性的少数者、LGBTQ+の人は、一説では10人に1人とも言われる。しかし、当事者に限らず、当事者に共感して支援する人を指す「アライ」という言葉の認知度は全体の7.7%だ。
LGBTQ+が自分らしく生きることができる世の中にしていくためにはアライの存在が欠かせないが、そうした中、P&Gジャパンが社外向けにアライ育成研修の提供を開始した。
初となる社外向け研修は7月1日、上智大学教員・職員を対象に行われた。P&Gジャパンでも、社員一人ひとりが等しく機会を得て、能力を最大限に発揮する組織づくりのためにアライ育成研修を実施している。
研修はオンラインで行った。登壇者の同社人事統括本部シニアディレクター・市川薫氏は「参加者の皆様が分かり合うためのもの。今日から出来るアクションをお伝えるすので、一人ひとりが持って帰ってください」と話した。
LGBTQ+の割合は「田中さん」と同じぐらい
第一部では「LGBTQ+」の概要について説明した。そもそも「LGBTQ+」の「LGB」はレズビアン・ゲイ・バイセクシャルで「誰を好きか(who I love)」を指す。他方、「T」はトランスジェンダーで「自分がどのような人か(who I am)」、「Q」はクイアを指し「まだ決まっていない/わからない/違和感はある/決められない」となる。それ以外をあわせ「LGBTQ+」「LGBTQs」などと表す。
これだけでも"性の多様性"が分かるが、具体的に見ていくと性別には「身体性(身体の性)」「性自認(心の性)」「性指向(好きになる性)」「性別表現(態度や身振りなど振る舞う性)」がある。
どの項目でも、全員が"男女"ではっきり分かれる訳ではなく、「男性寄りだけど女性の要素もある」「中間」「どちらでもない」などグラデーションのようなものだ。
また、今までに職場などで「渡辺」「伊藤」「田中」「高橋」「佐藤」「鈴木」という名字の人と働いたことがあるかと思うが、これらの名字を持つ人は日本人口で各8~10%。「LGBTQ+が身近にいない」と思っている人も多そうだが、「田中さん」と同程度の割合で存在するのだ。
市川氏は10年ほど前に、スイスのジュネーブにある本社で働いていた際、何気なく同僚に週末の予定を聞き「いま彼女いるの?」と聞いたことがある。相手は言葉を濁し、後々ゲイであることが分かった。
その時にいた組織の人数は30人。うち3人がLGBTQ+だった。「文化や人種が違うからではなく、当事者は日本にもいます。この件で自分の言動や行いを反省しましたね」コメントした。
目指すは"あなたらしいアライ" 目の前でヒーローになる必要もない
二部では「アライ」の説明や、グループごとでのディスカッションが行われた。P&Gが以前調査で「職場にアライはいるか」と聞いたところ、「わからない」と回答した人が52.3%だった。また「いない」は44.0%で、「いる」は3.6%に留まった。
同社では、アライの概念は人種差別や子どもの貧困、障がい者差別など、LGBTQ+以外の社会問題にも通ずるものがあるとし、さまざまなマイノリティに対する理解・支援者をアライと定義づけている。
経営管理本部の日笠浩之氏は、職場・組織のアライについて「現在の環境をいい環境にしていこうとする人」と話す。
「アライになることで、他の多様性も"自分ごと"にすることができます。誰もが世の中の大勢の意見側に当てはまらないアウトサイダーになる可能性は常にあり、アライであることは、どこかで自分に巡ってきます」
ただ、アライの考え方に共感する人は53.8%いるものの、うち69%は「何もしていない」と回答している。アライになることで「正義を振りかざしているように見えるかもしれない」「LGBTQ+当事者と思われるかもしれない」「知識不足で傷つけるかもしれない」と不安視する人もいる。
そこで提案するのが"あなたらしいアライ"になることだ。例えば、LGBTQ+当事者に対して差別的な会話になったら、その場で注意する「ストッパー」になる。しかし、職場だったら立場の関係などで言いづらいときもある。
そういうときは、他の話題に切り替える「スイッチャー」、後から声がけなどフォローする「シェルター」、ハラスメントを報告する「レポーター」などになってもいい。必ずしも困っている人の目の前で正義のヒーローになる必要はないのだ。
学生に「夏休み中に性適合手術をした」という相談を受けたら?
