.G.佐藤さんは対アメリカ戦にも出場した。そして、メダルのかかった3位決定戦で3つ目のエラーを犯してしまう。ショートとレフトの間への浅いフライに追いついて捕球を試みるもまたもや落球。失点につながるエラーとなってしまった。
「前日の弱気だった自分がやっぱり嫌で、今日は強気にいこうとスイッチを入れたんですよね。でも、それがまた裏目に出て。先に声を出していた中島(宏之選手)に任せてもよかったかもしれませんが、自分も声出して捕りにいったんですよね」
G.G.佐藤さんは、エラーの原因の1つにレフトが慣れていない守備位置であることを挙げた。レフトを守る経験自体が乏しいうえ、2008年のレギュラーシーズンでは1度も守っていなかった。飛んでくる打球の切れ方が違うなどの技術的な相違もあるが、それ以上に慣れないポジションを守るプレッシャーが大きかったという。
「レフトを守ることは代表に選出された際に言われていたんですが、エラーとか守備でのミスから負けパターンになることが多いので、守備でのミスだけはしたくないなと最初に思っちゃったんです」
野球は点を取られなければ絶対に負けないスポーツだ。「負けるのが怖かった」というG.G.佐藤さんは、自分のミスで負けるかもしれないプレッシャーをずっと感じていた。
でも、エラー自体は「結局は自業自得」だという。
「当時の自分は絶好調で、正直天狗になっていました。自分中心に世界が回っていると思うくらいに。だから(エラーは)起こるべくして起きたんですよ。神様かどうかわかりませんが、『あんまり調子に乗るなよ』みたいな。
準備不足だったと思います。シーズン中ずっと守っていた『ライト』と五輪での『レフト』、同じようにできると考えていたけど、やはり違った。レフトが本職の選手から気をつけるべきポイントをあらかじめ聞いておくなどもできたはずなのに、できていなかった。
オリンピックでの試合がどういうものかという点も、もうちょっと勉強しておくべきだったとも思いました。過去の映像をもっと観ておくとか過去に出場した選手の話を聞くとか。そういうことも一切なかったので」
日本代表は3位決定戦に敗れ、北京オリンピックの野球競技で4位という結果に終わったが、帰国後もすぐにまたプロ野球のレギュラーシーズンに参加しなければならない。
悔しくて全然切り替えられなかったというG.G.佐藤さんは、とにかく目の前の事を必死にやり続ける気持ちで残りのシーズンを駆け抜けようとしていたが、被害妄想のようなものを抱え、後ろめたい気持ちがあったという。
「周りの人みんなが、『G.G.佐藤が戦犯だ』と思ってんだろうなと。実際には思っていないとしてもです。幸いなことに直接言ってくる人はいませんでしたが、メディアやネットでは散々書かれましたから」
準決勝、3位決定戦という大舞台で3つのエラーを犯したことは、当時激しく批判された。プロ選手としてプレーを批判されること自体にはある程度の慣れがあるG.G.佐藤さんでも、平常心ではいられなかったようだ。
そんな時、自分を支えてくれたのは周りの人間関係だったという。
「家族やチームメイトが特別に慰めてくれるわけでもない。いつも通り接してくれたんで、それがありがたかったですね。人との巡り合わせという点では本当に『持っているな』と思います」
プロスポーツ選手を含めた著名人に投げかけられるのは批判だけではない。もはや正当な批判の域を超えた誹謗中傷の言葉がネットを中心に飛び交い、社会問題となっている。2020年5月には、ネットで誹謗中傷を受けていた女子プロレスラーの木村花さんが亡くなるという出来事もあった。
東京オリンピックでも、SNSでの誹謗中傷が相次いでおり、メダリストを含むトップアスリートから苦しんでいる旨の声も上がっている。
投げかけられる言葉の痛みを知るG.G.佐藤さんは、ネットでの誹謗中傷について「なくなることはない」と話す。
「僕もSNSを利用するようになって、自分が何を言われているのかが気になるので、他人の声を見たくなる気持ちはわかります。エゴサーチもします。誹謗中傷が書いてあれば、やはり心が痛みます。
