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漫画「映画大好きポンポさん」シリーズが訴える、映画への畏怖と創作の喜び

2021年07月04日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 6月4日に公開され、ジーン・フィニという男の映画に対する凄まじいまでの執念を90分の中に見せてくれた、平尾隆之監督による劇場アニメ『映画大好きポンポさん』。ならば、原作となった杉谷庄吾【人間プラモ】による漫画「映画大好きポンポさん」シリーズも同じかというと、こちらはもっと多く、そして広い範囲の映画に関わる人たち、映画に心を惹かれた人たちの思いを、滝のように浴びせてくる作品になっている。


 映画のことしか関心がないジーン・フィニという男が、学校を出て入った映画スタジオで、少女ながらも敏腕プロデューサーとして鳴らすポンポさんのアシスタントとなって1年。撮影現場では熱心にメモを取り、時間ができれば試写室で映画を観ながらやっぱり細かいメモを取るジーンを見て、ポンポさんは新作映画の監督に抜擢する。


 せっかく撮影した感動のシーンでも、1本の映画にまとめる上で不要ならバッサリと切るドライさ、過労で倒れて入院した病院を抜け出し、編集室にこもるジーンの不屈さに、そこまでするのかと驚いた人も多かっただろう。


 だったらどうして、『映画大好きジーンくん』ではないのか。原作漫画でも、スピンオフとして女優を目指す2人を主役に据えた『映画大好きフランちゃん』『映画大好きカーナちゃん』が刊行されながら、ジーンの名を冠した巻は出なかった。それでいて、ほとんどのシリーズで、ジーンは映画作りの現場で監督として差配を振るい、「ここまでしなければ良い映画にはならないのだ」という執念を、身をもって示して周りを引っ張る。


 映画というものに、極限までのめり込んだ人間の代表としてジーンが存在することで、ポンポさんに抜擢された新人女優のナタリーも、スピンオフに描かれるフランやカーナも、そしてポンポさんや彼女の知人や同級生たちも、自分の映画というものに対する姿勢を確認しては、改めて映画作りにのめり込んでいく。それが「NYALLYWOOD STUDIO SERIES」と銘打たれた「映画大好きポンポさん」シリーズなのだ。


 『映画大好きポンポさん2』で、ジーンはクリエイターとしての情熱に従って、監督を依頼された映画を好き勝手に編集して放り出し、ポンポさんに大迷惑をかける。その後、ジーンは自分で納得のいく脚本を書き、ポンポさんプロデュースの映画に良く出ている女優のミスティアを主役に撮りあげるが、そこにポンポさんが脚本を書き、仲の良いコルベット監督とともに仕立て上げた映画で勝負を仕掛けてくる。


 “ニャカデミー賞”監督で重度のシネフィルでもあるジーンが見ても、納得の脚本と映画を作り上げるポンポさんの才能は凄まじいが、そんな場へと引っ張り出したのはジーンの振り切れた映画への思いだ。


 スピンオフ作品のうち、ダイナーで働きながら女優を目指すフランを主役にした『映画大好きフランちゃん』では、『映画大好きポンポさん2』でジーンが新作映画に取り組む裏側で、ポンポさんのチームに起こっていた事態が描かれる。女優を目指してオーディションに臨んでは連敗続きのフランに対して、ポンポさんは「オーディションに行ったら、台本なんか読んでないで他の人の演技を見ろ」という趣旨の言葉を投げかけ、自分がどれだけヘマをしてきたかを分からせる。


 そうして演技の質を上げたフランが主演した映画が、ジーンの映画と並んで評判になった後、フランには出演のオファーが舞い込むが、そこでフランがとった行動がまたジーン譲り、あるいはポンポさん譲りの豪快なもの。ジーンやポンポさんに刺激された映画バカがひとり誕生した。


 また、フランの後輩にあたるカーナが主役の『映画大好きカーナちゃん』では、人気俳優の相手役として銀幕デビューが叶いそうなカーナが、ぶつかった演技の壁を乗り越えようとして取り入れた演技法が凄まじい。SF映画が大好きな脚本家も登場するが、思い込みに走らず、観客のために分かりやすさを心がけた脚本を書く大切さが描かれる。ジーンも自分に妥協はしない。それは作った映画を観てほしい人の理想に近づけるためだ。クリエイターたちの情熱が向かうべき道が、いくつも示された漫画だった。


 『映画大好きポンポさん3』はジーンの監督業にかけるとてつもない熱量を、倍増しで浴びせられるストーリーだ。ジーンやポンポさんたちの活躍に刺激されたか、ポンポさんの祖父で名プロデューサーとして知られたペーターゼンが現場に復帰し、ジーン監督で1本映画を撮り始める。その一方で、ポンポが通う学校(学生だったのだ!)の同級生にカメラマンの才能を持った少女がいて、ポンポは彼女のために1本映画を撮ろうとする。そこで起こったのは、かつてのジーンとの映画対決よりも凄いこと。唖然とさせられること請け合いだ。 結果、ひとりの才能に溢れたカメラマンが誕生し、ポンポさんの近くで燻っていた俳優が日の目を浴び、大舞台へと駆け上がっていく。


 映画は本当に良いものだ。そしてとてつもなく怖いものだ。そんな思いにさせてくれる原作が、「映画大好きポンポさん」シリーズにはこんなにある。アニメ映画が大好評の平尾監督だが、自ら描いたジーンの熱量に刺激され、次また次とアニメ化に挑んでくれないか。そんな思いが今、激しく募っている。


■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。


■書誌情報
『映画大好きポンポさん』(ジーンピクシブシリーズ)
著者:杉谷庄吾【人間プラモ】
出版社:KADOKAWA


■公開情報
『映画大好きポンポさん』
全国公開中
声の出演:清水尋也、小原好美、大谷凜香、加隈亜衣、大塚明夫、木島隆一
原作:杉谷庄吾【人間プラモ】(プロダクション・グッドブック)『映画大好きポンポさん』(MFC ジーンピクシブシリーズ/KADOKAWA刊)
監督・脚本:平尾隆之
キャラクターデザイン:足立慎吾
制作:CLAP
主題歌:「窓を開けて」CIEL(KAMITSUBAKI RECORD)
挿入歌:「例えば」花譜(KAMITSUBAKI RECORD)/「反逆者の僕ら」EMA(KAMITSUBAKI RECORD)
配給:角川ANIMATION
(c)2020 杉谷庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA/映画大好きポンポさん製作委員会
公式サイト:https://pompo-the-cinephile.com/