その後、起こりうる具体例を出しながら、教職員としてどのように対応するべきか、自身で考えるワークを行った。例えば「大学に男性として入学したが、性自認が女性のため1年の夏休みに性適合手術をした。トイレなども女性用に入ることを了承してほしいし、今後は女性として扱ってほしい。必要な手続きはあるか」という相談が例として出された。
選択肢は以下の3つだ。
A.現状すぐに対応できないので追って連絡すると伝える
B.トイレや更衣室は自由に使用して構わないが、登録上の変更などは追って連絡すると伝える
C.サポートを表明し、本人が心配している点を具体的に聞き込む
受講者はチャットで回答していたが、「C」一択だった。確かにどのようなサポートを求めているのか本人に尋ねるのが一番だろう。場合によってはAのように追って連絡も必要になるが、問題はBだ。
「リスキーですね。相談に来た時点で"自由に使っていい"と言い切っていいのか。女性用トイレを使うことでどのような問題が発生するのか。いろんなことを考えることが必要ですね」(日笠氏)
ほかにも、同僚にセクシャリティのカミングアウトを受けた上で、先輩に「あの人ホモなんじゃない?」と話を振られた場合の反応についてディスカッションした。先輩相手だとその場でストッパーになれないかもしれないが、スイッチャーやシェルターになりたいと回答する人もいた。
明日からできるアライ講座「ゲイ・レズと言わない」「容姿や言動をからかわない」
本人の了承を得ずに周囲に伝える"アウティング"をさせないことも重要だ。日笠氏は次のように語る。
「学校という観点で見ると、どういった困難に直面しているのか。求められて行うサポートも必要ですが、普段から"サポートする"と表明することも大切です。正しくない行動を見たら立ち向かい注意しましょう。問題が起こっていなくても、見本となるよう行動してください」
ほかに具体的には、ホモではなく"ゲイ"、レズではなく"レズビアン"という呼称を使う、思い込みで動くのではなく、アドバイザーの話を聞いたり、相手の立場を想像しながら行動なすることなどを意識したり。容姿や言動をからかう、「あいつホモなんだって」などと噂するといった、差別的な言動は避けなければならない。
教職員からも質問が寄せられた。昨今、大手企業の中には、採用選考時に「ダイバーシティ」や「インクルーティブ」についてどう考えているか学生に聞く企業もある。しかし、関心を持っている学生もいれば、そうでない学生もおり、回答できるか否か、差が付いてしまっているという。
これに日笠氏は「弊社では人を育てるという面から採用後に内定者研修も行いますが、その前、もっと入り口のところで学ぶ必要はありますね」とコメントした。これからは学生のうちからダイバーシティへの意識を高めていく必要がありそうだ。
(以下、2021年7月5日追記)
P&Gジャパン広報担当者は、5月末に同研修提供開始を発表して以降、多くの企業・団体から問い合わせが寄せられ、関心の高さを実感しているという。今回初となる社外向け研修について、
「参加者の関心の高さ、自分も行動に移したいという意欲を大いに感じました。しかし、同時に知識不足による不安や戸惑いなどが、具体的な行動へ移しづらい原因のひとつであることを改めて実感しました」
とコメントした。研修ではLGBTQ+当事者であるProud Futures共同代表の向坂あかね氏、小野アンリ氏による"リアルな声"も伝えられ、「より学び・知識が深まるとともに、行動へ移すこと、理解・支援の可視化への大きな意欲づけに繋がることを痛感しました」と話す。
「インクルージョンは長い道のりであり、当社にとっても、社外の方の声を聞くことがさらなる刺激・学びとなり、今後さらなる社内啓発にも活かしていけると考えております」(同広報担当)