高校時代に「バイトAKB」としてアイドル活動をしていた梅澤愛優香さんは、24歳になったいま、3店舗を経営するラーメン職人になった。昨夏にオープンした北鎌倉の店『中華蕎麦 沙羅善』は、こだわりのつけ麺がネットで大きな話題を呼んでいる。なぜ元女性アイドルが、男性的なイメージの強いラーメンの世界に挑んだのか。梅澤さんに話を聞いた。
バイトAKB時代の仕事とは?
梅澤さんは、神奈川県大和市出身。「バイトAKB」のオーディションに合格したのは、高校3年生の秋だった。2014年当時、AKB48はテレビで見ない日がないほどの人気だった。梅澤さんはそんな姿に憧れ、オーディションに応募。倍率約250倍の審査を勝ち抜いて最終合格した。当時の仕事は、どんな内容だったのだろうか?
「AKB劇場の公演前に前座として曲を披露したり、バックダンサーをしたり、風邪など体調不良でリハーサルに出られないメンバーさんの代役として、リハーサルに参加するような仕事が多かったです。主に他のメンバーさんの裏方で、時給1000円のアルバイト契約だったので、研究生とは位置付けも雇用形態も違いました。研究生は頑張り次第でメンバーさんにそのまま昇格できますが、バイトAKBの場合は改めてオーディションを受けるという形でした」
バイトAKBの1期生は約50人。同期のなかには、HKT48の松岡はなさん、NGT48の荻野由佳さん、西潟茉莉奈さんなど、いまもAKBグループで活動しているメンバーがいる。
「バイトAKB時代の一番の思い出は、NHKホールでの紅白歌合戦のリハーサルです。私は島崎遥香さんの代役で、両隣に指原莉乃さんと渡辺麻友さん、小嶋陽菜さん、後ろに高橋みなみさんがいて。緊張と気疲れで帰りの電車で具合悪くなりましたが、楽しかったです。バイトAKBとしての活動の最終日に、AKB劇場で行った卒業公演も思い出に残っています」
バイトAKBとしての活動期間は、もとから5カ月間と決まっていて、梅澤さんも高3の2月末で引退した。短い間だが、同期のメンバーたちと一緒に濃密な時間を過ごしたそうだ。
「みんな仕事を取り合うライバルでもあったけど、同じ目標を持つ仲間でもあったので、いまも仲の良い子はいます。一般企業に就職した子も多いんですが、フリーでモデルをしている子や、実家の神社で神主をしている子もいます。同い年で当時からずっと仲が良かった上谷沙弥は、いま女子プロレスの世界で活躍していますね」
ラーメン作りは「独学」で。
では、どんな経緯で、アイドルから「ラーメン屋」になったのか。梅澤さんはもともと、昔からラーメンが大好物で、高校では料理系の部活に入るなど料理好きだったという。
「最初はインスタントラーメンのちょい足しアレンジから始まって、そのうち自宅でラーメンを自作するようになりました。お店を開いたのは、試作を続ける中で物理的に材料などがキッチンに収まらなくなったことが大きいです。ラーメンの作り方はある程度わかっていたので、いっそのこと物件を借りて、お店をやっちゃおうと。当時のレシピを踏襲したラーメンは今も提供しています」
ラーメン作りはネットと本を読み漁り、食べ歩きがてら店内の様子や動き方を観察するなど、完全に独学。他のラーメン屋での修業経験はなかったという。そうした経緯もあり、家族はいきなり店を始めると聞いて、かなり心配したようだ。
「今は何も言われなくなりましたが、家族には反対されました。私は一回決めると周りが見えなくなるタイプらしく、よく猪突猛進と言われるんですが、1号店は家族に反対されたままスタートしました」
2017年9月、梅澤さんは20歳で『麺匠 八雲』の屋号で地元の大和市にラーメン屋をオープン。翌年10月には堀切菖蒲園に2号店を出店し、さらにその2年後、『沙羅善』を開店した。現在は約10人のスタッフで3店舗を切り盛りする。実は『八雲』の1店目と2店目の間に『味のとらや』という店や、フランチャイズ2店舗も経営していた時期があり、『沙羅善』は累計6店舗目になるという。
「暖簾分けだと元の店と比較してしまうお客様がどうしても増えるので、自分のお店を出して、最初から自分が決めた味とスタイルで勝負したい気持ちが強かったですね。とりあえず、やれるだけやってみようという感じでした。相談できる社員の方にも恵まれ、そうした周りの支えもかなり大きかったです」
1年契約の物件を借りて営業していた『味のとらや』では、自身の名前を伏せて1年間の黒字営業という目標を達成した。
「1店舗目を開店して本当にすぐの時も、自分の名前は伏せていました。3か月ほどで公表しましたが、しばらく悩んでいましたね。実際、元アイドルの肩書きから偏見を持たれることも多く、すごく悔しかったです。でも、その際、開業当時からいてくれてる女性社員さんに相談したら、『自分が持つ武器はちゃんと打ち出したほうがいい』とアドバイスをもらい。それからは自分の気持ち的にもラクになりました」
次は蕎麦屋を検討中
元アイドルの肩書きに伴うあれこれも、いまは前向きにとらえられるようになった。
「もちろん取材なども含めてポジティブな面もあります。今は写真や握手はすべてお断りしていますが、接客面でも大きな声で、目を合わせて話すなど、バイトAKBでの経験や学びが生きているなと思います。いま『八雲』の店舗営業は社員さんにお任せしていて、発注など外部の業者さんとのやり取りなども他の社員さんにお願いしているので、基本的に私は味づくりに集中できる最高の環境で働いています。バイトAKBのダンスレッスンもけっこうハードでしたが、もともと体力にも自信があります」
『沙羅善』は完全予約制で非日常の空間を味わえる「おもてなし」を意識した店づくりが特徴。客単価2000円という価格設定や高級感溢れるコンセプトは、ネットでも話題となった。お客さんは鎌倉観光がてら足を運ぶカップルなどが多いという。
「基本的には3店舗とも地元の方に長く愛されるようなお店を目指していて、最初に『八雲』の物件を探すときも繁華街ではなく、落ち着いた住宅街に出店する方針でした。『八雲』のほうはふらっと立ち寄られる近所の方が多く、特に土日はお子様連れのファミリーが多いです」
飲食店はコロナ禍で大変なイメージがあるが、遠出を控える影響もあり、「地元密着」をコンセプトにした梅澤さんの店は、むしろ売り上げが増えているのだそう。
「今後は3店舗をそれぞれの地元にしっかりと根付かせていきたいです。今は店舗の拡大展開は考えていませんが、沙羅善の奥にある客室スペースを使って、お蕎麦屋さんを別ブランドでやろうと試作づくりに没頭しています。今後何を始めようとも、私が私らしい姿と信念で料理を作っていけたら幸せです」