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『怪獣8号』異例の“中年ヒーロー”で人気作に 戦う大人のカッコ良さを描く意義とは?

2021年07月05日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 読者と同じ世代である、中学生や高校生などが主人公の作品が主流の「少年漫画」。そんな少年漫画界の代表とも言える「週刊少年ジャンプ」のアプリケーション「少年ジャンプ+」に、夢を半ばで諦めた「おっさん」を主人公とする異色の人気作がある。それが松本直也作、怪獣大国日本を舞台としたファンタジーバトル作品『怪獣8号』(集英社)だ。夢と活力に溢れた若者では無く、くたびれた中年をヒーローとして描いた本作。リアルサウンドでも幾度と無く『怪獣8号』については論評して来たが、この“おっさん=ヒーロー”の式も、本作が読者に提示した大切なテーマだと感じる。


参考:『怪獣8号』は特撮映画とバトル漫画の良いトコ取り 隙のない展開で一躍大人気作に


 怪獣と人間の戦いと共に、中年主人公の数奇な人生を描く本作。現代で「おっさん」と言えば失礼な話、何かと嫌われがちとなってしまった存在のように思う。世の中に「お父さんと一緒に洗濯しないでよ」なんてセリフも定着して久しいが、その状況は家族間に限ったことでは無い。しかし『怪獣8号』はそのおっさんを主人公とすることで、努力するおっさんを描き続けた。


 物語開始当初、主人公である日比野カフカは、怪獣専門の死体清掃会社に務めていた。誰にも褒められない裏方として従事していた彼は、防衛隊第3部隊隊長の亜白ミナを物憂げな表情で見つめる。小学生の頃、怪獣の被害によって家を失ったカフカは、幼馴染みと共に防衛隊員となる約束をした。そして彼女と「どちらが強い防衛隊員になるか勝負だ」と話すカフカ。その幼馴染みこそ第3部隊の英雄である亜白ミナだった。


 いつの間にか開いてしまった差を目の当たりにし、情けない言葉を口にしては今の生活で満足だと言い聞かせるカフカ。挙げ句の果てには防衛隊志望で一回り以上年下のバイト、市川レノにバカにされてしまう始末である。それでもカフカは、ヘラヘラと「お前も歳食ったらわかるようにーー」と返す。この辺りの受け流すうまさと達観の仕方は、彼の頼り無いおっさんの雰囲気を増幅させる。


 しかし根は優しく漢らしいカフカは、その後再び防衛隊隊員を目指す決意を固めた。以前の試験では体力テストの結果も悪くは無かった彼。しかし32歳を迎えたカフカの結果は、225人中219位。年下の同期からは数歩遅れをとるものの、彼は泥臭く自分の長所を活かし少しずつ夢へと歩を進め始めた。


 諦念に塗れたおっさんとして登場したカフカだが、その頑張る姿を見ていると胸が熱くなる。若者との能力差やブランクに驚愕しながら、それでも自分の長所を活かすため自分のためにも他人のためにも体を張る。様々な経験を経て現実を知るおっさんだからこそ、その姿はより輝いて見えた。


 またカフカは数奇な運命を辿るのだが、その悲運と言わざるを得ない展開にもその年齢が良い味を出している。


※以下ネタバレを含む。


 怪獣襲撃事件がきっかけでレノとの関係を築いたカフカは、彼に背中を押され再び防衛隊を目指すことを誓う。しかしカフカの目の前には、怪獣のような姿をした1匹の虫が。それを飲み込んでしまった彼は、禍々しい姿をした怪獣の姿に変身してしまったのだ。


 後に「怪獣8号」のコードネームが与えられる怪獣となってしまった彼は、その正体を隠しながら防衛隊入隊を志す。まさしく名前の通り、「変身」に悩まされる主人公となったカフカ。しかし彼は仲間や市民のピンチであれば、迷わず強力な怪獣8号へと変身した。市民の前ではもちろん、入隊試験中や絶対にバレてはならない上官が見ている前でも、怪獣となり他人のために戦う。これらの場面からは、カフカの大人だからこその覚悟や独特の哀愁が見て取れる。この行動は未熟さが残る少年少女では、簡単にできる所業では無いだろう。確かにカフカは落ち着きも無く若者に張り合い、飲みの席では絡む典型的なおっさんだ。しかし底を知りながらも努力を重ね、上手くはできなくても他人を救う彼を誰がカッコ悪いと思うだろうか。


 そしてこれは空想上だけの話では無い。世の中にはなりふり構わず取引先に謝罪する上司を見て、ダサいと思う部下もいるだろう。しかし家族のことを考えながら、下げたく無い頭を下げるおっさんのどこがカッコ悪いだろうか。そんな上司も会社のため家族のために自身のプライドを差し置ける、カッコいい「おっさん」なのだ。


 大迫力で描く怪獣バトルや、厨二病要素満載の設定の数々で漫画好きを虜にする『怪獣8号』。本作はバトルはもちろん、怪獣に関しての謎がひしめくミステリー、過去の約束やライバルを取り巻く人間ドラマなど、数々の魅力的な要素が所狭しと盛り込まれている。しかしその中心に堂々と座り、キャラクターや読者の心を動かすのは、何を隠そう「おっさん」だ。本作は“おっさん=ヒーロー”の価値観を提示しただけでも、素晴らしい作品であると言えるだろう。(青木圭介)