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児童5人死傷の悲劇、厳罰化でもなくならない「飲酒事故」を防ぐには? 検査拡大など課題に

2021年07月03日 09:01  弁護士ドットコム

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6月末に起きた千葉県八街市の児童5人死傷事故で、トラックを運転していた男性から基準値を超えるアルコールが検出された。


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飲酒運転による痛ましい事故が起きるたび、厳罰化がすすめられ、死亡事故は大幅に減っている。しかし、飲酒運転をゼロに近づけるためには、罰則の強化だけでは不十分だと専門家は指摘する。



運送会社の使う「緑ナンバー」には、アルコール検査が義務付けられている。しかし、今回事故を起したのは、検査の必要がない自家用(自社の荷物だけ運ぶ)の「白ナンバー」だった。



そのため、仕事に使う「白ナンバー」へのアルコール検査義務の拡大検討や、アルコール依存症の予防啓発や早期介入がもとめられる。今後、従業員が引き起こした飲酒運転の責任について、会社も問われる時代となるのだろうか。



●運送会社はアルコール検査を実施していなかった

児童らの命を奪った事故は6月29日、歩道もガードレールもない直線道路で起きた。運転手からはアルコールが検出され、自動車運転処罰法違反の疑いで逮捕されたが、より罰則の重い危険運転致死傷罪で送検されている。



勤め先の運送会社の親会社は、メディアの取材に、アルコール検査を実施していなかったと話した。



事故の重大性をかんがみ、政府は自動車を使用する事業者に向けた管理の徹底などの方針を速やかに示すことになった。



2000年に1276件あった飲酒運転による死亡事故は、危険運転致死傷罪の新設や、道交法の改正による厳罰化の影響で昨年は159件まで減少。しかし、ここ10年ほどは下げ止まっている(警察庁調べ、1999~2020年)



とはいえ、バスやタクシーなどを含めた事業用自動車による2020年36件の飲酒事故すべては、トラックが起こしたものだ。トラックの飲酒運転対策は課題と言えよう。



これから求められることを、飲酒運転防止に取り組んできた「特定非営利活動法人ASK」の今成知美代表に聞いた。



●アルコール依存症の場合、厳罰化には限界がある

「事件の全貌がまだ判明していないため、現時点の報道の内容からお答えします。



事故を起こした運転手は昼休みとはいえ、業務中に飲酒したようですから、アルコール依存症の疑いもあるでしょう。



厳罰化で、飲酒運転による死亡事故は大幅に減りましたが、下げ止まりが続いています。



厳罰化はアルコール依存症、依存症手前の運転手には必ずしも有効ではありません。罰則と併せて、彼らに届く対策が必要です」



●依存症の人は「仕事をするために飲む」

進めるべきは、職場への教育・啓発と、依存症の治療につなげるための介入、そしてアルコール検査義務の拡大だという。



「飲酒のコントロール喪失が依存症の症状です。手の震えなど離脱症状が出ても、飲めば収まるので、仕事(運転)するために飲むことになります。



決して不真面目を原因とするものではなく、なんとか働くために飲んでしまう。『飲んだら乗るな』とは相容れない本末転倒な状態になります。



ですから、依存症や予備軍の人には、事故を起こす前の対策が必要なのです。そのためのアルコール検査であり、依存症についての啓発と早期発見・治療なのです」



●白ナンバーにもアルコール検査義務化を

トラックはナンバープレートの色で、顧客の荷物を有償で運ぶ「緑ナンバー」と、自社の荷物を運ぶ「白ナンバー」に分けられる。



全日本トラック協会によれば、運送会社のトラックは基本的には緑ナンバーでなければいけない(繁忙期などにはレンタカー利用が認められている)。ただし、白ナンバーで客の荷物を運ぶ不正なケースもあるのではないかと協会は指摘する。



緑ナンバーの場合、2011年からアルコール検知器による運転前後の飲酒検査が事業者に義務付けられた。アルコールが検出された運転手は乗務停止となる。一方、白ナンバーには飲酒検査の義務がない。



ただ、5台以上(乗車定員11人以上の自動車では1台)の白ナンバーを使用している事業者は、安全運転管理者を選任し、疲労や飲酒による正常な運転ができないおそれがないかチェックさせることになるが、それでも検知器を用いた検査は義務ではない。



事故を起こした運転手は白ナンバーのトラックに乗っていた。会社は白ナンバーへの飲酒検査を実施していなかったという。



「今回の事故を受けて、業務に使う白ナンバーにも、緑ナンバーと同様の飲酒検査が義務付けられるべきだと考えます。運送会社でなくても、工場から自社の製品を運ぶトラックや、営業車の使用など、業務で車を必須とする企業の多くはすでに飲酒検査を自発的に導入していますから、義務の拡大はそこまで難しいことではないと思います」



検査を進めるにあたって、正しいアルコールへの知識の啓発も両輪で進めるべきとする。



2018年の飲酒事故(トラック36件、タクシー4件)のうち、乗務前の検査がなされずに発生したものが15件。これは、前日に飲んだ酒が残っていたケースを含む(国交省調べ)。



「個人差はありますが、60グラムのアルコールが分解されるには半日かかると言われていて、これは500ミリリットルのビール3本に該当します。この飲酒量であれば、習慣的に続けている人も少なくないと思われますが、6~8時間眠っただけでは体内に残ってしまうことになります。



翌朝に酒気帯び運転(呼気中アルコール濃度0.15ミリ/リットル)になりうる可能性もあります。事業者は検知器の導入だけでなく、アルコールの知識や依存症についての教育も進めるべきです」





●検知器の性能にまで基準を設けるべきか

検知器の値段と性能はピンキリで、安い機種はメンテナンスが不十分だと検知能力をすぐに失ってしまう。また、ストローで息を吹き込む方式ではなく、息を吹きかける方式の検知器では、検知逃れも可能だ。



前述の2018年の飲酒事故のうち、検査がなされたものの、息を吹きかけたふりをするなど、検知を逃れたうえで、事故を起こしたものが3件あった。



「JALのパイロットがロンドンのヒースロー空港で酒気帯びで逮捕された出来事から、航空業界ではごまかしのできない高性能のストロー式検知器の導入が義務づけられました」



運送事業者では、緑ナンバーの場合、検知器の作動確認は義務付けられている。しかし、検知器の機能基準まで定めはない。



「業務での運転については、緑・白ナンバーともに検知器による検査を義務化したうえで、検知ミスやごまかしを避けるため、検知器の水準も定められることが望ましいと思います」



●従業員の飲酒事故が、企業責任として問われる時代へ

アルコール検査の主体は企業だ。業務で使う白ナンバーへの検査義務化がなされれば、業務中の飲酒運転の責任は事業者も負うことになりえる。



検査だけでなく、依存症の疑いのある運転手を早期に治療につなげたり、依存症を予防する研修も導入すべきだろう。



ASKでは職場で正しいアルコールの知識を広める「飲酒運転防止インストラクター」の養成講座を開いており、緑ナンバー所有の会社の受講がほとんどだが、白ナンバーの会社も増えてきているという。



「事故を起こすリスクのある従業員を放っておくことは、会社としても許されません。今回の事故も、業務中に起きているものですから、個人責任ではなく、会社の管理責任も考えられます」



ただ、実際のところ、運送会社ではない会社の白ナンバーへのアルコール検査義務化については、進め方に議論が必要だろう。



また、このような飲酒運転対策のほかにも、今回の事故現場のような歩道のない通学路の点検やガードレールの設置、スクールバスの導入も考えていかねばならない。通学路の総点検については国が緊急対策の実行を表明している。