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『SPY×FAMILY』フォージャー家とデズモンド家の対比から見えてくる、理想の“家族”のあり方 最新7巻レビュー

2021年07月13日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『SPY×FAMILY』から見える理想の“家族”

 遠藤達哉がマンガアプリ「少年ジャンプ+」で連載している『SPY×FAMILY』(集英社)は、特殊なシチュエーションのコメディ漫画だ。


(参考:【画像】予知能力を持った犬・ボンドも大活躍


 東国(オスタリア)で暮らすロイド・フォージャーは妻のヨル、娘のアーニャとしあわせな日々を送っていた。しかしフォージャー家は、ある目的のために作られたニセモノの家族だった。


 精神科医の夫・ロイドは西国(ウェスタリア)のスパイ〈黄昏〉。市役所で事務員として働く妻・ヨルは殺し屋〈いばら姫〉。そして、娘のアーニャは「心の声を読むこと」ができる超能力者。正体を隠し偽りの親子を演じる3人。しかし、本物の家族以上に心は通じ合っていた。


以下、ネタバレあり。


 最新刊となる第7巻では、ついに〈黄昏〉が国家統一党総裁のドノバン・デズモンドと対面する。


 〈黄昏〉の目的は「東西平和を脅かす」と恐れられているデズモンドに接触し、その動向を探ることだった。用心深いデズモンドは表舞台に姿を現さないが、唯一の例外が息子の通うイーデン校の懇親会。この懇談会に参加するために〈黄昏〉は家族を作り、アーニャをイーデン校に入学させたのだ。


 デズモンドの息子・ダミアンをアーニャが入学式に殴ったことを謝罪する名目でデズモンドに話しかけた〈黄昏〉は「改めてお宅に伺い、正式に謝罪を」と申し出るが、デズモンドは「いや結構」と笑顔で断る。


 父親に「自分のために怒ってほしい」と思ったダミアンは、〈黄昏〉の意見に同意するが、デズモンドの表情を見て萎縮してしまう。血が繋がっている本当の家族でありながらデズモンド親子の関係には距離がある。「偽りの家族」でありながら「深い繋がりを見せる」ロイド家とは真逆である。


 デズモンドは、笑顔と無表情の落差が極端で、何を考えているのか全くわからない。「血の繋がった子であろうがしょせんは他人」「他人を真に理解するのは不可能だ」「人と人は結局」「永遠に分かり合えん」と息子の前で平然と言うデズモンドは、東西の戦争を目論む恐ろしい悪党に見える。しかし、わざわざ懇親会に出席し、息子の努力を褒める優しい父親としての一面もある。初対面ということもあり〈黄昏〉はデズモンドの真意を測りかねていた。


 『SPY×FAMILY』は、国家間の戦争を全面に打ち出しており、背景にある世界観はシリアスで過酷なものだが、悪役の描かれ方はコミカルで、どんなに嫌な敵でもどこか愛嬌がある。だが、デズモンドは例外で、立っているだけで不気味な迫力を見せている。おそらく彼はラスボス的な存在だと思うのだが、そう考えた時に気になるのが、息子のダミアンである。


 ダミアンはこの7巻で表紙を務めているのだが、「MISSION:39」は彼が主人公のエピソードとなっている。点呼の時間に遅れた罰で寮母の手伝いをしていたダミアンと2人の子分が野外学習に連れ出され、川下りや釣りを楽しむ様子は「これこそ、子ども時代の幸福な時間」といった雰囲気で『ちびまる子ちゃん』(集英社)や『よつばと!』(KADOKAWA)を読んでいるような気持ちになる。


 悪役の息子ですら内面を掘り下げて魅力的に描くのは『SPY×FAMILY』ならではの展開だろう。特にこの7巻は、全員が主役のように描かれている。


 本作の主人公は〈黄昏〉、ヨル、アーニャの3人だが、それぞれの見ているものが違うため、違う世界の話を三作同時に読んでいるかのようだ。それでも当初は〈黄昏〉が物語の中心だと思っていたため、アーニャを中心とした子どもたちの話は箸休め的なものと思っていたが、アーニャを取り巻くイーデン校の物語はどんどん大きくなっている。


 ちなみに「MISSION:40」の主人公はロイド家で飼われている予知能力を持った犬・ボンド。「真っ暗」なイメージを予知し、数時間後に自分は死ぬと思ったボンドは、死を回避しようと考える。死因が「ヨルの作ったごはん」だと理解したボンドは、食事を避けるために〈黄昏〉の元へと向かい、彼の仕事を手伝うことになるのだが、犬を主役にして、こんな話が作れるのかと驚かされた。


 7巻は、主人公が違うエピソードが連なった短編集のような作りだが、誰が主役でも面白いのは、キャラクター造形が完璧だからだろう。登場人物が変わるごとに話のジャンルが切り替わるのだが、どの話もスタイリッシュなコメディに落とし込まれているため「『SPY×FAMILY』らしい」としか言いようのない後味の良さが残る。


 なお、この7巻でコミックスのシリーズ累計発行部数(電子書籍含む)は1000万部を突破。アニメ化などのメディア展開が始まっていない漫画が、ここまでの人気を獲得することは極めて異例である。


 前述したように、キャラクターごとに様々な話を展開する「振り幅の広さ」と「後味の良さ」が人気の理由だと思うのだが、それが成立するのは、本作が本質的な意味で「家族の物語」だからだろう。年齢も性別も違う「バラバラの物語」を生きる人々が一緒に過ごせる場所が“家族”なのだと『SPY×FAMILY』は教えてくれる。


(文=成馬零一)