2021年07月11日 09:21 弁護士ドットコム
やるべき仕事を終わらせるとすぐに帰宅して家族と夕食。休暇は年に5~6週間分とるーー。ドイツでは、このような働き方が当たり前のものとして、社会に浸透しています。
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1人あたり年間労働時間はドイツ1363時間、日本1680時間とドイツが300時間以上も短くなっています(2018年/『データブック国際労働比較2019』より)。
そのうえで、労働生産性(労働者1人あたり、もしくは1時間あたりに生み出す付加価値)は日本を大きく上回ります。ドイツの1時間あたり労働生産性は、日本の46.78ドルの1.4倍にあたる66.36ドルです(2019年/OECD Dateより)。
なぜ、このような差が出てしまうのでしょうか。日本はドイツを真似して労働時間を減らしさえすれば、生産性の高い国になれるのでしょうか。
日本のメガバンクからドイツ最古のプライベートバンクであるメッツラー・グループに転職して両国の働き方を経験し、著書『ドイツではそんなに働かない』(2021年、KADOKAWA)を上梓した隅田貫氏に聞きました。(ライター・拝田梓、編集部・新志有裕)
ーーなぜ、このような日独の違いが出るのでしょうか。
ドイツ日本研究所のフランツ・ヴァルデンベルガー博士は、日独の違いについて、次のように語っています。
「ドイツと日本は、国民をどう捉えるかの考え方が違います。ドイツは国民をどちらかといえば労働者だと捉えて、労働者の権利に重きを置いてきました。日本は消費者だと捉えて、消費者の権利を重視していると思います」
ドイツでは、労働者の権利を重視するために、労働者が働きやすい国を作る一方、日本では、消費者としての権利を重んじたので、「お客様は神様」という意識が強くなったのではないか、ということです。いい製品、サービスを少しでも安く提供することが当たり前、という感覚が根強いため、サービスを提供する人のストレスにつながる面もあります。
わかりやすい例として、航空会社のCAを例にとってみましょう。日本の航空会社の場合、床に置かれた大きな荷物を棚にしまう必要がある場合、CAはひざまずいて、丁寧に説明しますが、ドイツの航空会社の場合、「決まりだから」と命じるだけです。
ーーどうしてドイツでは労働者の権利が強くなっているのでしょうか。
権利は勝ち取るものだという国民の意識が強く、労働者を保護する法律が強いということがあります。例えば、閉店法という法律をご存知でしょうか。日曜日と祝日は営業してはいけないというユニークな法律です。例外的な店舗もあるのですが、24時間営業のコンビニをドイツで見たことがありません。
また、ドイツの労働組合は会社ごとではなく、産業ごとに組織されているので、会社に対してとても強く交渉します。
ドイツに長く住んでいて思ったのは、サービスを提供する側と、受ける側が対等の関係だということです。ドイツの店舗は、「嫌ならば買わなければ良い」というスタンスですね。
ーー日本では最近、顧客からの過度なクレームが「カスタマーハラスメント」だとして、労働問題化していますが、どうとらえればいいのでしょうか。
日本は、お金を払った方が偉いという思いからか、消費者が提供者側に対応を求めすぎているように感じます。思考停止しているといってもいいでしょう。ドイツでは、安いカフェで最悪なサービスを受けても、料金に見合ったサービスを受けているだけだと割り切り、客は文句を言いません。
もちろん、消費者保護は大事なのですが、提供者側になんでも求めてしまう関係を助長するような保護ではなく、自ら判断できる消費者になってもらうことも大事です。
ーー日本の労働生産性の低さについては、デフレも含めて様々な指摘がありますが、消費者の期待に過剰に応えようとするあまり、労働時間が長くなってしまうことも理由の一つだということですね。この現実にどう向き合っていけばよいのでしょうか。
国内ではなく、海外に目を向けることですね。
日本人が経営するレストランは海外で愛されています。個々の理由はあるはずですが、ひと手間多くかかっていることにあると思っています。
つまり、「食べてくださる方の笑顔が見たい」と考えて、ひと手間多くかけることを非効率とみるか、クオリティの向上とみるか、ということです。日本企業が、ひと手間多くかけている心遣いは、本来いい事なんです。
「生産性が低い」と言われるのは、日本の良いものが安い、ということでもあります。だからこそ、海外で高く売ればいいんです。日本のサービスは世界一だと思っています。お金を払ってくれる世界中の人を相手にすべきです。
ーーそれは、良い部分を生かしながら、変えていこうという話ですね。ただ、世界に出ていくうえでは、日本人の仕事のやり方も問われるのではないでしょうか。たとえば、あいまいな忖度や、あうんの呼吸は通じないのではないでしょうか。
必ずしも、あうんの呼吸が悪いわけではありません。日本人自身が日本人の「トリセツ」をわかっていないことが問題なのです。
