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カツセマサヒコが考える、“いま”小説を書く意味 「先輩の作家の方々に『あいつ、イヤだな』と思われてるかも」

2021年07月03日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

カツセマサヒコが、“いま”小説を書く意味

 長編小説デビュー作『明け方の若者たち』(北村匠海の主演で映画化も決定)に続くカツセマサヒコの新作『夜行秘密』は、川谷絵音率いるバンドindigo la Endとの“コラボ小説”だ。アルバム『夜行秘密』に収録された14曲をモチーフにした本作は、映像クリエイターの宮部、バンドマンの音色、劇団員の凛、男子高校生の松田などが織り成す群像劇。作家・カツセマサヒコの新たな可能性を感じさせる作品に仕上がっている。「小説本来の、想像力で物語を立ち上げることの第一歩を踏み出せたと思います」という本作『夜行秘密』について、カツセ自身に語ってもらった。(森朋之)


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■「こういうものも書ける」と示したい気持ちもあった


――ベストセラーになったデビュー作『明け方の若者たち』に続く新作『夜行秘密』は、indigo la Endとのコラボレーションによる作品です。


カツセマサヒコ(以下、カツセ): “indigo la Endとのコラボ小説”と謳っていますが、共著ではないので著者名はカツセマサヒコだけですし、小説家としての2作目に対するプレッシャーを強く感じています。


――前作『明け方の若者たち』を発表したときは、“SNSで人気のウェブライターが小説家デビュー”と報じられることが多かったと思います。今回は、“気鋭の作家による待望の新作”なので、かなり状況が違っていて。


カツセ:前作は「1/3くらいは私小説ですね」と説明していたんですが、2作目を期待していますという声をたくさんいただいたのは、つまり「こいつはフィクションを書けるのか?」と品定めされているところもあったと思うんです。そこにどう向き合うかは、この小説を書いているときもずっと考えていました。


――小説『夜行秘密』は、章ごとに主人公が入れ替わる形式。登場人物同士のつながり、関係の変化によってストーリーが動くスタイルは、前作とはまったく異なりますね。


カツセ:逆張りと言いますか、「こういうものも書ける」と示したい気持ちもけっこうありました。『明け方の若者たち』には固有名詞がたくさん出てきて、「イメージしやすい」「エモい」みたいなことをよく言われたんですけど、今回は架空の街で、固有名詞も極力減らすような真逆の書き方をしたので。ストーリー展開も、予想は裏切りつつ、でも、前作を読んだ人の期待には応えられている気がします。


――プロットや登場人物の造形に、indigo la Endのアルバム『夜行秘密』の影響はどれくらいあるんですか?


カツセ:今回のコラボレーションのお話をいただく少し前から、『明け方の若者たち』の映画化の話が進んでいて。脚本も見せてもらったんですが、そのときに「原作に対して従順に寄り添うだけでは、映画として面白いものができるわけではない」と感じたんです。音楽には音楽の、映画には映画の、小説には小説の魅力があるはずなので、今回の場合も「小説ならではの魅力が発揮される形に持っていかなくてはいけない」と強く思って。たとえば「14曲入りのアルバムなので、14編の短編小説を書きます」みたいな感じだと、歌詞の行間を埋めるだけの物語になってしまう。それでは音楽の世界から飛び出すことはできないと感じたので、14曲を養分にして、1本の幹を作るつもりで書き始めました。indigoのファンの方がこの小説を読んだら、「私の大好きな『チューリップ』をそんなふうにしないで!」と思うかもしれないけれど、自分の解釈を信じようと。


■「それをやってしまったらプロじゃないな」


――実際、アルバムの世界観と小説のストーリーの印象はかなり違いますよね。


カツセ:でも、自分一人ではこういう構成は作りあげられなかったと思います。アルバムに入っている14曲を何度も聴いて、歌詞を自分なりに読み解きながら、作り込んでいって。indigoは失恋の歌が多くて、ラブソングの名手というイメージがあったんですが、今回のアルバムはそうじゃない曲もかなりあるんです。倫理観、死生観、人間の業といったものが色濃く描かれている歌詞もあるし、それらに導かれるように登場人物の立ち位置や展開を決めていきました。たとえば宮部のような人物は、『左恋』『固まって喜んで』がなかったら浮かんでこないです。


――歌詞に込められた思い、それ自体に影響を受けたというか。具体的にはどのように小説の骨組みを構築したんですか?


