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ラノベランキング、30年前刊行の『閃光のハサウェイ』がなぜ急浮上? 劇場版で人気が再熱か

2021年07月15日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

30年前刊行『ガンダム』がランクイン

参考:Rakutenブックスのライトノベル週間ランキング(2021年7月5日~7月11日)


 1979年の登場から40年経っても、衰えない人気を見せる「ガンダム」シリーズ。6月から劇場上映されたアニメ『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』は、1988年公開の『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』を超える15億円の興行収入を稼ぎ出した。勢いは、30年前に刊行された富野由悠季による原作小説にも及び、Rakutenブックスの週間ライトノベルランキング(7月5日~7月11日)で、上中下の3冊がそろって10位以内にランクインした。


 『機動戦士ガンダム』の小説版を1979年に刊行したのを手始めに、富野由悠季は『機動戦士Zガンダム』や、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』といったアニメシリーズを監督する傍ら、小説版を自ら執筆。1988年に出した『機動戦士ガンダム 逆襲のシャ  ベルトーチカ・チルドレン』のように、アニメにはなっていないストーリーも送り出した。その富野が、『ベルトーチカ・チルドレン』から連なる小説として1989年から刊行したのが『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』だ。


 「ガンダム」シリーズのアニメをすべて観るなり、ノベライズを読んでいないと分からない作品と思われそうだが、それでは『逆襲のシャア』を数字で超えられるはずがない。『閃光のハサウェイ』がヒットしたのは、「ガンダム」シリーズを知らない人でも楽しめる要素が満載だったからだ。


 舞台が未来で、人類が地球を出て宇宙に進出していること、モビルスーツと呼ばれる人型の巨大ロボットが兵器として使われていることを知っていれば十分。あとは、宇宙から地球へと降り立ったハサウェイ・ノアという名の青年が、不穏な事態に巻き込まれていくサスペンス小説かスパイ映画のような展開を追っていけば良い。


 ハサウェイの父親は名前を知られた地球連邦軍の軍人だが、ハサウェイ自身は軍人ではなく、植物監視官の訓練地にシャトルで向かう途中だった。そこで起こったハイジャック事件で犯人たちを取り押さえ、着陸したフィリピンのダバオで事情聴取を受けることになったハサウェイに声をかけて来たのが、同じシャトルで地球に降りてきた、ギギ・アンダルシアという少女だった。


 地球連邦の閣僚たちが利用していたように、カネかコネがなければ利用できないシャトルに同伴者も連れずひとりで乗っていたギギとは何者か? そんな興味に誘われるストーリーは、ハサウェイがダバオで泊まることになったホテルから散歩に出た先で、奇妙な振る舞いを見せたことで、ハサウェイ自身の正体も含めて謎の濃さを増していく。「ガンダム」やニュータイプを知らなくても、スリリングな展開が作品世界に引っ張り込んでくれる。


 そして、巨大なモビルスーツが街中で激しい戦闘を繰り広げ、建物が崩れ銃火器から熱線が飛び交う、阿鼻叫喚のただ中に放り込まれる。コックピットに座ったパイロットたちの目線で、モビルスーツ戦が進んでいく他のシリーズとは違って、地表に立つ人間の目線から描かれるモビルスーツ戦の迫力が、「ガンダム」に詳しくない人にも戦争映画的な興奮をもたらす。


 原作小説も同様だ。テロリストによる空襲から逃れようと、ハサウェイが泊まっていたホテルからギギを連れ出して逃げ惑うシーンからは、鉄と血の臭いが漂い炎の熱さが身を焦がす戦場のリアリティが漂う。小説ではさらに、「ガンダム」シリーズで語られ続けている宇宙時代の人類のあり方や、地球を汚す人類への批判といったテーマが綴られる。アニメを観て小説を読むと、より深くハサウェイという人物に迫れる。ハサウェイは何者で、何をしようとしているのか。そこは小説や映画で確かめて欲しい。


 小説版の中巻から下巻へと続く展開は、アニメでは今後作られる第二部や第三部で描かれる。それまで待てないという人や、以前に小説版を読んでいて、アニメを観て改めて続きを読んでみたいと思った人が手に取ったことが、30年を経てのランク入りに繋がったのだろう。


 ランキング1位は、和風シンデレラストーリーとして絶大な人気を得た顎木あくみによるシリーズ最新刊『わたしの幸せな結婚 五』が、7月15日の発売前から入って人気の凄さを見せている。以下、2位に佐島勤『新・魔法科高校の劣等生 キグナスの乙女たち2』、3位に川原礫『ソードアート・オンライン プログレッシブ8』、4位に衣笠彰梧『ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編4.5』、5位に長月達平『Re:ゼロから始める異世界生活27』とヒットシリーズの新作が並ぶ。7月からテレビアニメがスタートした二語十『探偵はもう、死んでいる』も第1巻が17位、第2巻が29位に登場。『閃光のハサウェイ』同様に、原作を確かめて先を知りたい人が手を伸ばしているようだ。


■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。