2021年07月09日 14:01 リアルサウンド
死んで花実が咲くものか。そう思っている人には、死んで生まれ変わって大暴れする「異世界転生」ものより、生きたままで現実とは違う世界に没入できる「VRMMO」ものの方が合っていそう。「VRMMO」とは、仮想空間に作られた世界に専用のデバイスで入り込んで遊ぶゲームのことだ。
とくに硬梨菜が小説投稿サイト「小説家になろう」に連載した作品を、不二涼介がコミカライズして「週刊少年マガジン」に連載している『シャングリラ・フロンティア ~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~』(以下、シャンフロ)なら最高だ。“ギフト”を得て異世界に転生した主人公の無双劇もいいが、本作では、幾つものゲームに挑んでは、難敵を倒し難題をクリアして成長していくキャラクターたちに出会うことができる。
6月17日発売の最新4巻の表紙を見てほしい。拳を固めてファイティングポーズをとり、不適な笑みを浮かべる小柄な少女のキャラクターが描かれている。第1巻から『シャンフロ』の漫画を追い続けていた人なら分かるが、第1巻で読むのを止めたか、連載を飛ばし飛ばし読んでいた読んでいた人は、誰だこいつと思ったかもしれない。
本編の主人公で、極端に攻略が難しかったり、バグだらけだったりして「クソゲー」と呼ばれるゲームばかりを好んでプレーするサンラクの、ゲーム上の友人がその少女・オイカッツォ。実は第1巻でも別の名前と姿で登場していた。実際に操作している人間は誰なのかは連載&単行本を読んでいくか、ネット上の厖大なテキストを追って確かめよう。
ひとつ言えるのは、誰にだってなれて、何度だって挑めるVRMMOの楽しさを、オイカッツォもサンラクも存分に堪能しているということ。読めば自分も参加してみたいと強く思わされる。
「VRMMO」ものといえば、川原礫による世界的な人気作『ソードアート・オンライン』(以下、SAO)が代表的な作品だ。その最初期、主人公のキリトやアスナが閉じ込められた「ソードアート・オンライン」というゲームは、ヒットポイントがゼロになった時点で現実の肉体も死んでしまうという、残酷な設定があった。
『ソードアート・オンライン プログレッシブ』のシリーズで現在、「アインクラッド」編のエピソードが描かれ直しているが、ゲーム内のダメージが現実の生死にも関わってくるとあって、ヒリヒリとした緊張感が全体を彩って心を締め付ける。だからこそ『SAO』は人気になったとも言える。対して『シャンフロ』は、逆にお気楽かつ陽気に、さまざまなゲームを体験しては心から楽しんでいる奴らの姿が、読む人をもっと気楽に生きようと思わせる。
もっとも、さすがにその姿はないんじゃないのと言われそうなのが、主人公のサンラクが『シャンフロ』内で選んだアバターだ。何しろ半裸で鳥頭。『SAO』のキリトのようなイケメンからもほど遠いサンラクが主人公では、いくら活躍しても人気なんて出ないんじゃないか。そんな心配もあった。
ところが、『シャンフロ』シリーズは「週刊少年マガジン」誌上で好評を博し、連載が続いている。なぜか? 想像するなら、サンラクがたとえ遊びであっても真剣に、『シャンフロ』や他のクソゲーに挑んでいる熱さに、読者が魅せられてしまうからだろう。
現実世界ではサンラクと同じ高校に通う女子生徒で、『シャンフロ』内では「最大火力(アタックホルダー)」の異名を取る「サイガ-0」として無双している斎賀玲がサンラクを好きになったのも、楽しそうにゲームに向かう姿を見染めたから。そして読者も、VRゴーグルをかけていなくても読むだけでVRMMOの世界に連れて行ってもらえるところに惚れている。そこが人気の理由なのかもしれない。
漫画では『シャンフロ』が主戦場となっているが、ネットでの連載では別の対戦ゲームなどに挑んで、全米一のプロゲーマーが率いるチーム相手に大暴れするシーンも描かれている。不敵な美女といった佇まいのペンシルゴンが、そのゲームで見せる非道きわまりないプレーは果たして漫画にできるのか。そんな興味も浮かんでくる。
まずはサンラクの活躍ぶりを見守りつつ、共に『シャンフロ』の世界を、そして他のクソゲーの世界を歩んでいこう。
■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。
■書誌情報
『シャングリラ・フロンティア ~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~』1~4巻(KCデラックス)
原作:硬梨菜
漫画:不二涼介
出版社:講談社