カツセ:まずは一曲ごとの歌詞と曲の解釈を紙に書き起こして、それらを並べながら、どうしたら一つの物語になるだろうと考えました。何とかプロットになって、書き始めた後もいろんな変化が起きたんですよ。途中で「ここが伏線になってるじゃん」と気付いたり、自分でもおもしろかったですね。川谷さんご自身も「歌詞は、いろんな人が幅広く解釈できるように書いている」と仰っていたので、そこに甘えようという気持ちもありました(笑)。川谷さんとの打ち合わせも1回だけで、その場で「お任せします」と言ってもらって。歌詞の不明点はいっぱいあるんですけどね、いまだに。「これはどういう意味ですか?」と書いている途中で聞きたかったけど、それをやってしまったらプロじゃないなと思って。ただ、打ち合わせの最中に「それは、僕と彼女だけの秘密です」というセリフだけは浮かんで、そこに着地する物語にしようと決めました。ゴールさえ決まれば、途中、どれだけ迷子になっても大丈夫かなと。


――実際、中盤以降は怒涛の展開になりますよね。先が読めないストーリーだし、かなりシリアスな場面もあって。


カツセ:ありがとうございます。中盤からドライブがかかって、止まらなくなるような感覚は自分でも感じていて。書いている時も、ちょっと躁状態だったというか(笑)、勢いよく書いている感じは出てますね。序盤は「『明け方の若者たち』っぽいな」と思われるかもしれないけど、5章あたりからガラッと変わるし、おもしろく読んでもらえると思います。


■今、このときに出すべき小説を書きたい


――『夜行秘密』には、パワハラ、セクハラの問題、SNSの怖さ、ジェンダーや性的志向など、現在の社会とリンクしたテーマも織り込まれています。そこは当初から意識していたんでしょうか?


カツセ:せっかく二作目を出版できるんだったら、今、このときに出すべきものを書きたいと思っていました。そこも前作との違いかもしれないです。『明け方の若者たち』は自分の中へ中へ、記憶を潜るように書いたところがありましたが、今回はもっと外に向かっていって、社会を映すように書いていったので。14章あるので、登場人物も多いんですよ。メインキャラクターは7人ですが、年齢、ジェンダー、職業なども違っていて。いろんな人を書くことで、一つの社会の縮図を描きたいと思っていたし、自分にとってはチャレンジの一歩目ですね。


――作品を通して社会にコミットしたい気持ちも強まってるんですね。


カツセ:社会を良くしたいとか、そういう気持ちで書いたわけではないんですけど。ただ、本屋大賞を受賞した『52ヘルツのクジラたち』の町田そのこさんと対談が一つのきっかけにはなりました。あの小説を読んで、今まで気づかぬフリをしていた存在や、クラスの端っこで泣いていたであろう人を見て見ぬふりして過ごしていた自分に気付かされてしまって。


――『52ヘルツのクジラたち』には、ヤングケアラーやDVの問題も扱ってますね。


カツセ:そういう事柄を書くのは傷が伴うと思うんです。でも町田さんはしっかり描き切って、その先まで見せてくれて。それはもちろん筆の力だし、この時代の日本で小説を出すことの意味はそこにあると感じたんです。すごく刺激を受けたし、「夜行秘密」にも影響していると思います。「この1冊を書くことで、誰が救われるのか?」ということに向き合うきっかけにもなりました。


――どう考えても生きづらい社会ですからね……。


カツセ:非常に高度な倫理観を求める社会になって、それ自体は悪いことではないですが、一方では、その流れに乗れない人もいる。それがリアルだし、「そういう人がそこにいます」ということは書きたくて。センシティブな内容もあるので、反応が怖くもありますけど、書いた以上は全ての感想を受け止めるつもりです。SNSについても、いろいろ考えるところがあって。僕自身、フォロワーが増えるにつれて見られ方も変わってきているし、友達がSNS上で炎上したことも何度かあって。燃えたら終わりではなく、その先の人生があることも、この小説で書きたかったことの一つです。


■音楽に救われてきた人間だと思う


――作中に登場するロックバンド、ブルーガールの描き方も、この小説の核の一つだと思います。SNSでバズったことで人気を得て、紆余曲折ありながらも、フェスでメインステージを張るバンドになっていく過程にすごくリアリティがあって。


カツセ:前々からバンドものを書きたいと思っていたんです。僕も大学の時にちょっとバンドをやってたことがあって、それがすごく楽しくて。今作でバンドが成長する姿を物語の時間軸に沿って書けたのは嬉しかったです。代表曲ができた後、それを超える曲を作る話も書きたかったし、超えられなかった話も書きたくて。それは自分自身と重ねているところもありますね。もし今回の小説が売れなかったら、「おまえ、ダメだったじゃん」と言われるだろけど、それはそれでおもしろいだろうし。


――すごい覚悟ですね……。


カツセ:いえいえ。あとは、バンドの話を入れることで、普段、音楽しか聴かないような人たちも、小説に親近感を持ってもらえるかもという意図もありましたね。


――「どうしたら読んでもらえるか」ということも意識しているんですね。


カツセ:売ることは大事だと考えています。前作も「どうしたらヒットするか」を考えながら書いたし、それは今回も同じで。どうしたら手に取ってもらえるか、飽きずに最後まで読んでもらえるか、人に勧めたくなるかを意識することは、すごく大事だと思います。もしかしたら先輩の作家の方々に「あいつ、イヤだな」と思われてるかもしれないけど(笑)。


――(笑)。手に取ってもらわないと、始まらないですから。


カツセ:そうだと信じたいです(笑)。あと、きっとindigoのバイオグラフィーに「アルバム『夜行秘密』のコラボ小説を発売」と書かれるじゃないですか。バンドの歴史に残ることでもあるので、それに恥じない小説にしたいと強く思っていて。川谷さんには「いろいろ考えさせられたし、いろんな感情が生れました」と言ってもらえて、赤点ではなかったのかなと。メンバーの皆さんの感想はまだ聞いていないので、戦々恐々としていますが(笑)。