ただ、SNSをやる以上、そういったものが目に入るのは仕方ないです。100%賛同が得られるということはあり得ませんし、それを覚悟の上で利用すべきなのかなと。それが嫌ならSNSを利用しない、あるいは他人の声を一切見ないようにした方がいいと思います」
G.G.佐藤さん自身は、それでも他人の声を聞いてみたいと考えているという。
「自分のこれからの戦略に役立ちます。自分のすることが、世の中のどういうところに響いて、どういうところで受け入れられないのかがわかりますから」
G.G.佐藤さんは、スタッフと一緒にSNSを利用しており、あらかじめ投稿内容の確認などをしてもらっているという。投げかける言葉も「言い方ひとつで変わる」と力を込める。
「会話の相手を褒めようとして、わざわざ他の人のことを持ち出してけなすような物言いをする人がいます。無意識でやっているのかもしれませんが、その時点で誰かの心をえぐっている可能性に気づくべきです。
相手をリスペクトする気持ちがあれば、優しくない言葉なんて出てこないはずです。SNSでの言葉のやり取りでもそうです。言い方で伝わるものが全然変わってきます。今のSNSには優しくない言葉があふれていると感じます」
G.G.佐藤さんには今、気にかけている人がいる。度重なる不倫報道などを受けて2021年5月に千葉ロッテマリーンズから契約解除された清田育宏さんだ。
清田さんはロッテ退団後、どこの球団にも所属していない状態が続いている。そんな中、ロッテ時代の同僚だったG.G.佐藤さんが声をかけ、ときおり一緒に練習をおこなっている。その様子はG.G.佐藤さんのSNSや会社の公式YouTubeチャンネルにもアップされている。
「契約解除された後に、『いきなり手を差し伸べて気持ち悪い』なんて言われてますが、そうじゃないんですよ。清田が謹慎処分を受けていたときから声をかけていたんです。
彼の自業自得だと言われればそれまでなんですけど、家族もいるわけで、失敗した人間の人生をバッサリ終わりにするのは何か違う気がして。人間なんて失敗するものじゃないですか。それと向き合って生きて、サポートしていく方が大事だと思います。
僕も失敗した人間で、そこから学んで人生だいぶいい方向にきていると感じています。清田もしっかり向き合って、考え方を変えて、生き方を変えていけば、もっといい人生になると思うので、その可能性をつぶさないようにしてあげたいです。
北京オリンピックのとき、(対韓国戦で2度のエラーをした後に)星野監督が僕をもう1回起用してくれたその想いというのは今でも心に残ってますから。その教えを伝えていきたいなと思っています」
G.G.佐藤さんは、今後もプロ野球(NPB)への復帰を目指す清田さんをサポートし続けるという。
東京オリンピックでの野球競技は、あくまで追加種目としての復活であって、正式種目として復帰したわけではない。そのため、次回以降のオリンピックでも実施されるかどうかは不透明だ。
それでも、G.G.佐藤さんは「とにかく一生懸命プレーする姿を見せてほしい」と代表チームを激励する。
「アカデミーで子どもたちに野球を教えてますけど、やっぱり野球人気はなくなってきているし、野球人口も間違いなく減っているのを感じます。侍ジャパンの活躍で子どもたちに夢を与えてもらって、野球人気が復活することを願ってます。
また、自分もそうですが、オリンピックというのは、何かミスが起きても後になればいい思い出となって返ってくるような、そんな素晴らしい舞台です。失敗を恐れず頑張ってもらいたいです」
激励とは別に、代表チームのメンバーにどうしても伝えておきたいことがあるという。
「自分より派手なエラーをするのだけはやめてくれ、と。自分のエラーが一番インパクトあるままであってほしい、書き換えるのだけはやめてほしいです。(オリンピックの野球やエラーのシーンなどでたびたび取り上げられるような)今の地位をやっと確立したので、そんなエラーをされては営業妨害です(笑)」