労働生産性を上げるには、分子である付加価値を増やすか、分母である労働投入量を減らすか、どちらかなのですが、分母を減らしてばかりだと、窮屈になって、やりたい仕事もできなくなります。
分母だけでなく、分子を増やすために、もっと自由にやらせるべきなのです。
日本人は、上が言わなくても黙って工夫をします。現場力は世界でナンバーワンだと思っています。はしごを外さず、思う存分やってもらえばいいんです。
ーー「日本人のトリセツ」を考えるうえで重要なのがマネジメントのあり方だと思います。日本とドイツで、マネジメントの仕方はどう異なるのでしょうか。
ドイツの場合、管理の対象は「人」ではなく、「リスク」です。人は自由に動いていいんです。
ドイツのメッツラー社にいた時、交わすべき書面を交わしていなかったためトラブルになっていると報告してきた部下がいました。私が開口一番「なんでそんなことをしたの?」と言ったら、
「ミスター・スミタ、あなたの仕事は『なぜ?』と聞き返すことではない。事後処理にベストを尽くすのが、あなたの仕事だ」「私が報告しなければ、私がルール違反をしたことはわからなかったはず。私に対して、『報告してくれてありがとう』と感謝すべきだ」
と言われました。しばらく言葉を失いましたが、言い分は筋が通っています。
メッツラー社では、誰かが失敗しても個人を非難したり犯人捜しをしたりしません。仕事がうまくかないときは、上司は部下に「できるようするには何をしたらいいか」を考えさせます。
日本人はルールを一度作ると、そのルールがなぜ作られたかというのを考えずに、ガチガチに守ろうとします。しかし、ルールで人を縛りつける職場で本当に働きやすいのでしょうか。
ーー著書の中で、「1つの作業をみんなで担当することで、結局1人あたりの仕事を増やすことになる」として、アサインメント(役割分担)の大事さと、同調圧力からの解放を繰り返し主張されていたことが印象的でした。
アサインメントを明確にするのは責任を明確にするためです。
ドイツ人のアサイントメントに対する意識について印象的だったエピソードがあります。
ある日、会社のポストに届いていた郵便物を私がオフィスまで持って上がって、「これ、届いていたよ」と秘書のデスクに置きました。すると、「これは私の仕事であって、あなたの仕事ではないでしょう」と秘書に怒られました。
これが、ドイツ人が認識するアサインメントというものかと理解しました。
ーー日本企業の雇用や人事の仕組みの多くは、職務を明確にして、人を採用する「ジョブ型」ではなく、職務を明確にせず、人をあてる「メンバーシップ型」とも呼ばれています。仕事のやり方としては、誰が何をするのかがはっきりしない面があるため、よく言えば「助け合い」、悪く言えば、「忖度」のようなものにつながっているとも思うのですが、これは変えるべきなのでしょうか。
忖度すること自体は悪い事じゃないと思うんですよ。アサインメントを明確にし、責任をはっきりさせた上で忖度し合えば、1+1が3になります。
アサインメントをはっきりさせ、「まず私がやる」という意識を持ち、そのうえで上手に頼り、頼られることですね。日本人は自己肯定感が低いと言われますが、自己肯定感を上げるには頼られる経験も大切です。
そのためには、日本から出ていき、関係を築いていくことが大切です。80億人に対してコミュニケートしていくんです。
明治時代の岩倉使節団ではありませんが、もう一度世界に出て、日本の常識と違うことが行われていることを見て、カスタマイズして取り入れるべきです。
ーーつまり、他の国の真似をするだけでなく、自分たちなりの姿を探していこう、ということでしょうか。
生産性については、主要国の中でアメリカがトップです。アメリカのカルチャーは「Winner takes all」、勝った人間が総どりすることにあります。ドイツの生産性はアメリカに劣りますが、年間5~6週間分の休暇を取るように、労働時間の短さに特徴があります。
日本人がどう生きるかは、アメリカ人やドイツ人とは違うと思います。時間の使い方や、幸せの形を考え、暮らしやすいカルチャーを自分たちで作っていくべきです。私は日本の今後について、悲観することは何もないと思っています。
【プロフィール】
隅田貫(すみた・かん)
メッツラー・アセットマネジメント シニアアドバイザー。日独産業協会特別顧問。 1959年、京都生まれ。1982年、慶應義塾大学経済学部を卒業後、MUFG(旧東京銀行)に入行。3回(計10年以上)にわたるドイツ・フランクフルト勤務を経て、2005年よりドイツ地場老舗プライベートバンクであるメッツラー・グループ(Metzler Asset Management、1674年創業)フランクフルト本社で日系機関投資家を対象とした投資顧問業務を担当。本社唯一の日本人として日独企業風土の本質及びその違いを見る目を養う。20年にわたるドイツ勤務経験を活かし、日独産業協会(NPO)特別顧問として日独経済人の懸け橋として尽力。