2021年07月19日 16:21 弁護士ドットコム
銭湯でお金を払わず入浴したら窃盗罪に問われる可能性がある——。関西テレビが7月10日に配信したこんな記事が話題となりました。
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記事は東京にある銭湯で、スタッフが受付で客の対応をしている間に、別の男性が入浴券を買わずに男湯に入ったという内容で、弁護士が「窃盗罪に問われる可能性がある」と解説するものでした。
窃盗というと他人のものを自分のものにすることですが、今回のようなケースでも物を盗んだと考えられるのでしょうか。星野学弁護士に聞きました。
——銭湯での「無銭入浴」は「窃盗罪」になるのでしょうか。
たしかに、銭湯でお金を払わず入浴した男に窃盗罪が成立する可能性があるかといわれれば、その可能性がないわけではありません。
窃盗罪は「財物」を「窃取」する犯罪です。備え付けの石けんやシャンプーを使えば、少ない量とは言えそれらを盗んだことになり窃盗罪が成立する余地があります。
また、お湯という液体も有形的存在であり、また、タダではないですから「財物」にあたります。
そして、蛇口から出たお湯で身体や頭を洗い、その洗ったお湯や使わなかったお湯が排水溝に流れてしまえば、お湯に対する銭湯の占有を侵害しているので「窃取」にあたる、したがって窃盗罪が成立するという考えもあり得なくはないでしょう。
ただ、これは理論上・教科書的に窃盗罪が成立する可能性があるという意味であり、実際には窃盗罪で処罰されることはないと思われます。
頭や身体を洗わずに浴槽に浸かって温まっただけではお湯を窃取したとは言えず、ただ温まるという「利益」だけを得ているのであるから、いわゆる「使用窃盗」であり不可罰だ、などというマニアックな理由からではありません。
——では、どのような罪になるのでしょうか。
刑法は一般の市民に「○○をしてはいけない」ということを定めている規範です。したがって、一般の市民に意味がわからない処罰をしたのでは、いったい何が禁止され何が許されるのかがわからず、「良くわからないけど捕まるときは捕まる」ことになり、これでは自由に生活することができなくなってしまいます。
やはり、法律の世界でも一般市民の感覚が重視されるべきだと思います。
そうすると、いったい、どれだけの人がお金を払わずに銭湯で入浴したことについて、使ったお湯を盗んだのだから窃盗罪が成立するのは当たり前だと感じるでしょうか。私は、あえて男を窃盗罪で処罰する必要はないように思えます。
もちろん、お金を払わずに有料の銭湯で入浴する行為は許されません。
しかし、わかりにくい理屈をこねるのではなく、入浴料の支払を条件にお風呂に入浴させるという銭湯の管理者の意思に反して銭湯の建物に入っているのですから、素直に「住居侵入罪」で処罰すれば良いと思います。
——報道によると、異変を感じたスタッフが男を追いかけたところ「忘れ物を取りにきただけ」と言って自転車で逃げたそうです。
これが入浴というサービスの提供という利益を受けていながら、ウソをついてサービスの対価の支払をまぬがれる行為と評価されれば、詐欺罪(刑法246条2項 詐欺利得罪、適用条文から「2項詐欺」ともいわれます)が成立する余地があります。
窃盗罪も詐欺罪も10年以下の懲役刑が科される犯罪ですので、どちらの犯罪が成立するかで処罰の内容や重さに大きな不公平が生じることもないでしょう。
ただ、詐欺罪には罰金刑がありません。したがって、前科がある、常習性があるなどの理由から、検察官が処罰をしない「不起訴処分」ではなく何らかの処罰を求めるべきと判断した場合、窃盗では罰金処分の可能性がありますが、詐欺罪では起訴・公判請求になってしまいます。そのため、詐欺罪よりも窃盗罪の方が男にとって有利と言えるかも知れません。
最後に、次は男がきちんとお金を払って銭湯で入浴し、しっかり「足を洗い」、二度と悪いことをしないことを期待します。
【取材協力弁護士】
星野 学(ほしの・まなぶ)弁護士
茨城県弁護士会所属。交通事故と刑事弁護を専門的に取り扱う。弁護士登録直後から1年間に50件以上の刑事弁護活動を行い、事務所全体で今まで取り扱った刑事事件はすでに1000件を超えている。行政機関の各種委員も歴任。
事務所名:つくば総合法律事務所
事務所URL:http://www.tsukuba-law.com