2021年07月13日 16:01 弁護士ドットコム
学ラン姿の男子生徒が校門の前で"締め出し"を食らっている――。そんな様子を撮影した動画が2019年1月、ツイッターに投稿されて、当時話題になった。
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この動画の生徒は、東京都足立区立の中学に通っていた米陀(よねだ)誠一郎さん(16)。現在、足立区を相手取り、東京地裁で裁判を起こしている。
誠一郎さんは「教室で授業を受ける権利を侵害された」と主張し、慰謝料300万円をもとめている。どういう経緯で校門の前にいたのか。(ライター・渋井哲也)
ことの発端は、誠一郎さんと同級生との間のトラブルだ。今から3年前に中学校の教室で起きた。
訴状などによると、2018年6月25日早朝、当時中学2年生だった誠一郎さんは、教室の黒板に絵を描いていた。そこに同級生Aくんが、笑いながら「何描いているんだよ」と注意し、描いていたものを消した。
誠一郎さんはその後、別の友だちと廊下で雑巾を投げあって遊んだ。しばらくして、自分たちが散らかした雑巾を拾おうとしたところ、突然、背後からお尻を蹴られた。Aくんだった。
腹が立った誠一郎さんだったが、暴力でやり返すことは思いとどまり、その代わりにAくんの机の上にあった筆箱を廊下に投げたところ、Aくんに掴みかかられて、みぞおち付近を膝蹴りされた。
誠一郎さんがAくんを廊下に追い出したところ、今度は、別の同級生Bくんに後ろから首を締められた。Bくんの腕を振りほどき、振り向きざまに左頬を殴った。そして、よろけたBくんを床に押さえつけた。
今度は、Aくんから背中を2、3発、殴られた。さらに2人に腕をつかまれた誠一郎さんは、うつ伏せ状態で押さえつけられた。その後、同級生が止めに入るなどしたが、最終的に、誠一郎さんはあごをつけるかたちで床に押さえつけられた。
そんなところに副担任が現れて、肩に担ぎ上げるようなかたちで持ち上げられ、そのまま別室に連れて行かれた。その際、誠一郎さんは連れていかれまいと手足を動かしたり、構内に置いてあった雑巾ラックをつかんだりしたという。
翌日、誠一郎さんは父とともに管轄の警察署に行って、トラブルの状況について説明した。また、誠一郎さんはケガの診断書もあり、被害届を提出した。
その後、AくんとBくんも被害届を出したため、警察から翌6月26日、相互暴行の扱いとなった。いわば、喧嘩両成敗だが、誠一郎さんはこのときで14歳、AくんとBくんは13歳だった。
そのため、誠一郎さんは刑事事件として扱われ、AくんとBくんは少年法にもとづいて児童相談所へ送致された。つまり、誠一郎さんのほうが重い処分となったのだ。
事件当日の夜、誠一郎さんの父は、担任から「ケンカをしたから、学校に来ても教室に入れられない」「どこかの個室に入れときます」と言われたという。
個室で何をするのかと聞いたところ、担任は「自習するなりプリントをするなりするんじゃないですか」と答えたそうだ。
誠一郎さんの父が6月27日、教室に入れないのが、学校としての決定かどうか確認したところ、学校側は「教室に入れないことを決定した事実はない」と回答した。
さらに、担任が「教室に入れないとは言っていない」と主張しはじめた。ほかにも不信感を抱くことがあったため、誠一郎さんは7月中、担任と副担任がいる日は登校できなくなった。
その後、夏休みを挟んで2学期から、誠一郎さんは、不登校の生徒を対象とした「適応指導教室」(チャレンジ学級)に通うよう指示された。
「区側から、息子が『自分の意思で登校しなかった』という判断にされてしまいました。そのため、不登校の子どもが通うチャレンジ学級をすすめたんです。
しかし、チャレンジ学級は、本来、学校に行くことができない子の場所です。息子のように、学校に行っても入れないケースではないんです」(誠一郎さんの父)
一方、ケンカ相手のAくんとBくんは普通に登校していた。「なぜ、息子だけ学校に入れてもらえないのか」。誠一郎さんの父は不満を募らせる。
結局、誠一郎さんはチャレンジ学級に通うこととなった。のちに区側は、チャレンジ学級に通うことは「すすめた」もので「指示した」ことはないとしている。
やがて、誠一郎さんは2018年11月半ばから、通学を再開しようとしたが、「当事者が相互に悪いことを認め合うまで入室することは許さない」として、教室で授業を受けることを拒絶された。
そのため、誠一郎さんは、校門の前に立つようになり、その様子を地域住民が動画で撮影し、ツイッターで拡散された。誠一郎さんは「こんな展開になるなんて、まったく思っていませんでした」と振り返る。
学校側はなぜ教室に"入れなかった"のか。
誠一郎さんの父は2019年1月8日、足立区の「区民の声」を使って問い合わせをしている。回答は1月11日、区教委・教育指導課からあった。その内容は以下のとおりだ。
<問題解決のためには生徒が話し合い、自分のしたことを振り返り、お互いに反省すべき点は反省することが必要と考え、その話し合いを経て、ヨネダ君が教室に入れるようにしていく方針を確認しております。
これはヨネダ君、事件に関わった生徒及び学級に在籍する全ての生徒が安心して学習に取り組む環境を整えるためにも適切な対応と考えております。(略)なお、お子様の学習保障につきましては、チャレンジ学級をご利用ください>
つまり、誠一郎さんが"反省していないから"というものだった。
裁判で、誠一郎さん側は「教室で授業を受ける権利」を侵害されたと主張している。
一方、区側は「中学校に入ることは何ら差し支えないこと、生徒指導の根拠は教育上の生徒指導・生活指導の一環であることなどを繰り返し回答した」などと反論している。
また、「自発的に謝罪の意を示すことができるまでは原告が所属教室で授業を受けることを認めない方針としていたのであり、教室への入室を一切認めなかったものではない」としている。
そのうえで、教育を受ける権利を侵害しておらず、今回の生徒指導は「趣旨・目的に比して原告に過大な制約が課されていたことはない」として、適法だったとしている。
裁判所は一度、和解を提案したが、誠一郎さん側は拒否した。
「和解案で、学校と教育委員会が謝罪する場を設けるという話がでました。そもそも謝罪とは何か。息子の1年間は何だったのでしょうか。中学校の思い出の三分の一は校門の前ですよ」(誠一郎さんの父)
誠一郎さんも判決での決着を望んでいる。
「自分が手を出したのは悪かったけど、それ以外のことは悪いことをしていないと思っています。裁判で、学校が悪かったと判断してもらいたいです」(誠一郎さん)