――大丈夫だと思います(笑)。カツセさんはTwitterでも音楽の話題を発信してるし、音楽から刺激を受けることも多そうですね。


カツセ:はい。どちらかというと、音楽に救われてきた人間だと思うので。最初に好きになったのは、小6のときに聴いた「終わりなき旅」(Mr.Children)なんですよ。そこからミスチルが好きになって、メジャーの音楽を聴くようになって。大学に入ってバンドをはじめてから、少しずつライブハウスに足を運ぶようになって、インディーズのバンドのエネルギーにすごく刺激を受けて。ヒットチャートだけを見てると、下北沢のライブハウスの熱量や衝撃はわからないし、そこから得られるものはすごく大きいです。演劇にも似たような感覚を持ってるんですが、ライブや舞台を見ることで、自分のなかで物語が浮かぶことも多いので。


■“翼を広げて、明日へ”だけではダメ


――小説『夜行秘密には、様々なキャラクターが登場しますが、思い通りの人生を進む人はほとんどいなくて。安易なハッピーエンドにしないのは、カツセさんの作家性ですよね。


カツセ:相変わらず報われないですよね (笑)。そういうリアリティは、確かに根底にあるかもしれない。実際の社会では、そう簡単にハッピーになれないと思うし、小説を読んでいても、苦労していた主人公が最後に報われると、「裏切られた!」って思っちゃうんですよ。『明け方の若者たち』を出した後、いろいろな方とお会いする機会があったんですが、華やかに活動されているように見える人でも、決して順調ではなかったりするんです。メディアに出ていないところで苦労されている方が多いし、そこは自分も嘘をつきたくなくて。自分の作品では、登場人物たちの喪失や後悔に寄り添いたいし、それは今回の小説でも同じでした。indigoの『夜行秘密』を聴いていても、どう考えてもハッピーエンドにはならないだろうなと思ったし……(笑)。


――「現実があまりにもきついから、せめてフィクションの世界では希望を持ってほしい」という考え方もありますけどね。


カツセ:あ、なるほど。僕はないなあ(笑)。ハッピーエンドだからといって気持ちがアガるとは限らないし、むしろ上手くいかなかったこと、失敗や喪失に寄り添うことで生きやすくなるんじゃないかなと。90年代のJ-POPって、“暗闇から手を伸ばす”とか“翼を広げて、明日へ”みたいな歌詞が多いじゃないですか。僕自身もそういう音楽を聴いて育ちましたけど、今はそれだけではダメなんじゃないかなと。今、たくさんの人に聴かれている曲って、喪失や悲しみを歌っているものが多いし、僕もそこを描きたいんですよね。


■2作目への背中を押してくれた尾崎世界観


――indigo la Endの音楽にインスパイアされることで、カツセさん自身も新しい表現に辿り着けた手ごたえがあるのでは?


カツセ:そうですね。まだアルバムを聴いてない方は、本から入ってもらって、その後に音源に触れてもらったほうがいいのかな。既にアルバムを聴いていて、愛している方がこの小説を読んだら、「ちょっと違う」と感じるかもしれないです。それは別のジャンル、別の世界を生み出そうとした結果だと思うし、どんな感想も真摯に受け止めようと思っています。僕自身のことで言えば、小説本来の、想像力で物語を立ち上げることの第一歩を踏み出せたと思っています。『明け方の若者たち』は、自分が知っている街や人を頭に浮べながら、そのなかで物語を動かしていったんですが、今回はモチーフになる街はあるものの、ほとんど自分の想像で生み出した物語なので。課題はあるけど、次はもっと飛躍できるだろうし、いろんな物語を作ることが出来るはずだと思っています。


――小説という表現には、まだまだ可能性があると。


カツセ:僕自身はそう感じています。業界の未来、文芸の未来みたいなことは微塵もわからないですけど、単純に書いていておもしろいし、小説家としてどこまで行けるのかも楽しみなので。1作目を出した直後は、「2度と書かないかもしれないな」と思っていたんです、じつは。


――え、そうなんですか?


カツセ:はい。でも、尾崎世界観さんと話をさせてもらったときに、「フォロワーが多いからって新人賞も取らずにデビューして、そのままなんとなくメディアに出て、いい暮らしをしながら生きていくって、ダサいでしょ」と言われて。「何度も新人賞に挑戦して、真摯に戦っている人たちがいるんだから、ポッと出てきて、やり逃げみたいなことをするのは良くない。どうやっても偽物なんだけど、本物に近づく努力をしていこうよ」と。そのときに「よし、がんばろう」と思えたし、ただヒットするだけじゃなく、物語として価値あるものを書いていこうと背中を押してもらえたんですよね。今は「もっと書きたい」と感じているし、せめて批評される場に立ちたいと強く思っています。こうした欲が出てきたのはいいことだなとも思います。


(取材・文=森朋之/写真=林直幸)