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『ONE PIECE』コビーはなぜ強くなれたのか? “努力”を肯定する尾田栄一郎の作家性

2021年07月03日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ONE PIECE(45)』

 単行本の巻数も100巻目前となり、クライマックスに向け「週刊少年ジャンプ」のトップを走り続ける『ONE PIECE』(集英社)。「悪魔の実」「海賊王」などファンタジー要素満載の本作だが、作中にはリアリティのボーダーラインとも言える“1人の男”が存在する。そこで本稿では少年漫画『ONE PIECE』におけるリアリティの在り方と、連載当初から登場するあるキャラクターの存在意義について考察していく。


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 漫画作品において、リアリティは1つの大切な要素である。リアリティが無さすぎると感情移入出来ず、有りすぎるとロマンに欠ける。特に少年漫画であれば、そのバランスはよりシビアになるだろう。そして王道の少年漫画である『ONE PIECE』で、リアリティのボーダーラインとなっている人物。それが原作第2話で初登場する、コビーである。


 東の海で小悪党として海賊稼業を行う、アルビダ海賊団の航海士兼雑用として登場したコビー。登場当初のコビーは根性無しで、アルビダへの恐怖心からヘラヘラと雑用をこなすキャラクターだった。しかし当時の彼には「悪い海賊を捕まえる海兵になる」という夢がある。そして彼はルフィとの出会いによって、自分の信念のもとアルビダに抵抗し、海軍への入隊を決めたのだった。その後400話以上も物語を進めた原作45巻第431話にて、コビーはガープの部下として再登場を果たす。


 CP9との激闘で疲弊し眠りながら食事を取るルフィを、1人の海兵が殴り飛ばす。激痛に苛まれながら目を覚まし、その海兵を「じいちゃん」と呼ぶルフィ。一味が、“海軍の英雄”であるガープがルフィの祖父である事実に驚きを隠せない中、外出していたゾロが海軍相手に大暴れ。それを見たガープは、2人の部下にゾロを止めてみろと命令した。1人の海兵はククリ刀でゾロに対抗し、もう1人はCP9が使用した「剃」を繰り出しルフィを驚かせる。結局はルフィとゾロの前に為す術なく倒されてしまうが、その海兵こそかつて泣き虫で弱虫の雑用として登場した、コビーであった。


 また彼は90巻第903話でも、魚雷を感知し鷲掴みするとんでもない海軍大佐として、再び登場する。その時には最強の剣闘士であるキュロスからも、英雄として認知されるほどの強者となっていた。


 かつて弱者だったキャラクターが主人公に鼓舞され、強者となって再登場を果たす展開は読者の心をワクワクさせる。実はコビーは本作お馴染みの表紙連載で、血の滲む努力を重ねる姿も描かれていた。ルフィやエースなどと違い普通の人間であったコビー。そんな彼が本気で鍛錬を積み、海軍の英雄にまでなる姿は、作品にリアリティを生み出す。ただ裏を返せば、アルビダに媚び諂っていたコビーがここまで成長することは、本当にリアルなのだろうか。正直現実世界であれば、考えづらい事象である。しかし『ONE PIECE』はロマンと夢が溢れる少年漫画。ファンタジーと言えど、弱者の努力を最大限認め、その上でロマン一杯に描く。その絶妙なリアリティのラインが、コビーの成長からはよくわかるように感じる。


 『ONE PIECE』には数多くの過去回想が登場する。普段は明るいキャラクターでも、過去を知れば暗い部分も見え、より物語に深みが増す。実際に読者の中で長年語り継がれる名シーンの中では、現代では無く過去回想中のシーンも多い。そして本作の作者である尾田栄一郎も、多く登場する過去回想に関して「キャラクターを子供の頃からみなさんに知って貰う事で幼馴染になってもらえないかと考えたのが始まりです」と連載20周年公式コメントで話していた。一味メンバーもピンチの時や悩んでいる時に、過去の回想が描かる場合が多い。しかしルフィを除けば海軍の英雄となったコビーのみ、「過去」から始まっている存在なのだ。チビで贅肉ダルダルだった姿で初登場し、強くカッコいい姿で再登場する。そのため、成長後から過去を見るよりも、成長した姿を見た時の感動はひときわだった。45巻でコビーが再登場を果たした際は、本当の幼馴染に会ったような懐かしさに胸を震わせ、彼の努力に想いを馳せた読者も多いだろう。


 漫画に大切なリアリティを作品に持たせ、読者に驚きを与えたコビー。彼の存在は尾田栄一郎の、ファンタジーであっても現実に通ずる努力を大切にし、何よりも自身が生み出したキャラクターを愛する作家性がよく現れている。現在は海軍本部大佐の地位に留まるも、後には海軍大将になると高らかに宣言したコビー。「ルフィに憧れる海兵」であるだけに、今後の物語でも重要なキャラクターとなるのは間違い無いだろう。物語も佳境に差し迫っている『ONE PIECE』。今後の展開と共に、コビーの動向にも注目したい。(青木圭介)