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南北朝時代を斬新な切り口で描く『逃げ上手の若君』 魅力は松井優征の前作『暗殺教室』に通ずる“成長”?

2021年07月19日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『逃げ若』、『暗殺教室』に通ずる“成長”

 「週刊少年ジャンプ」で連載中の『逃げ上手の若君』の第1巻が7月2日に発売された。作者は『魔人探偵脳噛ネウロ』や『暗殺教室』の松井優征だ。


(参考:【画像】松井優征の描く北条時行


 主人公は北条時行。鎌倉幕府最後の総帥・北条高時の息子である。目立つ存在ではない。稽古事もどうにかしてサボろうとする。彼が得意なことと言えば、逃げることと隠れること。しかし、その2つの才能を持っていることによって、南北朝時代の始めに嵐を巻き起こすことになる。


 物語はあの足利尊氏の謀反から始まる。鎌倉時代の終わり、南北朝時代の始まり。父の高時は自害、兄の邦時は斬首。北条一族、家臣郎党八百余名、自害。


 生き残った時行は信濃国の神官・諏訪頼重によって鎌倉から脱出、信濃国へ逃げることになる。時行はこのとき8歳だった。


■史実からどのように物語を展開していくのか


 時行は実在する人物で、実際に幼いころに諏訪氏の本拠地・信濃国で過ごしていたという記録がある。


 何度か挙兵をし、鎌倉も奪還しているがそのたびに尊氏方に取り返されているのも事実。だが、尊氏側も時行を捕縛することができずに、奪還を繰り替えされており、その点からみると、尊氏にとってうっとうしい存在だったに違いない。また、時行がおこした戦は当時の世相にも影響を与えている。歴史上に派手に存在として現れるわけではないが、歴史のキーマンであったことは間違いないだろう。


 たいていの場合、英雄は尊氏であり、圧倒的な主人公としての存在感を放っている。が、この物語では尊氏は敵。作中では爽やかで武勇・教養・人望もある……。でも、どうみても裏がある。時行の敵として、どのような姿を見せてくれるか今後楽しみである。


■時行の才能の開花と成長


 『暗殺教室』では、殺せんせーが落ちこぼれだった生徒26人の潜在能力を引き出し、その後の人生に大きく変えることとなった。


 時行も尊氏の華やかさの影に隠れて、「自分は誰にも期待されていないから」とあきらめていた。約束された権力はあるが、落ちこぼれ。そんな時行の才能を引き出すのがおそらく諏訪頼重と、時行と同い年の子どもたちだ。仲間となる子どもたちは、時行の短所をカバーし、長所を伸ばす。彼らに感化されて、時行は成長するし、それは子どもたちも然り。切磋琢磨し、どのようにして尊氏を脅かす存在に成長していくのかも見どころのひとつだ。


■シリアス展開の中にある笑いと隙のないコマ


 第1話を読めばわかるのだが、凄惨なシーンが多い。戦の渦中の物語なのだから、仕方がないと言えるかもしれないが、ずっと読んでいると人によっては気持ちが落ち込んでいくことは間違いない。


 ただ、笑いが散りばめているおかげで、その空気が中和されているのは『暗殺教室』のころから変わらない。たまにツッコミ不在のボケを突っ込んでくるものだから、こちらの気も緩んでしまう。


 また、時代が時代だけに絵に情報量が多い。多くの武士が登場するシーンでは全員の着物の柄が違うだとか、背景の書き込みだとか……キャラクターそれぞれの目も印象的である。


 時宗の叔父で裏切者の五代院宗繁や信濃守護となり、諏訪氏と敵対する小笠原貞宗などそんなに「悪」らしい目があるものかと感心してしまう。時行ら子どもたちのかわいさに対し、武将たちの化け物じみた風貌よ……いや、当時の武将はみな化け物じみていたのかもしれない。時行がこれから現れる化け物たちとどのように渡り合っていくのか。8月には2巻が発売予定ということで、物語の続きが楽しみだ。


(文=ふくだりょうこ)